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永遠の存在者

 

 ヒナがトゥレー島で最初に驚いた事は空気の違いだった。


「おおう、なんだろこの感じ……新鮮?」


 方舟(アーク)に居た時とは違う、雨上がりから乾いて行く地面と混ざった青草の臭いはヒナの嗅覚に未知の刺激を与える。


「取り合えず、記念に深呼吸でも」


 呼吸を深く繰り返し、方舟(アーク)の空気を吸っていた自分の体をホープの空気へと入れ替えて行く。

 シャトルから降りた時点で空気は既に入れ替わっているだろうが気にしてはいけない。

 方舟(アーク)で朝一番の便に乗り、16年と半年振りに踏んだ故郷の大地。


「あーあ、試験なんか無かったら速く帰って来れたのに……」


 物心が着く前に離れてしまった故郷は、さんさんと輝く快晴で出迎えた。


「これが本物の陽かー……暑いな」


 軽い気持で浴びた日光浴で首筋に汗が滴る。

 兄が言っていた通りに薄着で来た積もりだったが、この時期のトゥレー島の陽射しは乙女の対敵である事を嫌でも実感させられる。


「エメリさんから貰った日焼け止め使おうっと」


 抜け出したばかりのターミナルビルの入り口を影にして学生鞄からクリームを取り出し、手早く必要な箇所に塗って行く。

 顔をから順に、首元、肩、手足と肌が露出してる所に塗って置けば大丈夫だろう。

 ――若いし。


「よし、肌バリア終了!」


 学生鞄をスーツケースの上に載せて押すと、地面の凹凸(おうとつ)に引っ掛かり運ぶのに苦労する。


「くううう……これが、大地!」


 スーツケースに悪戦苦闘するヒナ。

 それを見かねたのか、出入り口付近で空港警備を行っていた軍人が掛けていた小銃を負い紐で背に回し駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか? 空港の外までなら運びますよ」

「え、いいんですか?」

「構いませんよ、巡回ルートって名目さえ守れば、上司も文句は言いませんから」


 人当たりの良さそうな若い軍人の笑顔が、ヒナには可愛らしく見えた。

 ――って、駄目だよ私。年上に失礼な事を考えちゃ。


「それでは、お言葉に甘えさせて貰いますね」

「どういたしまして、あの……まさかとは思うのですが、フジムラ・ヒナさんで会っていますか?」


 唐突に自分の本名を言い当てられ、ヒナは丸い瞳を驚きで更に丸くする。

 若い軍人はヒナの表情をみて確信したのか、人の良い笑顔を更に輝かせ、感激に身を震わせる。


「ああ、やはり! 軍曹殿のご兄妹でしたか!! この前、一緒にお食事していた時に見せて貰ったお写真の通りです!」


 ヒナは面食らいながらも、彼の様子を見て核心した。

 ――あっ、この人もしかしなくてもお兄ちゃんのファンだ。

 今ではちょっとした英雄となった兄に、身内としての誇りを感じない訳ではない。

 しかし同時に、妹の肖像権を勝手に緩くしている兄に怒りを覚えた。

 ――変な写真見せてないでしょうね。


「……この前、電話で何か意味深な事言ってたなあ」


 ――なあなあ、年頃の乙女としてはそろそろボーイフレンド欲しいんじゃないか?

 通信越しであんまり深く考えてなさそうな軽い声を思い出す。

 人は惚気るとどうして、ああも能天気になるのか。オキシトシンの分泌し過ぎで常時ハイになっているのだろうか。

 ヒナの微妙な顔を勘違いしたのか、人当たりの良い軍人の顔が急に申し訳なさそうな顔つきに変わる。


「す、すみません! つい見っとも無くはしゃいでしまいました!!」


 ――まあ、悪い人ではないか。

 ヒナは改めて、若い軍人に荷物運びを頼んだ。




「あ、来た来た! おーい、ヒナちゃーん!!」


 ヒナが額に汗を流しながら辿り着いた新築の前には、年下の半袖ワンピースの少女が元気に両手を振って呼びかけていた。

 電話ごしでしょっちゅう会話はしていたが、こうして直接会うのは初めてだ。

 引っ張っていた荷物を置いて、ヒナは少女の元へと駆けた。


「会いたかったです、エミリさん!」

「私もよ、ヒナちゃん! アハ、あの時赤ちゃんだった子が綺麗になったなんて、お姉さん感激!!」


 2人で抱き合いながらクルリとその場を一回転。

 歳の離れた姉妹のように喜びを分かち合う。


「よく1人で来れたわね、結構街外れにあるから大変だったでしょう?」

「大丈夫です、私はこう見えても、地図が見れる女ですから」


 エヘンとヒナが成長途上の胸を張り、腕の端末ナビを表示した。

 するとそこに、ノイズ音が走り、ナビゲータが喋りだす。


『ハイ、ヒナさんは道中道を間違えずに来れましたよ。何度か不安そうにはしてましたが』

「マリー、そう言うのは言わなくていいの!」

「ふふ、なるほど、早速マリーを自分の端末に入れたのね?」

『はい、街のステーションでヒナさんからの連絡が来た時に、オリジナルの私が今までに無い速度でインストール許可を卸しました。普段なら10段評価の人格検査と、個人能力に合わせた機能制限審査があるのですが、所謂顔パスです』

「……街の公共管理AIとしてそれはどうなのかな?」

『仕事とプライベートを分けただけですが?』

「おおう……何と言う高性能AI」

「ま、まあ……立ち話も何だし、そろそろ家に入りましょうよ。あの2人もそろそろ起こしてやらないとね」


 エミリが家の玄関を開けてヒナを招く。

 応じてヒナが部屋に入ると、温かみのある和装よりなレイアウトが彩られていた。

 荷物は玄関に一先ず置き、リビングに案内して貰い木製の椅子に腰掛ける。

 エミリが良く冷えたミネラルウオーターを湯飲みに注いで手渡してくれた。軟らかく飲み心地のいい水が、暑さで乾上ったヒナの喉を潤す。

 ――はふう、今凄い贅沢してるな私。

 もう少し時が立てば、アークの方でもミネラルウオーターや木製品等の高級品が値下がって行くだろうが、その一方で厳しく流通管理を行おうとしている箇所もあると言う。要は昔のダイヤモンドだ。

 ――まあ、私がどうこう出来る話では無いんだけれど。

 一息を吐いて部屋の様子を見渡せば、不思議な懐かしさが胸に過ぎった。


「最近やっと新築の臭いがとれてね、家具とか間取りは昔の家を出来るだけ再現して、後は予算が許す限りの広さにしたんだって。和室もあるのよ!」

「はあ、どうりで……あれ? ママは居ないんですか?」

「ああ、ユズキおば様なら今日は養護施設の泊まり番だから、お昼の写真撮影には帰って来るって」

「本人が楽しそうに働いてるなら、こちらとしては文句無いんですけどね。シエンナおば様も似た様な感じですか?」

「うん、時間には間に合わせるって」

「そうなんですね……寂しくは無いんですか?」

「うーん……今はやっぱり忙しいからね」

「そこも同じですか」

「だね」


 実の娘としては寂しさが無い訳でもないが、嬉しそうに働いている母を見るのは嬉しい。

 問題は兄の方だ。


「そろそろ……起こしに行きます?」

「……正直、気が重いわね……私、昨日は耳栓して寝たのよ」

『まあ』


 察して欲しいと言わんばかりのエミリの視線にヒナは同情を禁じえない。


「なんかねー、あの2人は一度スイッチ入ると駄目ね、もう」


 エミリが碧い瞳から生気の光を失いながら答える。


「大方、今日の写真撮影の話で盛り上がったんでしょうね」

「大当たりよ、ヒナちゃん。アルバムを見返し始めた後の私の疎外感、半端な物では無かったわ」


 容易にその場面を想像してしまい、エミリに対して更に同情を感じてしまった。


「休暇に入ったばかりの最初の頃はねー、そうでもなかったんだけどねー」

「私……今は一緒に生活しなくて良かったかもです」


 椅子にもたれ掛かり不貞腐れるエミリを見て尚そう思う。

 暫くすると、決心したのかエミリがゆっくりと姿勢を正した。


「……起こしに行く?」

「行きましょうか……」

『ワクワク』


 溜め息交じりで2階の階段を上り、2人の寝室へと向い、扉の前で数度ノックをして呼び掛けるが返事は無い。


「あ、空けるわよ……!」

「思い切って、やっちゃって下さい」


 最悪、身内の痴態を目撃する覚悟でエミリは我武者羅に扉を開けた。

 カーテンが閉まり、陽射しも明りがない薄暗い部屋の中ではコウタロウとエメリが熟睡していた。

 熱かったのか布団は使っておらず、大の字で体を広げて寝ているコウタロウの厚い胸板に、エメリが身を寄せて行儀良く寝息を立てている。


「ん……」

「ひっ」

「何て暴力的なの……」

『なるほど』


 体制を変え、解れたエメリのパジャマから僅かに見えた胸がコウタロウの胸板に柔らかく容を変えて載る。

 有様を見てエミリとヒナが恐れおののき戦慄した。


『大丈夫ですよ、お2人とも。未来が在ります』

「マリー、人は何時だって未来に期待し過ぎて、勝手に落ち込むのよ……」

「努力が何時も実を結ぶとは限らないしね」

『何故そんなに悲観しているのですか?』

「それにしても、本当に起きないわね」


 取り合えず部屋の空調とか室内の様子が思ったより全然まともだったので、ヒナとエミリが2人を起そうとするがそれでも中々起きない。

 平和ボケが見事に極まった2人の寝顔は清々しい物がある。


「むう……こうなったら」

「エミリさん?」


 エミリが深呼吸を繰り返し、息を深く吸った。


「こおの色ボケカップル共!! さっさと起きなさーーい!!」

「わっ!?」

「ひゃい!?」


 耳を(つんざ)く程の悲鳴交じりの叫びが家の中で木霊した。




 街唯一の総合病院はかつて無い緊張状態に陥っていた。

 熟年の看護師と産婦人科医が的確に事態へ対処する中、手すきの新米医が興味深そうに様子を伺うか、女性の看護師に睨まれ退散して行く。

 騒動の渦中にある部屋からはアティが途絶え途絶えに苦悶の声を上げ、1人の男性が励ましながら手を握る。


「肩まででましたよー、もうちょっとですから、頑張って下さいね!」

「ゆっくりと息を吐いて下さいねー」


 懸命に指示通りにアティが従い、意識を強く保つ。

 もう少し――もう少しで――。

 直後に産声が室内で響き、アティが一気に脱力する。

 わあっと歓声を上げた看護師達が産まれ出た直後の命に、迅速に適切な処置を施していく。

 両手に収まる血塗れの体をお湯で拭き、清潔な毛布で包むとアティへと手渡す。


「元気な男の子ですよ」


 アティは愛おしそうに皺くちゃな顔を見つめると、ゆっくりと胸へと抱き寄せる。

 自然と顔が熱くなり瞳から涙が溢れた。


「私の……赤ちゃん」


 熟年の看護師と医者が16年と半年振りの大仕事に胸を撫で下ろし、血に塗れた格好のままハイタッチを交わし右肩を組み合いステップダンスを踏む中で、夫も泣きながらアティへと手を握り我が子へと手を振る。

 未だに泣き続ける赤子へアティはただ抱擁を続けた。




 写真撮影を済ませ繁華街のフードコートでコウタロウ達は遅めの朝食に在り付いていた。

 写真撮影を終えて何時もより上機嫌なエメリの横で、コウタロウは着慣れない軍の制服に疲れ果てたのか、テーブルの上で突っ伏している。

 エメリが自然な仕草で自分の手をコウタロウの手へと伸ばし、2人で意味も無く絡ませ合いながらもコウタロウは苦笑いを浮かべる。

 指に嵌めたペアリングが差し込む陽により輝く。


「俺は金輪際あんな堅苦しい服は着まい……」

『見栄えは良かったですよ? 制服が似合う男はモテます』

「そうだよ、カッコイイのに勿体無いよ?」

「でもアンタ、今度講演会の出席をロックフェラーのおじ様に頼まれてたじゃない。嫌でも着る羽目になるわよ」

「英雄なんてなるもんじゃないなあ」


 溜め息を吐きながらもコウタロウはアイスコーヒーをストローで啜る。

 そんな当人を他所にエメリとヒナは安心した笑顔を浮かべていた。


「身内としては、戦場で命賭けるより暑苦しい服着て話して貰った方が嬉しいかなあ」

「場合にもよるけど、私もそっちの方がコウちゃんと一緒にいられる時間増えるから嬉しいな」

「俺としては、人前で立つより体動かしてた方が気は楽なんだよなあ」

「いっその事、アンタもエメリ見たいに除隊しちゃえばいいんじゃないの?」

『ヘンリー教授の元で助手でもやって見ますか?』

「それは命が足りないから却下で。……うーん……」


 エミリから貰った提案にコウタロウは思考を回す。

 エメリは除隊した後に、母親の手伝いとして街の行政を学んでいる。

 母親からは大学を入りなおして生物学を学ぶなり、好きな事をしなさいと言われたらしいが、本人の意思は固いようだ。

 対する自分はどうだろうか。念願の故郷の大地を踏みしめている今、次の目的――夢と言うものがイマイチ浮かばない。


「ぶっちゃけ、今の待遇に不満は無いしいなあ」

「でも、これ以上出世する積もりも無いんでしょ?」


 クリームソーダーのアイスを夢中で掬っているヒナの質問にコウタロウは言葉を詰まらせる。


「どうせ、頭の出来が悪い兄貴ですよー……そうだなあ……」


 考えを纏めながら取り敢えずの自分の望みを言って見る事にする。


「ずっとこの場所にはいたいな。もうちょっと街の復興が落ち着けば、ここの警備部隊にでも転属願いを出すよ」

「軍人はやめる積もりは無いの?」

「正直な事を言うと、軍隊生活が長すぎて一般の社会人として働ける気がしない」

「そんなもんなの?」

「そんなもんなんです」

「大丈夫だよ、コウちゃん! いざって時は私が大黒柱になるよ!!」

「専業主夫にでもなる? 軍隊生活長いなら基礎的な家事はこなせるでしょ?」

「いやまあ、自分の世話は自分でしてたけどね?」


 英雄から専業主夫ってジョブチェンジの思い切り良過ぎではなかろうか。

 ――と言うか、家庭で子供出来た時どうするよ。


「大丈夫! 私が頑張って働いて貯金すればどうにか出来るよ!!」

「逆に考えて今の内に2人で働いて、子供が生まれたらアンタが退職すれば良いんじゃないの?」

「姉妹揃って人の心を読むのは止めたまえ!」


 すると、ヒナの腕に巻いた端末がコール音を鳴らした。


「友達か?」

「ううん、アティさんの旦那さんから――もしもし、ヒナです」

『交友関係が広いのですね、ヒナは』

「ヒナは人と仲良くなるの巧いからなあ」

「本当に正反対よね」

「うるせい」

「やめほー、ほっぺふにふにすふなー!?」

「ふ、2人とも……」


 コウタロウがエミリの頬を揉みしだく中で、ヒナが突如、顔色を変えて立ち上がった。


「ヒナ、ど、どうした?」


 ヒナが真剣な面持ちでコウタロウ達へと振り返り、自分にも言い聞かせる様に口火を切った。


「赤ちゃん、産まれたって」




『やあ、トゥレー島の椅子の座り心地はどうかね、ロックフェラー君』

「そう言う君こそ、キャピタル駐屯地の椅子の座り心地はどうかねヤマグチ君?」

『いやー、もうね、ぶっちゃけ大変だね。君、もうちょっと有能な部下をここに残して行ってくれよ。ダーリヤ君を頼り過ぎると、何時か首を盗られそうで恐いし』

「ヘンリー教授も私が引き取ってやったんだぞ、彼の対処には有能な手駒を用意しなくてはな」

『研究成果はちゃんとこっちにも分けて頂戴よ? ジェームズ君とばっかり仲良くしてたら、僕も臍曲げちゃうからね』

「気をつけて置こう」


 宇宙港と密接に隣り合っているトゥレー島軍施設ではロックフェラーが新しい司令官として何時も通り、丸型の体形を椅子に沈ませている。

 執務机のホログラムに移るキャピタル駐屯地からの映像には、ヤマグチが未だに成れていない環境に苦労を浮かばせている。


『全く……君をそっちに送っても意味なんて無いのにね?』

「私としては大満足だがな。ここでしか出来ない事もある。美味い物が手に入り易いしな」

『大企業に不満持ってる中小が君の所に集まってるもんなあ。方舟(アーク)と戦争しちゃう?』

「はっ、まさか。大きな対立はあらゆる不道徳を許す基礎になる。私は許さんよ、そんな事」

『本当にそう言う所、ジェームズ君とそっくりだよね。彼、すんごい張り切ってるんだから、「時が来たー!」って』

「相変わらず暑苦しいな、あの男……」


 未だに夢を追いかける友人の話にロックフェラーはグラウンドの方へと窓を向ける。

 養護施設の子供達が、教官から楽しくダンスを教わっていた。

 今日はダンスも衣装もまともだ。キツク言い聞かせた甲斐がある。


『……君の夢は適ったかい?』

「まだまだ、これからさ」


 通信を切り、久しぶりに小説でも読もうかと、ロックフェラーが立ち上がり本棚へと手を伸ばす。

 狙った様なタイミングで血相を変えたイーニアスが押し掛けて来た。

 原因は決まっている。


「司令官、今度もと言うか平常通りと言うかーっ!?」

「今回は何だ? 携行型荷電粒子砲の暴走か? それとも製作中の医療ナノマシンの暴走か?」

『いいえ、今回は新しいのです』


 イーニアスの足元を白い球体が転がり、機械仕掛けのクモへと金属音を連続させて変わる。

 オリジナルのマリーは、自分の瞳を発光さると、宙にはある設計図が浮かび上がった。


『ヘンリー教授が発作的に「今のパワードスーツって今後の事を考えると、ジャンプ出来る様にすべきそうすべき」と言って早速試験的な脚部パーツを作って、自分で試したらそのまま郊外まで跳んでいってしまいました。発信機はこちらに』


 続いてマリーがトゥレー島の地図を展開すると、急速な速度で移動を続ける信号が1つ表示された。


「このままだと海の方言っちゃいますね」

「確かシャチ型の大型肉食哺乳類が目撃されている箇所だな」

「一応、エイブラム隊長達が先行して追っ掛けてますが、森林地帯に入られると追っ掛け難いですね」

『因みに海落下まで残り30分です。なるべく速めに助けて上げてください。次は私の新しい体を作って貰う予定なのです。こう、ぼんきゅぼーん、な感じで』


 マリーがクモの様な脚で宙を掻くのを見届けて、ロックフェラーは溜め息を吐く。

 今日の休憩も何時も通り潰れそうである。




 ベルサが今日の授業を終えクラスメイトと校門へと向うと、スーツを着こなしたベニーが迎えに来ていた。

 今日の当番ではミレーユの筈だったのでその事を不思議に思うベルサだが、嬉しい事に変わりは無いので何時も通り、友人に手を振り別れを告げる。

 はやる気持ちを抑え様としたが、その気持はベルサの足取りに素直に反映された。

 背負った学生鞄の重さに息を上げならベニーの元へと辿り着く。

 ――体力、落ち、ました……。


「……そんなに焦んなくてもいいと思うんだが」

「す、すいません……」


 そう言いながらベニーが手を差し出すと、ベルサは頬を緩ませながらその手を握り返した。

 キャピタル駐屯地へと向う帰路の途中、ベルサの歩幅にベニーが合わせて歩く中、沈黙が続く。

 ――何か、お話――。


「あ、あのっ」

「どうした?」

「今日の、迎えは……何で」

「ああそれな。何でも、ミレーユ准尉殿がイベントの締め切りがどうのって事で、俺が代理に来たのさ。班長達も手伝ってるようだ」

「イベント……お祭り?」

「何の祭りだろうな?」

「こんど、教えて、貰います」

「うん、そうするといい」


 ベニーの右手首に着けた端末からメールの受信音が鳴った。


「うん? 珍しいな……誰からだ……あー、無事に産まれたのか」

「産まれ、た?」

「ああ、アティの姐さんが無事に出産を終えたそうだ。ほら、添付された動画だよ」

「ひゃう」


 ベニーがベルサへとグッと体を近づけると、ベルサが軽い混乱に陥っている最中、携帯端末から動画を再生し始める。

 産まれたばかりの、肌が赤い小さな赤子が母親であるアティの隣で眠っている。


「これが、赤ちゃん……」

「始めて見るのか?」

「はい」


 ベルサは不思議で興味深そうに、産まれて間もない人の姿を見つめた。

 ベルサは自分の中で暖かな気持が湧き上がるの自覚し、脳裏に横切った言葉をそのまま口にだした。


「私も、赤ちゃん欲しいです」


 ベニーが泡を食った顔つきで、どう返事をするべきか思い悩んだ。




 コウタロウ達が病院の正面玄関へと急ぐと、泥だらけになった農作業着のまま、玄関前で立ち尽くすウィルとトランが居た。

 その手には、バスケットに山積みとなった夏野菜と西瓜が水洗いされた状態で溢れている。


「おーい、コウタロウ待ってたぜ!」

「ウィル、トランさんも! ……もしかして、入れなかった?」


 コウタロウ達が2人の状態を頭の先から爪先まで見渡す。

 収穫中に抜け出して来たようだ。


「いや、どっちかと言うと、自主的に」

「収穫してる最中に連絡が来たもんだから、取り合えず、気持だけでもね」

了解(ヤー)、俺から渡して置くよ」

「おう、頼んだ! 子供達に畑を任せちまってるから俺達は一旦、出直すぜ」

「またねー」

「またね、エミリちゃん。赤ちゃんにも宜しく」


 2人は収穫物を手渡すと、止めてあった旧式のトラクターへと戻り、そのまま走り去っていく。


「活き活きしてるねー、2人とも」

「今度は畜産にも手を出すとか言ってたぞ」

「そのうち、ウィルさんの作った野菜がアークにも並ぶのかもね」


 嵐の様に去っていった戦友を見送り院内へと入ると、ユーリーが娘のパーシャを連れて先に受付へと来ていた。

 コウタロウとは色違いの、白い半袖ポロが筋肉の山でキツキツになっている。

 ――増えてる!?

 出かかった言葉をコウタロウは頑張って飲み下すと、ユーリーへと呼びかけ、パーシャの方が先に反応した。


「あー! エミリちゃんだ! ヒナお姉ちゃんも!!」


 顔を眩しく綻ばせたパーシャが2人へと駆け寄り、3人になって回りだす。

 ユーリーは娘の行動にやれやれと言った様子で鼻息を吐くが、その表情と目は緩みに緩んでいる。


「280号室にいるそうだ、行こう」


 ユーリーに促され、全員で目的の部屋へと向う。

 道中ではパーシャがエミリやヒナと一緒にバーチャル学習の進捗具合をお互いに確かめ合い、エミリの進行具合にパーシャは度々驚いていた。

 そんな他愛ないやり取りにコウタロウが耳を傾けていると、エメリが隣に寄り添い、微笑みながら腕を組む。

 自分達が勝ち取ったものが何であるか、コウタロウは改めて噛み締めていた。


「ここだな」


 ユーリーが丁寧なノックをすると、部屋の扉が勝手に開きアティの夫が顔を覗かせる。


「お待ちしていました、どうぞ」


 部屋の中へ通されると、やり遂げた顔で疲労しているアティと赤ん坊が隣り合ってベットで横たわっていた。

 娘3人組が息を潜めながらも、赤ん坊を見て黄色い声を上げる。

 エミリがふっくらで丸々とした赤ん坊の手へと自分の指を乗せ、赤子がそれを掴む。

 3人娘が更に顔を蕩けさせた。

 アティがそれを見守りながら、コウタロウへと視線を移した。


「コウタロウ、抱っこしてみない?」

「えっ!?」


 狼狽えたコウタロウへとユーリーが覚悟を決めろと視線で合図した。


「私からもお願いします、貴方は妻とその子の命の恩人なんですから」

「そうそう旦那の言うとおり、アンタも何時か自分の子供を抱くんでしょう? ね、エメリちゃん?」

「ふえあ!? も、勿論です!」

「えっと、それじゃあ……」


 おずおずとした足取りでコウタロウがベットへと近づくと、アティが赤子を抱きかかえ、コウタロウへと手渡す。

 戦場へ行く時とは比較にならない緊張が、コウタロウの全身を覆う。


「そうよ、体の下に手を入れて、首は肘の内側で支えて上げるの。もっと体を密着させて上げて……そう、上手よ」

「は、はい……お、おおお」


 赤ん坊を正しく抱きかかえると、その子の重みや命の鼓動までもが、コウタロウの全身を駆け回る。

 こんなに小さいのになんて――。

 ――なんて大きいのだろうか。

 生物の本能なのか、それが赤子と言うものだからなのか、コウタロウにはまだ理解出来ない。

 ただ、目の前の命の尊さをその身で実感しただけだ。

 元気な泣き声が部屋一杯に響いた。


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