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シャウトの仕方ない日常  作者: 鏡野ゆう
本編3

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第三十四話 五番機師匠

「あー、飛びたないでー、霧、どこ行ったんやー? 朝、来るときはほとんど視界ゼロやったんやでー? あの霧、どこ行ってもうたんやー? 霧ちゃんやー、どこいったー?」


 今日一番目の飛行訓練の時間が迫り、キーパー達がそれぞれの機体を点検をしているエプロンへと向かう。ハンガーから外に出ると、おにぎりをかじりながら空を見上げた。


 朝、自転車でチビスケを保育園に送っていく時は、周囲は真っ白な霧に覆われていた。だが見ろ、それからまだ一時間ほどしか経っていないのに、基地の上空は雲一つない青空がひろがっている。


「なあ、おかしゅうない? あの真っ白さはどこ行ったん? それにや、今朝のテレビで梅雨に入ったって言っとったんやで? このままやったら東松島(ひがしまつしま)、カラッカラになってまうで、そうなったらえらいこっちゃやん?」

「新年度に入ってから、影山(かげやま)三佐のパワーは強力になってますもんねえ。これってやっぱり、班長が作った影坊主との相乗効果かな? あれ、特許をとったほうが良いかもしれませんね」


 俺と一緒に出てきた葛城(かつらぎ)が、呑気そうに笑った。


「笑いごとちゃうで葛城君や。水不足で米が不作やったらどないすんねん。東松島のお米の危機、せっかく復活した嫁ちゃんのおにぎりの危機やで」

「おにぎりの危機」

「せやで」


 我が家のチビ姫は、相変わらず昼も夜も関係なく、ミルクを求めて元気に泣いている。だがお義母(かあ)さんのおかげで、嫁ちゃんは自分なりの生活のリズムを見つけたらしく、朝のおにぎりの用意を再びしてくれるようになっていた。米も具材も同じなのに、やはり嫁ちゃんのおにぎりはひと味もふた味も違う。嫁ちゃんも嫁ちゃんのおにぎりも最高や。


 その最高に危機がおとずれるなんて、あかんやん?


「あかんわ、そんなん考えたら飛びたなくなってきたわー……」

「別にここのお米にこだわることないでしょ? 日本には米どころがたくさんあるんだし」

「なにゆーてんねん。地元のお米と水で作ったおにぎりに勝るもんはないんやで。だから松島基地にいる間は、東松島のお米一択なんや」

「さすがおにぎりマスター。そのうちおにぎり検定ってのを作りませんか?」


 ますます楽しそうに笑う葛城。まったくの他人事(ひとごと)だな。基地で食べる食事の米だって、東松島市で収穫された米だというのに。


「だから、笑いごとやあらへんのやって。あー、飛びたないわー……」

「影山は空自史上最強の晴れ男だもんな。オプションがついて、さらに強力になったって話は本当だったんだな」


 ニコニコしながら葛城がさらにそう言った……と思ったんだがさっきと口調と違う。違和感を感じて横を見れば、葛城はニヤニヤしながら俺の顔を見ているだけで、口を動かしていなかった。ん? だったら今のは誰が答えたんや?


「オール君や、腹話術でも覚えたんか?」

「なんで腹話術なんですか。今のは俺じゃないですよ。そちらに立っているかたです」


 そう言いながら、葛城は持っていたヘルメットで俺の後ろをさした。


「ん? ……あ、師匠!」

「おう、久しぶり。ちゃんと飛んでいるようで安心した」


 振り返ると、そこに立っていたのは松崎(まつざき)三佐。今は百里(ひゃくり)基地の飛行隊に所属しているパイロットだが、元ブルーの五番機ライダーで俺の師匠だった人だ。


「お久しぶりです、師匠! なんでこっちに?」

「そりゃ決まってるじゃないか。影山がちゃんと飛んでるか見にきたんだよ」

「ご覧のとおり、ちゃんと飛んでまっせ」

「ぐちぐち言いながらですけどね」


 葛城が横からさりげなく言葉をはさんだ。


「やかましいわ」


 俺と葛城のやり取りに、松崎三佐は愉快そうに笑う。


「相変わらずだよなあ、影山のおにぎりも愚痴りも。よく沖田(おきた)隊長になにも言われないな」

「おとなしゅう飛んでる限りは、俺の愚痴りもおにぎりも飛行隊の公認らしいですわ」

「やれやれまったく。おにぎりは全国区の番組で流れたし、広報も司令もお前に甘すぎないか?」


 松崎三佐が笑いながら葛城のほうを見た。


「デュアルソロの相棒としてはどうなんだ? おにぎりは別として、影山の愚痴りはアクロの邪魔にならないか?」

「慣れました」


 葛城はすました顔でそう答える。なんや腹立つわ……。


「ところで真面目な話、師匠はなにしに松島(まつしま)へ? 百里はそんなにヒマな基地ちゃうでしょ」


 航空自衛隊のパイロットは、要撃機に限らず慢性的な人員不足状態が続いている。それもあって女性パイロットが認められるようになったが、このパイロット不足状態がマシになるのは、もう少し先のことになりそうだ。


「こっちのことはお前が気にすることじゃないよ。ファースト、上がるんだろ?」

「上がりますけど、今日はデッシー君の卒検ですねん。つまり操縦桿を握るのは後藤田(ごとうだ)で、俺やないですよ」


 卒検とは俺が勝手にそう言っているだけで、正式な名称じゃない。だが昨日のデブリーフィングで、隊長から後藤田に直接、明日は一区分を通しで飛んでみるか?と声がかかった。


 それはつまり、ブルーのLEAD(リード) SOLO(ソロ)として飛んでみろということだ。そして、今日のフライトで隊長以下それぞれに認められれば、いよいよ後藤田も展示デビューをむかえることになる。


「それは楽しみだ。影山がどんなふうに後藤田に五番機の伝統と技を伝えたか、この目で見られるってわけだな。いいタイミングで来られてラッキーだった」


 その言葉で思い出す。試されるのは後藤田だけではない。今日の後藤田のフライトでは、俺の師匠としての技量も試されるのだ。


「どうせ来るんなら、もうちょい早う来てくれたら良かったのになあ、師匠」

「なんでだよ」

「いろいろと教える側のコツ、聞きたかったですわ」

「そんなものあるわけないだろ? だいたい愚痴りながら飛ぶライダーなんて影山しかいないんだから、教える側も教えられる側も、参考にできるものなんてないじゃないか」

「そういうことやなくて。だけど今の言い方やと、なんや俺だけが飛び抜けて問題児みたいやないですか」


 松崎三佐はニッと笑った。


「そうとも言うな」

「なんでやねん」


 松崎三佐が腕時計に視線を落とした。そろそろ訓練時間だ。


「ま、俺達はお前が松島に来た時から楽しんでたけどな。じゃあ影山、しっかり弟子の成長を見届けろよ。もちろん至らない点があれば、どんどん指摘すれば良いんだからな。甘い採点なんてするな。俺も下からしっかり見てるからな」


 そう言いながら、松崎三佐はその場を離れた。行く先は飛行訓練を地上から監視する場所で、三佐にとっては勝手知ったる他人の家というわけだ。


「他人事みたいな顔してわろてるけど、葛城かて他人事(ひとごと)ちゃうんやで?]


 俺の横でニヤニヤしている葛城に声をかけた。


「べつに俺は笑ってないですよ」

「いいや、その顔は間違いなくわろてる。自分かてそのうちデッシーが来るんやからな、ほんま、他人事(ひとごと)やないんやで、この悩みは」


 俺がそう言うと、葛城は急に真面目な顔をする。


「そんなこと言わないでくださいよ。あえてその時の苦労を考えないようにしていたのに。あー……それを考えたら、なんだか急に飛びたくなくなってきました」

「せやろ? せやろ? 飛びたないやろ?」

「影山さんとは別の理由からですけど、ええ、まったく飛びたくなくなってきましたー……」


 二人で飛びたくない飛びたくないと騒ぎながら歩いていくと、先に五番機と六番機の元に来ていた後藤田と青井(あおい)が、目を丸くしてこっちを見ていた。


「俺の卒検フライトでなにを言い出すんですか。影山三佐はともかく、葛城一尉まで」

「なんやねん、その俺はともかくって」

「飛びたくないって騒ぐのは一人で十分だってことですよ」

「いやー……ほんとうに飛びたくないですよー、こういうのが飛びたくない病なんですねー、実感できましたー」

「そこ、実感していいとこじゃないから」


 二人は俺と青井が見守る中、機体の点検を始めた。葛城も点検を始めたことでライダーとしてのスイッチが入ったのか、真剣な表情に戻る。


「なんや、飛びたくないってのは嘘やったんかい」


 その顔を見てぼやいた。


「そこは弟子が来てから考えます。今は棚にあげて鍵をかけておきますよ」


 そう言って葛城はニッコリと笑った。ま、オール君が本気で飛びたくないなんて言うわけがないんやけどな。


 二人がウォークダウンを開始する場所へ向かうのを見送ると、俺と青井はそれぞれの後席に落ち着いた。


「そうや、松崎三佐が来とったで?」

「そうみたいだね。今朝早く、あっちの司令のお供で来たらしいよ。この訓練が終わったら、広報が写真を撮らせてくれってさ」

「ほーん、さすがマッツさん、ライダーを卒業しても人気があるんやな」


 ブルーインパルスのライダーとして注目を浴びていても、任期が終わりそこから離れると意外と周囲は静かになる。一般の人は、俺達が次にどこに行くかなんてわからない。だから、たまに人気が高かったライダーが自分達の近くの基地で飛んでいるとわかると、大騒ぎになったりするのだ。


「なに言ってるんだ、影山と後藤田もだよ。沖田も含めて五番機ライダーが四人も同じ場所にそろうなんて、めったにないことなんだから。四人で五番機を前にして写真を撮ったらインスタ映えするだろうだってさ」

「誰がやねん」

「広報が」

「なんやねん、それ」


 ハーネスを装着してヘルメットをかぶる。


「なあ、これで後藤田が見事にパスしたら俺、もう飛ばんでええやんな?」

『それこそなに言ってるんだ。ラストがまだだろ? ラストの展示飛行をどこでするかは、こっちでちゃんと決めてるんだから、それまでは四の五の言わずにしっかり飛べよ』

「なんや今のセリフ、隊長みたいやったで」

『俺の言葉は隊長の言葉と思え』


 青井がこっちをみて指をさしてきた。


「はー……まだ飛ばなあかんのかいな……せっしょうやで……」

『飛ばないならおにぎり禁止だからな。飛ぶからおにぎりも黙認されてるってことを忘れるなよ?』

「うわー、えげつないわ、班長。それ、めちゃくちゃひどうない? 隊長の言葉とかそういう問題やのうて、わい、班長にいじめられてるちゃうん?」

『いじめ!! どこがだよ!!』


 向こうで隊長の合図があり、ウォークダウンが始まった。


 さーて、トーダ君、頑張って無事に卒研飛行をパスしてくれよ?

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