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シャウトの仕方ない日常  作者: 鏡野ゆう
本編3

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第二十七話 写真撮影

「はー……ほんま寒いで今朝は。こんなんで飛ぶんか? 飛んでるあいだに、カチンコチンにならへん?」


 年が明けてから、やけに寒い日が続いていた。昨日まで降り続いていた雪はやんだものの、相変わらず気温は低いままだ。それぞれの飛行訓練を前に、滑走路の除雪作業が急ピッチで進められている。


「除雪作業も毎度毎度たいへんやなあ……」

「あ、やりたいとか言い出さないでくださいね。先輩はここでおとなしく、準備ができるまでおにぎり待機ですから」


 キーパーの坂崎(さかざき)がそう言って、横を通りすぎていく。


「そんなん、言われんでもわかってるわ」

「いやいや、先輩は油断がなりませんよ。なんせ草刈りの前科がありますから」

「前科てなんやねん、前科て」


 まあたしかに、ちょっとだけ除雪作業をやってみたい気にはなっていたが。


「とにかく、隊長の指示があるまで、おとなしくおにぎり待機です」

「わかってるゆーてるやん。こんなに寒いんや、でとうないわ」


 そう言いかえして、坂崎をエプロンに送り出した。


「しっかし寒いで、ほんま。今年は暖冬やって、誰かゆーてへんかったか?」

「言ってましたね。それと、これでも例年のこの時期より暖かいそうですよ」


 白い息をはきながら、葛城(かつらぎ)が奥から歩いてきた。


「ほんまかいな。こんだけ寒かったら、飛んでる間に皆してカチンコチンやで。今日はほんまに上がるんか?」

「雪はやみましたからね。滑走路の除雪作業が完了したら、離陸できるだろうって話です」

「そうなん? こんなに寒いのに? いややわー、めっちゃ寒いやん、こんなんで飛びたないわー、ほんま、さむさむやで。ほれ、見てみ? 嫁ちゃんのおにぎりも、めっちゃ冷えてきたやん? こんなんでは飛ばれへんわ」


 手にしたおにぎりをかざすと、葛城が笑う。


「それのどこが冷えてるんですか。湯気、出てるじゃないですか。ちゃんと見てましたよ、ここに来る前にレンジでチンしてたの」

「それ、君の気のせいちゃう?」

「俺の指で、おにぎりの温度をたしかめてほしいんですか?」


 葛城が指を近づけてきたので、おにぎりを遠ざけた。


「あかんあかん、大事な嫁ちゃんのおにぎりや、さわんな」

「だったらさっさと食べて、離陸の準備ですよ」

「はー、飛びたないでー」


 おにぎりを腹の中に納めてからも、なかなかハンガーから出る気がしない。ここもかなり寒いが、外に比べれば幾分かマシだ。


「ほんま、寒いで。飛びたない以前に、外に出たないわ」


 俺と並んで、外を見ていた葛城がうなづく。


「その気持ちはわかります。那覇(なは)からこっちにきて、初めての冬がそんな感じでしたから」

「あっちはあったかいもんなあ。なあ、今日は飛ぶのやめへん?」

「俺に言ってどうするんですか。それに今日は、ブルーの広報写真を撮る予定なんですから、ちゃんと全機がそろって飛ばないと」


 年に何回か、広報用の写真撮影のために、広報担当のカメラマンや民間の契約カメラマンをブルーに乗せて、飛ぶことがある。それが今日だった。


「そんなん、もっと暖かくなってからでええやん? 桜をバックに飛ぶブルーとか、ひまわり畑の上を飛ぶブルーとか」

「眼下の雪景色とブルーとか、ですよ」

「あー……」


 四季折々のブルーの写真だから、雪景色をバックにブルーが飛ぶ写真も必要らしい。青い機体と白い雪。今朝まで降り続いた雪のせいで、この辺一帯は白銀の世界だ。青い機体はさぞかし写真映えするだろう。


「ほな、俺は暖かい場所から、チーム沖田(おきた)の飛行を観察させてもらうとか?」

「リードソロがなんですって?」


 葛城はすました顔で言いかえしてきた。


「せっかくデッシー後藤田(ごとうだ)がおるんや、そろそろ後藤田でもええやん? おーい、後藤田~~?」


 ハンガーの奥から歩いてきた後藤田に声をかける。俺がなにを言いたいかすぐにさっしたらしく、わざとらしい仕草(しぐさ)で首をすくめた。


「ダメですよ。自分は予備機に江口(えぐち)さんを乗せて飛ぶんですから」


 後藤田の後ろからやってきたのは、この基地で広報用のカメラ撮影を任されている江口曹長だ。


「今日はよろしくお願いします。僕としては、影山(かげやま)さんの後ろに乗せてほしかったんですけどね」

「なんでそうならへんかったんや?」

「まずは、編隊飛行をしているブルーの全体写真を撮りたいので」


 俺が後藤田に押しつけようと思ったのも、それが理由だ。たしかに雪はやんだ。だが雪雲はまだしっかり残っていて、高度をとるには難しい気象条件。だから今日の午前中の写真撮影は、編隊飛行のみで行うことになったのだ。


「それと、撮影中に影山さんの愚痴りがあると気が散るだろうと、沖田隊長が」

「なんでやねん」

「もちろん午後が晴れてアクロができるようなら、影山さんの後ろで、その写真を撮らせてもらいますよ。その時はよろしくお願いします」


 江口がにこにこしながらそう言った。


「なあ、予備機は他のデッシーに任せて、後藤田は五番機で飛ばへん? で、俺はここから、君らの飛行を観察するってことで」

「またそんなことを言って。ほら、チーム五番機のキーパーが準備ができたって、三佐のことを呼んでますよ。あきらめてそろそろ行きましょう」


 そう言うと葛城は、俺の後ろにまわって背中を押して歩きはじめる。


「なんやねん、押すなて。わいはトコロテンちゃうねんぞ」

「こんなうるさいトコロテンなんて知りませんよ。トコロテンは、もっと甘くて静かで可愛いです」

「なんや、つれないわ、葛城君や」


 だが葛城は、おかまいなしに俺を五番機のほうへと押して歩き続けた。


「はいはい、愚痴りはまた戻ってきてから聞いてあげますから。でもほんと、ここに来るまで、デュアルソロにこんな課目があるなんて知りませんでしたよ」

「ほんま、あかんわー、かわいいないわー」


 文句を言っても、まったく聞く耳もたずな状態だ。


「そりゃあ、影山さんからしたら青井(あおい)班長に、〝飛ぶんだ、さあ〟って言ってもらったほうが良いのはわかってますけどね。今日は班長が出張なんだから、僕で我慢してください。えーと、影山三佐、飛ぶんですよ、さあ?」

「なんやねん、その、とってつけたみたいな〝さあ〟は」

「しかたないですよ、おにぎり仲間の団結心には勝てませんから。お待たせしました、間違いなく五番機正パイロットをお届けしました!」


 坂崎達が立っている前にたどりつくと、葛城はわざとらしく敬礼をした。


御足労(ごそくろう)をおかけしました、葛城一尉。間違いなく影山三佐を受領いたしました。これより先は、自分達が責任をもって空へと送り出します!」


 機付長の神森(かみもり)が敬礼をする。


「わいは荷物かいな……」 


 そんな俺の愚痴もまったく無視されてしまった。納得いかへんで、ほんま。



+++++



 そして編隊飛行の撮影が始まった。どうして隊長が後藤田に任せたのか。その理由がわかったのは、最後の撮影が始まった時だ。


 何度か通常の手順で写真を撮ったあと、なぜか予備機が俺達から離れていった。そして俺達は旋回して編隊を組むと、基地の上空を真っ直ぐに飛ぶように指示される。そして予備機が戻ってきたのはその直後だった。


「なあ、なんかその位置、おかしゅうないか?」

『そうですか? この位置で一度撮ってみたかったんですよ」

「せやかてなあ……」

「基地内に積もった雪と、ブルーの対比が素晴らしいですよ。絶好の撮影コンディションだ』

「ほんまかいな……」


 編隊飛行をしている俺達の写真を撮っている予備機が飛んでいるのは、俺達よりさらに高度の高い場所。しかも背面飛行状態だ。その後席で、江口がこちらにカメラを向けているのが見えた。あの態勢で平然と撮影をしていられるのは、ヤツが自衛官だからだろう。


『下に戻ったらお見せしますよ。……オッケーです、後藤田さん、ありがとう』

『了解しました。態勢を戻します』


 予備機が機体を反転させて、正常な態勢に戻った。


「よおそんな状態で写真が撮れるもんやな、感心するわ」

『そりゃあ、自分は空自の広報カメラマンですから。ありがとうございます、沖田隊長。お蔭で今回は面白い写真が撮れました』

『それはなによりだ。ではすべてプログラムは終了。全機、このまま着陸態勢へ』


 隊長の指示で全機が縦一列の編隊を組むと、アプローチへと入った。



+++



「江口曹長」


 そして地上に戻ってから、一番機から降りてきた隊長が江口に声をかけた。


「なんでしょうか」

「さきほど撮影したものだが、こちらにも渡してもらえるだろうか。編隊飛行の全体像を確認したい」


 それを聞いて、その場にいた全員が〝うわっ、きた!〟という顔をする。隊長のことだから、そう言うだろうとは思ってたんや。最後に上から撮った写真を含めて、今回の写真は、それぞれのポジショニングがはっきりとわかるものだ。これを隊長が欲しがらないはずがない。


「わかりました。すぐにメモリーに落としてお渡しします」

「そうしてもらえると助かる」


 隊長の後ろにいた吉池(よしいけ)班長が、人の悪い笑みを浮かべている。あれは、隊長から写真データを欲しがった意図をすでに聞いている顔だ。


「うはぁ……始まるで、隊長のダメ出しが。あかん、俺も位置がずれとったとこ絶対あったはずや……俺はお仕置き決定や……」

「それを言ったら俺だって……」


 口々に言い出した俺達を見た隊長が、少しだけ呆れた顔をしてみせた。


「すでに自分で気づいていたのなら、俺に指摘されてもなにも問題はないだろう。なにか問題でもあるのか?」


 隊長の質問には、全員が〝問題はありません〟と答えるしかなかった。


 付け加えるならば、隊長は他人にだけではなく自分にも厳しい。俺達に指摘すると同時に、自分の飛行や班長の指示出しでおかしいと感じたところは、俺達の前で自らきちんと指摘するだろう。


 ちょっとしたタイミングのズレが、大事故につながるアクロなのだ。飛んだ後は必ず厳しいチェックが入る。それが当然のことだった。なにも隊長のダメ出しは、今に始まったことじゃない。


「せやかて、隊長のダメ出しはきっついからなあ……」


 しかも今日は、隊長と俺達の間でクッションになる青井がおらへんのやで? 覚悟してミーティングに望まなあかんやろうなあ……。

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