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シャウトの仕方ない日常  作者: 鏡野ゆう
本編 5 パンサー影さん編

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第五十五話 お久し振りにいつものメンバー

影山(かげやま)、基地内ではずっとこれをかぶってろよ」


 そう言って青井(あおい)は、俺の頭に、シワが消えて整ったパンサー君をかぶせた。


「ちょと班長」

「飛ばない影山なんて影山じゃないだろ? だからここにいる間、お前はパンサー君だ」

「どういう理屈やねん」

「手袋もちゃんとしろ」


 無理やり手に手袋がはめられる。しかたがないので、いつものパンサー君ポーズをやってみた。


「どや」

「いいね。それ、沖田(おきた)葛城(かつらぎ)君の前でもやってやれよ」

「いやや。隊長、ぜったい可哀そうなもんを見るような目で見るやろし。それにオール君、笑いすぎて倒れたらどないすんねん」


 間違いない。二人の反応はこれに決まっている。


「久しぶりだから、二人とも喜ぶと思うけどな」

「それやったら、かぶらんほうがええやん?」

「なんでだよ。それ、可愛いじゃないか。二人とも、実物を見るのを楽しみにしてるからな」

「ほんまかいなー……」


 にわかに信じがたい。


「そう言えば、葛城君が言ってた。パンサーなのに、なんでシッポを作らなかったのかって」

「先に言うとくけどな、もうこれ以上あれこれつけるのは、かんにんやで?」


 うっかり話に乗ったら青井のことだ、明日にはシッポを用意するかもしれない。ここは断固拒否の姿勢をしめさなければ。


「まあ自転車に乗るのに邪魔になるし、航空祭で子供が引っ張って、フライトスーツが破れたら大変だもんな。シッポの追加はやめておくか」

「そのほうがええと思うわ。人が多いとそれこそ、持ち物に引っかかったりしそうやしな」


 航空祭の人出は馬鹿にできない。こっちの服が破れてケツが出るならまだしも、一般の人がひっかけて転びでもしたら、それこそ一大事だ。


「ま、残念だけど安全第一ってことで」

「そうそう、安全第一やて」


 とりあえずシッポの件はなくなったようでホッとする。


「だけど今は、そのままでブルーをお出迎えだから」

「ほんまにこのまま行くんか?」

築城(ついき)でも、楽しそうに滑走路横でウロウロしてるじゃないか。なにを今更だろ?」


 俺と夏目(なつめ)はあれから何度も、パンサー君のかぶりものをつけた状態で、あの場所に行かされた。最近では界隈(かいわい)のマニアさん達の間でも有名になり、写真がSNSで流れているらしい。


「楽しそうて。こっちも隊長命令で、しかたなしにかぶって出るんやで?」

「ほら行くぞ。そろそろ到着時間だ。沖田は時間に正確だからな」

「班長、わいの言うこと聞いてーな」


 気乗りしないまま、青井に手を引かれてロッカーを出た。案の上、鉢合わせした隊員がギョッとなる。


「うわっ、青井さん、それ、築城のパンサー君じゃないですか」

「そうなんだ。特別塗装機の地上展示のオプションとして、わざわざ持ってきてくれたんだよ」


 青井の後ろから、招き猫っぽく手を振ると、それを見た隊員は目を輝かせた。


「あの、時間があったら写真を撮らせてほしいです!」

「今からブルーの出迎えに出るから、手のあいた人間は出てきても良いぞ。あ、個人のスマホで撮りたいなら、それの許可も個別にもらってくるように」

「了解です。皆に話を回しておきます」


 その隊員はダッシュで廊下を走っていく。あの様子だと、あっという間に話が伝わりそうだ。


「……なんや撮影会になりそうなんやけど」

「良いじゃないか。航空祭が始まったら、それこそ基地内の人間は楽しむヒマもないし」

「まーたブルーの邪魔をしたとかで、クレームがつくんちゃうん……」

「そんなことないさ。沖田達もパンサー君と写真を撮れて喜ぶから、問題ないって」

「ほんまかー?」


 ハンガーを通ってエプロンに出る。先に来ていたキーパー達が、いっせいにこっちを見た。


「あ、パンサー君じゃないですか、青井さん」

「写真を撮りたいのはわかるけど、まずはライダーが到着してからだぞ。もう二分切っただろ?」

「管制塔から連絡ありました。到着予定時刻ぴったりです」

「だよなー」


 そうこうしているうちに、聞き慣れた爆音が聞こえてくる。空を見上げると、ランプをつけた青い機体が姿を現わした。


「ひょー、ほんまに時間に正確で驚くわ」

「だから影山も見習えよ。お前、今日は五分も遅刻したんだからな」

「だからそれは、わいのせいやのうてやなあ」


 一番機から順番に、次々とタイミングよく着陸していくのを見て感心する。


「いやあ、今回のチーム、えらい息がおうてるやん」

「最近は離着陸の動画を撮るマニアさんも増えましたからね。それを意識した演技項目の一つらしいです」


 着陸を見守っているキーパーが言った。


「ちなみにこれは、沖田が言い出したことじゃなくて、新しい隊長付の提案らしい」


 青井が付け加える。


「いやはや、大変やな、ブルーも」

「適度な緊張感を保つという意味では、これはなかなかいい案だって、ライダーの間でも評判いいんですよ、あれ」

「そうなんか。わいやったら絶対に無理やな。あんなん見たら、絶対に飛びたなくなるわ」

「影山が飛びたくないのは、いつものことじゃないか」


 青井のツッコミに、その場にいる全員が笑った。俺はパンサー君の目越しに、それぞれの機体に乗っているパイロットたちを確認する。六番機はやはり葛城が飛ばしてきたようだ。そして……。


「あー、なんや隊長、一番機におらへん思うたら、無印君を飛ばしてきたんかい」

「ここ最近の一番機は、飛行班長が飛ばしてるからな。一番機の後ろに乗っているのが隊長付だな」

「で、隊長が無印君と」

「あの沖田が、操縦桿を握らず飛ぶわけないじゃないか。あれでも飛行班長と隊長付に、遠慮してるんだぞ?」


 遠慮して無印君で最後尾を飛ぶとか。


「あれ、絶対に後ろから圧かけてるやろ、隊長。葛城君、大丈夫かいな」

「圧をかけられてるのは飛行班長だから、葛城君は平気だろ」


 滑走路をタキシングする機体が、次々とエプロン前に整列して停止する。エンジンが停止すると、キーパー達がそれぞれの機体へと向かった。


「なんか変な感じやな」

「なにが」

「ちょっと前まで、わいらもあの中におったんやで。それが今はこれや」


 パンサー君の頭を左右に振ってみせる。


「えらい違いやん?」

「影山の場合、どっちもどっちな気がするけど」

「それ、どういう意味なん?」


 俺達が見守る中、ライダー達がコックピットからおりてくる。真っ先に俺達のところにやってきたのは、案の定、葛城だった。


「お久し振りです、班長」

「葛城君、もう俺は班長じゃないんだけどな」

「そうなんですけど、それ以外の呼び方がしっくりこなくて」


 以前と変わらない人懐っこい笑みを浮かべ、そう返事をすると、こっちに目を向けた。


「ま、影山も俺のこと班長って呼んでるし、今更だけどね」

「で、こっちの中身は影山さん?」

「中身て。そうやで、わいや。今は五番機の影さんやのうて、パンサー影さんやで」


 そう言いながらパンサー君ポーズをとる。


「わー、写真では見てたんですけど、本当に影山さんが中の人をしてるんですね」


 俺の周りをぐるりと回った。


「シッポ、やっぱりないんですね」

「下手にひっかけでもして、フライトスーツが破れたら大変やろ。パンツが丸見えなんて、わいは絶対にイヤやし」

「引っかけて人が転んでも大変だろ? だからシッポはなしってことにした」

「なるほど。たしかにそれは言えてますね。残念ですけどシッポはあきらめます」


 葛城もそれで納得をした様子だった。


「あ、そうだ。パンサー君の写真を撮らせてもらっても良いですか? 娘が気に入っているらしいので」

「かまへんで。なんなら、肉球のサインでも書いとくか?」

「影山さんのサインじゃなくて、パンサー君のサインですか?」


 そう言った葛城の顔はすでに嬉しそうだ。


「そりゃ、わいはパンサー君やからな」

「じゃあ、それもお願いします」

「こりゃ写真を撮ってから大忙しだな」


「頼むわ、班長」「頼みます、班長」


 俺と葛城の声がはもり、青井は笑いながらため息をつた。


「まったくお前達ときたら。こんなところでデュアルソロをするなよな」


 そこへ隊長がやってきた。


「沖田、ひさしぶり。あいかわらず時間にぴったりで感心するよ」

「それも任務のうちだからな」

「だよな。影山、やっぱりお前の五分遅刻はダメだ」

「だから、それは俺が原因やのうて、諸々の事情からなんやって、何度も言うてるやん?」


 俺の声に、隊長の目がこっちを見る。ほら見ろ。あの目は絶対、可哀そうなモノを見る目じゃないか。


「お久し振りですにゃ」


 肉球のついた手袋で敬礼をする。


「影山、なかなか……似合ってるぞ?」

「なんや今、疑問形になってませんでした?」

「あまり近くで見る機会がないからな。何と言って良いか迷った」


 その言葉に青井が反応した。


「なんで迷うんだよ。可愛いって言えば良いだろ」

「中が影山なんだぞ?」

「中が影山でもだよ」

「なんや二人とも、わいに失礼ちゃう?」


 隊長と青井の言葉に憤慨(ふんがい)していると、ハンガーからワラワラと隊員達が出てきた。その中には大きなカメラを持っている隊員もいる。どうやら広報担当のようだ。


「青井さーん、パンサー君との撮影会、許可をもらってきたので良いですかー?」

「パンサー君人気、すごいですね」


 葛城が愉快そうに笑う。


「初めてやしな、パンサー君が浜松(はままつ)に来たの」

「定期便に乗せたんですか?」

「わいと一緒に飛んできた」

「それはまた」

「帰りはさすがに可哀そうやから、定期便に乗せよう思うてるんやけどなあ」


 そうしないと、ここに来た一番の目的である、うなぎパイを持ち帰れそうにない。とは言え青井のことだ、来た時と同じように、コックピットの後ろに押し込みそうな気がしないでもないが。


「さて、ブルーとパンサー君のコラボ撮影会やで。オール君の娘さんへの写真、しっかり撮ってもらわな」


 葛城と一緒に、広報担当の隊員のところへ向かった。

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