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シャウトの仕方ない日常  作者: 鏡野ゆう
本編 4

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第四十二話 ゆめぴりか

「はー、今日も晴れとるで。なんでわいが飛ぼうとすると、晴れんねん」

「それはもう、晴れ男効果としか言いようがないですね」


 空を見上げれば、今日も雲一つない青空だ。たしか昨日の天気予報では、今日は曇り時々雨だったはずなんだが。


「おかしいで。地球規模でわいに対するハラスメントや」

「どんなハラスメントなんですか」

「そうやなあ、ハレハラ」


 葛城(かつらぎ)が吹き出した。


「そんなの聞いたことないですよ。それに、晴れているおかげで、訓練や展示飛行が中止になることなくできるんです。ハラスメントなんて言ったら(ばち)があたりますよ」

「どんな(ばち)やねん」

「そうですねえ……影山(かげやま)さんが飛ぶときはいつも晴れってやつ?」

「それが(ばち)なんかいな。ってことはやで? これは(ばち)あたり真っ最中なんか?」


 そう言いながら晴天の空を指さす。


「かもしれないですね。俺達はその(ばち)を、ありがたく享受(きょうじゅ)しているわけですけど」

「納得いかんわー……ほんま、飛びたないのに、なんで晴れんねん、あかんやん、やっぱりハレハラやで、これ」


 エプロンに出ると、灰色の機体が離陸準備を完了していた。今日は朝一メトロが俺の最初のフライトだ。そして横にいる葛城は、一緒に飛ぶわけではなく、俺をメトロ機まで送り届ける役目を、隊長からおおせつかったらしい。


「ほな、行ってくるわ。もうここまでで、ええで」

「いえ。影山さんが、コックピットにおさまるのを見届けてから離れろというのが、隊長からの命令なので」

「心配せんでも逃げへんて」


 葛城達は、俺がコックピットに乗り込む前に、走って逃亡するとでも思っているらしい。


「隊長命令は絶対ですから」


 葛城はニコニコしながら俺の横を歩き続けた。機体に向かう途中、フェンスの向こう側でカメラをかまえているマニアさん達にをふる。


「朝のおにぎりは食べましたよね?」

「もちろんや。今日は鮭やったで」

「おにぎりの具って、奇をてらったものより、テッパン的なものが一番ですよね」

「せやな。ロングセラーにはそれなりの理由があるってこっちゃ。イーグルやハークみたいに」

「ですねー」


 メトロ機の前にくると、準備をしていたキーパー達に敬礼をする。


「おはようさん。メトロ君の調子はどや?」

「いつも通りご機嫌ですよ」


 ヘルメットをコックピットに放り込み、渡されたリストにサインをする。そしていつものように、機体のチェックを開始した。ピトー管、機体の下、横、翼。どこも異常なし。


「今日のファーストでは、影山さんは飛ばないんですね」


 ステップをあがり、コックピットに落ち着いたところで質問された。


「せやねん。飛ばんでええと喜んでたら、いきなりメトロで飛んでこいやて。ほんま、隊長は容赦ないで」

「隊長の前で喜ぶからですよ。本当は俺だったのに」


 下で葛城が笑う。


「そうだったんですか。口は(わざわい)の元ですねえ……」

「班長にもいい加減に学習しろ言われてんねん。ほんま、かなわんで」

「じゃあ、俺のかわりのメトロ、よろしくお願いします。俺は下からファーストを見学させてもらうので」

「ほななー」


 離れていく葛城に手を振った。


「いきなりメトロ交替で、今日の訓練前のおにぎり、一個足りひんねんで。ほんま、せっしょうやわ」

「ご愁傷様(しゅうしょうさま)です」


 ヘルメットをかぶると、ハーネスの確認をしたキーパーが笑いながらステップをおりていく。


「笑いごとやないんやで。こっちもおにぎり事情ってもんがあるんや。朝一なら朝一て先に言っといてもらわな」


 キャノピーを閉め、エンジンをスタートさせた。


「今日は曇り時々雨なんやで。ほんま、雨雲、どこ行ったん、なんで降らへんねん、おかしいやろ」

『気象隊によりますと、雨雲ははるか南海上にある模様。今のところ、飛行にはまったく影響ありません』


 俺のぼやきに管制塔から返事が届く。


「わかってるんやったら、飛ばんでもようない?」

『ダメです。ちゃんとその目で確かめてきてください。よろしくお願いします』


 容赦ない言葉に溜め息をつく。慇懃無礼(いんぎんぶれい)な口調の後ろで、笑い声が聞こえたのはきっと気のせいだろう。


「はあ、ほんま、飛びたないで……」


 エンジンは好調。問題なく規定値まで出力が上がった。ラダーもフラップもまったく異常なし。なしなし尽くしで大変けっこうや。


「ほな、そろそろ行くで。滑走路に出るでー」

『ランウェイ25からどうぞ』

「了解や」


 エプロンから離れ、滑走路へと出た。そしていつもの場所へと機体を転がしていく。


「あー、おにぎり、どう考えても足りひんよなあ? どないしてくれんねん。いまさらコンビニのおにぎりなんてイヤやで。そりゃ、今のコンビニおにぎりは馬鹿にできひんけどな? 嫁ちゃんのおにぎりとは天と地、月とスッポンやで」


 いつもの場所で停止する。その場で操縦桿を回し、もう一度、異常がないか確かめた。


「さて、機体は異常なしやで。ほんま、うちの整備員は優秀やんな」

『こちら管制塔。上空に民間機なし、風、250度から3ノット。離陸に支障なし。メトロ、離陸さっさとどうぞ』

「なんでさっさとやねん。あかんわー、最近の管制塔、かわいいないわー。そんなふうに言われたら飛びたないわー」


 耳元で笑い声が聞こえてくる。


「ブレーキ、解除やで。ほなメトロ、いくで。ほんまにクリアードテイクオフやんな?」

『ほんまにクリアードテイクオフです、離陸どうぞー』


 とってつけたような関西弁に、思わず笑ってしまった。


「さて。ほな行きまっせ」


 滑走路を走り出す機体。いつもならローアングルキューバンだが、今日は通常のテイクオフだ。物足りなさを少し感じる、なんてことは口が裂けても言えないな。そんなことを考えつつ、機体を上昇させた。


「ほな、さっさと偵察してさっさと着陸や」


 航空祭でおこなう展示飛行の課目は、当然のことながら基地上空で展開される。だが、リアルタイムで雲の位置、高さ、風の状態によって常に調整を行っている。そしてそのために編隊を組みなおす行動は、思っている以上の広範囲な空域でおこなわれていた。だから展示飛行中は、けっこう無線でのやり取りが頻繁(ひんぱん)だ。


「南海上に雨雲あるとかゆーてたけど、遠くにそんな痕跡も見えへんで。もしかして逃げとるんやない? レーダーでは見えとるん?」

『いえ。実はメトロが離陸した直後に消えました』

「なんやねん、それ。まったく、お天道(てんとう)さんときたら、ハレハラがすぎるで」


 南から西へと旋回していく。冬場になれば日本海側からは乾いた風が吹き下ろすようになるが、季節はまだ秋のままでそれもない。まったく、あきれるぐらい、いい訓練日和だ。


「雲、一つあらへんやーん」


 西から北、北から東へと、いつもの空域を一周する。


「天高く馬肥ゆる秋とは、ようゆーたもんやで。ほんまに雲一つもあらへん。こちらメトロ。今日も隊長が大喜びの、一区分間違いなしのええ天気や」

『了解しました。影山三佐、沖田(おきた)隊長よりワンタイムアクロのリクエストです』

「なんやて。一周するだけやあかんのかいなー」

『ローアングルキューバン、よろしくとのことです。お前に拒否権は無い、だそうです』


 隊長はなんでもお見通しと言ったところか。


「ほんま、かなわんで。マニアさん達へのサービスがすぎるんちゃうん? しゃあない、影ちゃんの大出血サービスや」


 機体を滑走路に向ける。そして高度を下げていく。おそらくエアバンドで聞いていなければ、このまま着陸すると思うだろう。


「マニアさんのことや、誰か今の話、聞いとるやろうなあ?」


 スピードは落とさずそのまま滑走路に進入した。


「ローアングルキューバン、レッツゴー! ヒャッハーやで!」


 掛け声とともに操縦桿を引いて上昇する。いつものピープ音が、普段は偵察しかしないメトロ機の抗議の声に聞こえた。機体をループさせながら横方向に一回転半。そして水平飛行に戻る。


「どやあ? ええ感じやろ?」

『お見事でした。では、ランウェイ07から着陸をしてください』

「了解や」


―― あとで整備の連中に怒られるかもなあ、でも俺は悪うないで? 隊長の命令やし、しゃーなしやで ――


 着陸のために旋回すると、眼下に離陸待機をしている四機のブルーの機体が見えた。


「ほんま、隊長ときたら飛びたがりやな。もうそんなところで待ってるんかいな」


 さっさと着陸しないと怒鳴られそうだ。高度を下げ、着陸態勢に入る。滑走路にタイヤが接地したのが伝わった。急いで脇の誘導路へと入る。


「お待たせー。ほな、ブルーさん、どうぞー」

『メトロご苦労。セカンドは六機で上がる。ちゃんと準備をしておけよ』

「了解。……ファーストで上がる前からもう次のことかいな。ほんま、うちの隊長は元気すぎやで」

『聞こえているぞ』

「ほめてるんですわ」

『なら良い』


 誘導路をタキシングしている横を、四機のブルーが離陸していくのが見えた。ハンガー前に到着すると、整備員の指示した場所に機体を停止させる。そしてエンジンを切った。キャノピーを開けると、ちょうど真上を四機が通過していくところだった。


「メトロ、お疲れさまでした」

「隊長、降りてくるんをめちゃ待っててわろたわー。わい、そんなのんびり飛んでへんかったやんな?」

「影山さんがメトロで飛ぶから、晴れは間違いなしだろうからって言ってましたよ」

「なんやねん、偵察の意味、あらへんやん」

「まあこれも規則ですから。ああ、それから。昼から千歳(ちとせ)からの定期便で、影山さん宛の荷物が届くからって、出張中の班長から連絡がありましたよ」

「そうなん?」


 今日は総括班長の青井(あおい)は不在だった。昨日のうちに無印君で千歳基地に飛んでいったのだ。たしか、今日の夕方には戻ってくると聞いていたのだが。


「自分が戻ってくる時に、持ってきたらええのにな」

「そうですよね。一体なにが届くんでしょう」

「……まさか、クマの木彫りとか言わへんよな?」


 北海道と言ったら、それしか浮かばない。


「いやあ、それはないでしょ……」


 そう言いつつ、自信なさげな様子だった。



+++++



「ゆめぴりか……」

北海道(ほっかいどう)のお米ですね」

大雪旭岳(だいせつあさひだけ)原水……」

「北海道のミネラルウォーターですね」


 定期便で届いた俺宛の荷物は、米とミネラルウォーターだった。俺の横で葛城が銘柄を確認している。


「なんでこの組み合わせなん?」

「前に影山さんが、地元のお米は地元の水で炊くのが一番だって、言ったからじゃないですか?」

「だからって、これを定期便に乗せるかー?」

「あ、ほら、おにぎりもありますよ」

「えええ?」


 差し出されたのは保冷パックに入ったおにぎりだった。


「班長これ、どこで()うたんや……」

「意外と千歳基地の食堂で握ってるやつだったりして」

「ほんまかいな」


 ラップで包まれているところを見ると、少なくともコンビニで売られているものではなさそうだ。


「でも良かったじゃないですか。メトロが入ったせいで、おにぎりが一個足りないって言ってましたし」

「そりゃそうやけどな……班長、なにしにいったん。まさか米と水を買いに?」

「まさかー」


 葛城が笑った。


「しかし、これ、持って帰るの大変やんな。わい、今日も自転車なんやで」

「あ、だったら俺、今日は車なんで届けますよ?」

「ほな、頼まれてくれるか? 報酬はこの米で作ったおにぎりってことで」

「わかりました」


 そんなわけで、我が家に北海道の米がやってきた。

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