第八話
「ちゃんと爪まで切ってもらってるんだ、すごいな」
案の定、話を聞いた葛城は爪切りを見られなかったことを残念がった。六番機君は何故か誇らしげな顔をして、足を片足ずつ上げて葛城に見せている。それをまた葛城がほめるものだから、ますますドヤ顔状態だ。
「オール君と六番機君、すっかり相棒な感じやな」
「影山さんもそうでしょ?」
「んー……どうなんやろな。五番機君や、わいら相棒か? どうなん?」
そう言いながら五番機君の首をポンポンと叩く。五番機君はスーンとした顔のまま一声だけあげた。返事をしたということはそうなんだろう。知らんけど。
「六番機君ほどではないやろうけど、そうみたいや」
「だったら片足上げぐらい、見せてくれると思いますけど」
「それがそうやないねん。気が向かへん時はまったくやねん」
そのへんはやはり生き物らしく、気が向かない時は実に素っ気ない。
「ま、夢なんやし、そのへんはええんやけどな」
「けどここ、本当に夢なんですかね」
「そりゃそうやろ? いま流行りの異世界ってことはないと思うで? ここにはわいらしかおらへんし」
今のところ、俺たち以外の生きている存在はドラゴンぐらいだ。それ以外はスズメのさえずる声すら聞こえてこない。さすが都会育ちの隊長の夢といったところか。
「生き物がおらんのは寂しいことやけど、米を作るんやったらええんちゃう? 害虫も害鳥もおらんわけやし。あ、魚はどうなんやろな。川はあるようやけど」
「坂崎さんの話ではパッと見はいなかったようです」
まあ害虫や害鳥が出てきたら、次の日に青井から隊長にクレームが入って存在すら消されそうやけど。
「これが葛城君の経験がベースの夢やったら、大変なことになってたやろな」
「あー……俺が育ったのは青森と北海道ですからね。少なくともカモシカと熊と牛は出るかも。でもこっちにはドラゴンがいるわけですから、何が出てきても大丈夫な気はしますけどね」
「こいつら、熊と戦ってくれるんやろか」
五番機君のスン顔を見ている限り、右往左往する俺達を放置して飛び去って行きそうでもある。
「有事に備えて仲良くしておかないと」
「仲良くねえ」
隊長の夢だから万が一のこともないとは思うが、一応は努力だけしておこう。
「ところで田んぼのほうはどやねん?」
「土づくりは今日で終われそうですよ」
「そんなに早く?」
それ系の番組などでは、土づくりは時間も手間もかかるという話だったはずだが。
「今日のうちに土づくりを完了させておいたら、明日には田植えができるようになってるだろうって」
「誰が」
「班長が。明日、基地で会ったら隊長にそう伝えるって言ってました」
「隊長、ほんまに熱だしそうやな」
いくら隊長が夢の配信元だからって無茶ぶりすぎだ。もう少しじっくり作業しても良いと思うのだが。
「早く田植えをして収穫して、一日でも早くおにぎりを作りたいそうです」
「本気でここで航空祭するつもりなんか班長」
「みたいですね。隊長は嫌がるでしょうけど」
笑っていると、五番機君と六番機君がなにやら騒ぎ始めた。ガウガウと言葉をかわしてから俺達を見る。
「なんや、なにがしたいねん」
「ああ、デュアルソロを飛びたいみたいですね。航空祭って言葉に反応したのかな」
葛城がニコニコしながら六番機君の鼻面をなでた。
「体を洗ったばかりやのに、もう飛ぶんか? さっきデュアルソロ飛んだばかりやん?」
「飛び足りないようですね、この二頭は」
他のドラゴン達は体を洗ってもらって満足したのか、羽をひろげて日光浴中だ。なのにこの二頭はすでに飛ぶ気でいるらしい。
「なあ、わいでなくても隊長を乗せて飛んでもええんやで? 隊長も元五番機ライダーやしな?」
俺がそう言うと、五番機君は何故か鼻から火を噴いてガウガウと激しく声をあげた。どうやらその提案は却下で焼きおにぎりの刑らしい。
「やれやれ。焼きおにぎりにされてもかなわんし、しゃーないな。そっちは休まんでもええんか? 田んぼから戻ってきたばかりやけど」
「問題なしです」
「ほな行こか。わいは飛びたないけどな~~」
二頭は嬉しそうに羽をばたつかせた。その風圧によろける。
「まったく手加減なしやな、五番機君も六番機君も」
「それだけ飛ぶのが好きってことですね」
「わいだけハミゴやん」
「いやいや、影山さんだって本当は飛びたがりですから」
「いやいやいや、そんなことあらへん。夢の中でまで飛びたないわ」
「またまたそんなこと言って~~」
五番機君と六番機君はピョンピョンとジャンプしながら歩きだし、キーパー達のほうに顔を向けて吠えた。
「鞍をつけろと自分で意思表示するのが賢くて良いですね」
「地面を歩くんが不得意ってのも分かるのがおもろいわ。隊長、映画を観ながら細かいところまで見てるんやろな」
しかもこんな夢を見るようになったのだ。生真面目な隊長のことだ、これからはどんな映画を観ても気が休まらないに違いない。
―― やっぱ不憫やで隊長…… ――
葛城とドラゴン達の後ろを歩きながら、心の中で隊長に向けてご愁傷様ですと手を合わせた。




