森へ
短めです
定時。
「出立!」
馬に跨るイザベラは、王都キリスの南門に集いし傭兵を背に、火が灯る白亜の杖を掲げて高らかに叫んだ。
腹を蹴り、彼女の馬が駆る。
続いて数多の蹄音が野を走り、大地を震わせた。
傭兵百余名が行先は、南下約百キロメートルより広がる大森林。一度にこれほどの傭兵が集まり、騎行するのは、同じく白狼が確認された二十年前の春に遡る。
ゆえに中には、二十年前、口惜しくも遭遇できず執念を燃やしたり、再びの血肉湧き踊る戦いに滾る、壮齢の者がいた。
とうぜん者共は一様に士気が高く、若輩を押し退けて先陣を切る。
鼻幅に短く刈り込んだ白髭が特徴の、ドット・レイルズもそのひとりだ。
彼は歴戦を窺わせる銀の鎧に身を包み、黒馬を跳ねさせていた。
相棒は戦斧である。しかし通常より柄と刃が長いために大質量となった得物は、彼の特注品で、剛力な彼にしか振り回せない鉄の塊だ。
ひとたびレイルズの斧が振られたらば、周囲の獣は肉塊に変わる。
この一方的な殺戮は、いつしか彼を鬼と呼ばせた。
レイルズは寡黙ながら、うちに秘める戦いへの熱は比類なく強烈だ。
此度の任務に加わっているのも、昔にくぐり抜けた死線の美味を求めてである。
あるいは死に場所を、探しているのかもしれなかった。
過去、彼は白狼を沈黙させたチームにいた。
莫大な富と名声を得た。
しかし代償も大きかった。
忘れもしない、あまりに悲惨な光景。
はじめ二ダースもいた仲間が、次々となす術なく細切れとなっていき、最後には片手の指の数しか残らなかった。
現在のレイルズも、片腕を治癒魔法に助けられている。
生きた伸びた仲間は、やがて病や老いに抗えずくたばった。
いまはレイルズと、横に並ぶ禿のニック・リチャードのみ。
「何人死ぬかね」とリチャードは尋ねた。
「大勢さ」レイルズは言う。
「だろうな。あとたぶん儂も」
「案外贅肉が守ってくれるかもしれんぞ」
レイルズが冗談に付き合うと、高笑いが返ってきた。
「おまえは太り過ぎだ」
見れば、リチャードの鎧は真新しい。
金に余裕ができてからというもの、働くことが減った彼の胸と腹は見る見るうちに肥えていった。以前の体型でなくなったために、丸みを帯びた余裕のある鎧と交換しなければならなかったのだ。
鎧を新調した理由に、レイルズは呆れていた。
「老い先短いんじゃ、贅沢させてくれ。それにこんな腹でも若い奴には劣らんよ」
当の本人に危機感はまったくないようである。
もう何も言うまい、とレイルズは目を逸らし、馬を前へ進めた。
先頭を走るイザベラの横に付く。
彼女はレイルズへ軽く会釈した。
「参戦に感謝致します、レイルズさん」
「二度目があるとは思わなかった」
「まあ。嬉しそうですね」
レイルズは無表情であったが、言葉の裏に垣間見る機微をイザベラは読んだ。
彼もそれを否定しなかった。
「しかし複雑な感情だ」
「訳をお聞きになってもよろしいですか?」
彼女の問いへの答えを整理するよう、黙考したのちにレイルズが口を開く。
「戦果以上に犠牲は多大だろう。有力な傭兵の損失は、喜ばしくない」
イザベラは静かに頷いた。
ギルドを支えているのは古参の強者だ。非常時には頼れるうえ、新参者の教育に買って出ている。
貴重な彼らが世を去れば、若者は師を失う。
傭兵の質の低下は必至だった。
実際、二十年前のことがあり、レイルズは今回の戦力に不安を感じていた。
「しかし王は屠殺を望まれている」イザベラは眉根をひそめた。「第一目標を傭兵の救出にすることさえ、難儀だった」
白狼を仕留めた事実は、他国への抑止力ともなる。
それだけ屈強な兵を抱えていると喧伝するようなことであるためだ。
増してや彼の素材はどれも一級品であるとともに稀少ゆえ、巨額で取引されるのだから、現場を知らない王に、傭兵の苦労は伝わらない。
「わかってるさ」
会話を終え、ふたりはただ正面を見据えた。
深まる夜。
灯火が闇夜を切り裂いて行く。
ウナの大森林はまだ遠い。