表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャウトの仕方ない日常  作者: 鏡野ゆう
本編 5 パンサー影さん編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/77

第五十六話 バレとるやないかーい!!

「なあ、影山(かげやま)。大事なこと忘れてた。サインはどうする?」

「サインてなんの?」


 その日の夜、青井(あおい)が使っている部屋にやってきた。カバンに入っていたスウェットの上下を出しながら、生返事をする。そして首をかしげた。サインて?


「パンサー君のサインに決まってるじゃないか。絶対にサインしてくれって言われるから、ちゃんと考えておかないとダメだろ。パンサー君のかっこうで、影山のサインをするわけにはいかないだろうし」

「そもそも、パンサー君にサインねだる人なんておるん?」


 写真はともかく、いまだかつてゆるキャラにサインをねだっている人なんて、見たことがないんだが。


「いるに決まってるだろ。影山、お前、ぜんぜん自分の知名度の高さをわかってないな」

「わいやのうてパンサー君やろ?」


 どうやら俺は、青井からするとトンチンカンなことを言っているらしく、やれやれとため息をつかれてしまった。


「影山のことだから、適当にパンサーて書きそうだけどな」

「あかんの? ほな、築城(ついき)のパンサー君でどや?」

「却下だよ、そんな気のないサイン。ほら、こっちに座れ。ちゃんと考えよう」


 我ながら名案だと思ったんだが、速攻で却下された。


「考えようて。もう風呂の時間なんやけど。それより班長。こんな時間やのに、家に帰らへんの? 嫁さんにしかられるんちゃうん?」

「言われなくても帰るよ。サインをちゃんと決めたらな」


 つまり、サインが決まるまでは帰らないということだ。そして俺も風呂に入れない。


「いや、風呂の時間は決まってるし。そっちを先にやな」

「その時は俺の家に来て入れば良いだろ」

「いや、かんにんしてえな。そんなことしたら、班長の嫁さんが困るやろ」

「ナナはいつでも、お客さんはウェルカムだよ。ほら、ここに座って!」


 デスクに無地の落書き帳のようなものを置くと、ページを開く。そこにはすでに、いくつかのサインが書かれていた。


「なんや、もう考えてるやん」

「そっちがなにも準備してないからだろ? そもそも、こういうのはお前が率先して、考えるべきなんだからな」

「なんでやねん」


 『築城8SQブラックパンサーズ』という文字が、何パターンかの書体で書かれている。


「これでいいやん」


 一番上の文字をさした。


「適当に選ぶな。ちゃんと見て吟味(ぎんみ)しろ」

「そんなことゆーたかてなあ……」


 築城8SQブラックパンサーズの下に、大きめの文字でパンサー君1号とでも書けば、なんの問題もないのではと思う。それではダメなんだろうか。


「パンサー君だけじゃ、実際に誰が書いたかわからないだろ?」

「そりゃまあ? でも中に入った人間は、誰でもパンサー君でええんちゃうん?」

「そこが良くないんだよ。ファンの人達にとって、このサインは誰かが書いてくれたかってことが、すごく重要なんだから」

「そうなんか? ほな、パンサー君の下にわいのサインでもするか? ちょっと書く分量が多くて大変やけど」


 書くことになるかどうかもわからないサインだ。パンサー君のサインなんて、誰がほしいんだって話だろ?


「なるほど。じゃあ、一行目はこのぐらいの文字の大きさで。そしてパンサー君は大きめに。その下の中の人サインは一番小さく。こんな感じかな」


 そう言いながら青井は、だいたいのバランスをつけて書いてくれた。


「どうだ? こんな感じで」

「ええんちゃう? ああ、肉球手袋してるから、築城はなくしてほしいわ。漢字で字画多くなると、この手袋では書きにくいし」

「わかった。じゃあここは8SQ・BLACKPANTHERSな。大文字にするか小文字にするかは、影山に任せる。時間のことを考えるなら、小文字の筆記体推奨だよな」

「せやな」


 青井が書いたサインの横に、自分でも書いてみる。


「なかなか文字数たくさんやな。素早く書けゆーても、手袋しながらやったら無理やで」

「書いている間はおしゃべりする時間だから、ファンの人達は気にしないよ」

「中の人は基本しゃべったらあかんて聞いてるけどな」


 夏目(なつめ)が教えてくれたことだ。なので築城でも、パンサー君の扮装(ふんそう)をしている時は、基本的にハンドサインでのやり取りになる。


「お前がずっと黙ってるなんて、絶対に無理だろ。大阪人て、喋らないと死んじゃうんだろ?」

「それ、誰が言うたんや。そんなことあらへんて。……まあ、うちのオカンは、黙ってたら死んでまうかもしれんけど」


 俺がボソッと付けくわえると、青井が笑った。



+++++



 そして当日。気がつけば、なぜか俺の前に列ができている。しかもかなり長い。


「影さん、サインをお願いしまーす!」

「影さん、パンサー君のままで良いので、写真お願いしまーす!」

「影さーん、今日は飛ばないの?」

「特別塗装機で飛んできてくれてありがとう~。築城は行けないから、見るのも撮るのもあきらめてたんだー」


 おかしい。朝からずっとパンサー君のままなのに、来場客の誰も彼もが『パンサー君』ではなく『影さん』と声をかけてくる。なんでや?!


 ―― サインする前から完全にバレとるやないかーい!! ――


 走って逃げるわけにもいかず、否定するために声を出すわけにもいかず、言われるがままにサインをし、写真を一緒に撮る。もちろん、パンサー君のポーズつきだ。そして情報はあっという間に来場客の間に流れたようで、ますます列が長くなる。


 ―― 会場内をウロウロする予定やったのに、ぜんぜん動かれへん ――


 少し離れた場所にいる、ブルーのライダー達を指でさした。あちらも長蛇の列になっている。ここにならんでいる人達は、あっちに行かなくても良いのだろうか。


「あっちにはお母さんと妹が並んでるの。私は影推しだから!」


 俺が言いたいことを察したのか、サイン帳を差し出した学生さんが言った。


 ―― 影推し…… ――


「影さんが来てるってわかって、無理やり有給とって来たし!」


 その後ろのお兄さんがニッコリ笑顔になる。


 ―― 有給の申請どないなことになってるんや。かんにんな、会社の人…… ――


 そんな言葉にあきれつつ、サインを書き続けた。


「あ、もしかして影さんて秘密だったのかな……? SNSでパンサー影さんが来るって流れてたから、普通に影さんて呼んでるけど」

「……」


 学生さんがそう言いながら首をかしげた。それに合わせて、こっちも首をかしげてみせる。そんな俺の動きに、学生さんは目を見開いた。


「まさか影さんじゃなかったり?!」

「!!」


 大げさに驚いたポーズをしてみせた。


「えっと、影さんで良いんですよね……?」


 おそるおそる質問をしてくる行列の人達の様子に、思わず笑いがこみあげてくる。ま、ゆるキャラかて一言二言(ひとことふたこと)ぐらい喋ってもええやろ。


「……もうブルーは卒業したし、基本的に顔だしはあかんねん。このままでかんにんやで?」

「あ、やっぱり影さんだ! よかった――!!」


 パンサー君の中身が影山本人と確定したせいか、ますます列が長くなった。


 ―― これ、いつまで続くんや? ほんま油断してたわ。まさかマスコットキャラのパンサー君にまで、サインの行列ができるとは ――


 青井の読みは正しかったというわけだ。


 ―― ブルーでは時間を区切ってくれたけど、こっちはどないするんや? まさか、このままずっと書き続けるんか? ――


「ああ、ここでサインしてたのか。じゃあ最後尾に立ってくれ」


 どうしたものかと考えていると、青井が二人の隊員をつれてやってきた。隊員二人は看板のようなものを持って、行列の最後尾に向かう。そしてそこで看板をあげた。看板には『申し訳ありません。パンサー君のサインはここまでです』と書いてあった。


「もうすぐ昼だし、パンサー君が空腹で倒れちゃったら大変だからね」


 その場にいた全員に、広報スマイルを向ける青井。さすが元総括班長(そうかつはんちょう)。広報活動もお手のものだ。最後尾では看板持ちの隊員に、「午後からもパンサー君のサイン会ありますか?」と質問している人が何人かいる。


「午後からは本格的な展示飛行があるから、パンサー君どころじゃないと思うんだけどな。ブルーも飛ぶし」

「と思うんやけどな」


 それからサインを書き続け、写真も撮った。


「腹へった。なーんもしてへんのに」


 最後の一人と握手をし終わると、早々に撤収することにする。ここでもたもたしていたら、またファンに取り囲まれて動けなくなってしまうからだ。


「お疲れさん。サイン、考えておいて良かったろ?」

「驚きやで。なんでパンサー君のサインがほしいのか、さっぱりわからへんわ」

「お前が中の人だからってのもあるけどな」

「そもそも、なんでそこがバレてるんやろな。恐るべしやで、マニアさん達の情報網は」


 彼らの情報網ときたら、ちょっとした諜報機関並だ。


「築城から特別塗装機が飛んでくるって話が出た時、誰が飛ばしてくるのか話題になってたからな。ネットでは、お前か杉田(すぎた)さんかって話になってたぞ」

「班長、くわしすぎやない?」


 なんでそんなことまで知ってるんや?


「ネットの監視もあるんだよ。外部に流したらダメな写真とか、自衛隊を(かた)って間違った情報を拡散させるとか、そういう人間がいないとも限らないからな」

「それはそれは、ご苦労様でこざいますや」

「まったくだ。パソコンばかり見ているせいか、ここ最近は視力が落ちてきた。そろそろメガネが必要かも」

「まさかの老眼?!」

「違う!!」


 おもいっきり頭をはたかれた。


「ちょっと班長、暴力はあかんで。今のわいはパンサー君なんやからな」

「こんな時だけ都合よく、なにがパンサー君だからな、だよ」


 そう言って青井は俺をにらんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ