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瘡蓋を千切りとる ③

 陽の温かみと、(まぶた)裏に感じる眩しさにベニーは意識を取り戻した。


「ベニー、そんな所でうたた寝したら風邪を引いてしまいますよ」


 声の懐かしさに思わず眠りこけていた椅子から飛び起きる。

 飛び起きた拍子で強くふんだ木製のテラスが強く音を立て、初老の女性の短い悲鳴が上がった。

 その悲鳴を聴いて今度はベニーが慌てた。


「母さん、ごめん! 驚かせる積もりは無かったんだ」

「はー……ごめんなさい、私の方こそ急に驚いちゃって……でもどうしたの? 恐い夢でも見てしまったのかしら?」


 幼い子供を案じるような手つきで初老の女性がベニーの顔に触れる。

 しわ寄れた手つきの優しさにベニーはただ呆然とする。


「そんな……だって、母さんは――」


 言いかけてた言葉が止む。

 母さんは――何だと言うのだ、今目の前に居るじゃないか。

 そうだ、こうして自分に優しく触れてくれている。

 でも、しかし、なんだ、この違和感は。

 言い様の無い違和感を拭い切れないベニーを母親は心配そうに伺う。


「私はここに居るわよ、ベニー。この前の健康診断で何処にも問題は無かったじゃない。お父さんは、ちょっとダイエットしなくては行けない様だけど」

「ああ、そうだ、そうだったよな……」


 自然体に振舞う母親を見ているとベニーの中の違和感が希薄になって行く。


「きっと疲れているのよ、どうせ昨日も夜遅くまで勉強をしていたんでしょう? お父さんのお仕事を継ぐ為に頑張ってくれるのは、お母さんとても嬉しいけど、体を壊してしまっては駄目よ」

「あ、ああ、気をつけるよ」

「そうね……決まったわ、今からお茶にしましょう。貴方はコーヒー派でしょうけど、疲れている時はハーブティよ! 茶葉はアメリカンジンセングにしましょう」

「いや、俺は……」

「もう、偶には親孝行してちょうだい。そりゃ、年老いた母親より、若い子と一緒に遊んだ方が楽しんでしょうけど」


 少しワザとらしく拗ねる母親を見て不意に(まぶた)の裏が熱くなる。

 思わず顔を空へと向けてしまう。


「……母さん何言ってるのさ」

「冗談よ、さあ、待ってなさいな。作り置きしたクッキーも一緒に持って来るから」


 母親がベニーを置いて家の中へと戻っていく。

 ベニーは状況を掴めぬまま、思考を巡らせる。

 何か、大切な事を忘れている、何か、重大な事を。

 しかし――思い出すのがどうしようもなく恐ろしい。

 一度思い出してしまえば、二度とここに戻って来れない気がする。


「……訳わかんねえよ……」


 造られた空はどこまでも青いままだった。




 ウィルは目覚めへと向う意識の中で、堅い地べたの感触を得ていた。

 とても懐かしいスラム特有の()えた臭いが刺激となって意識が冴えて行く。

 ――可笑しい、ここは何処だ? 何時パワードスーツを脱いだ?

 ぺちぺちと、誰かが自分の頬を叩いていた。


「おーい、起きろよ兄ちゃん!」

「ウィル風邪引くぞー死ぬぞー」

「早く帰ってご飯にしようよー」


 久しぶりに聴いた、忘れようの無い声に目を見開く。

 自分と似た顔立ちの少年達が寝転んでいる自分を覗き込んでいた。

 開いていた自分の目が更に大きく開くのをウィルは自覚した。

 自分を落ち着かせるために、ゆっくりと体を起こし、少年達に向き合う。


「……タイロン、ダリー……アンドレ兄ちゃんまで……」


 ウィルが向き合う少年達はかつての兄弟達だった。

 長男のアンドレ、次男のウィル、三男のタイロン、末っ子のダリー。

 この4人でスラムを生き抜いてきた。そして、自分以外は二十歳を迎えられなかった筈だ。

 ――みんな、まともな死に方なんて出来なかった。

 ウィルだけが覚えている彼らの最期。

 今でも鮮明に思い出してしまう変えられようの無い過去を否定したい一心でウィルは兄弟3人を両腕に抱きしめた。

 3人からは確かに感触と温かい呼吸を感じる。


「うわ、どうしたんだよウィル兄ちゃん!?」

「な、なんか悪い物でも食ったのか?」

「にいちゃん、はらへったー」


 思い思いの兄弟達の反応にウィルは嗚咽交じりに涙を滲ませる。

 有りっ丈の抱擁で3人を抱きしめた。

 ウィルの首に下げていた王冠が首元に食い込む。

 ――ああ、そっか……ちくしょう。


「ウィル兄ちゃん、早く家に帰ろうぜー」

「そうだな……俺も帰れたらよかったんだけどなあ」

「……ウィル?」


 長男のアンドレが首を傾げると、ウィルはゆっくりと抱き締めていた兄弟達から手を離す。その顔は鼻水と涙でグチャグチャになって、泣き腫らしている。


「でも、ごめんなあ3人とも…………俺さあ、戻りたい場所があるんだよ」


 鼻をすすり、嗚咽を止めれない不格好な有様でウィルは兄弟達に告げた。

 末っ子のダリーが悲しげな目でウィルを見た。


「ウィルにいちゃん、おれたちといたくないの?」

「そんな事ねえよ…もっと、ずっと、ずーーっと、一緒に居たかったけどよ……今も諦めたくないのさ」


 涙を止め、泣き腫らした顔でウィルは笑い、首にかけた王冠を握った。


「まだまだ、俺にだって出来る事はある筈なんだ。俺の友人を見てるとさ、そう思えて来るんだ」

「ウィル兄ちゃんは……俺達を置いて行っちゃうのか……?」


 不安を零すタイロンへ、長男であるアンドレが背中に片手を添える。


「置いて行く訳じゃないさ、ウィルの頭ん中に戻るだけだ。そうだろ、ウィル?」


 何時の間にか背を追い越されてしまった次男へアンドレは微笑み、ウィルは照れ臭そうに笑いながら鼻を鳴らす。

 途端に、スラム街と兄弟達の姿が薄く希薄になって行き、ウィルを除く世界の全てが曖昧になって消失して行く。


「俺達はウィルが作った夢見たいなもんだけど……こうしてまた話せるの、嬉しかったぜ……気張って来いよ!」

「よくわかんねえけど、負けんなよウィル兄ちゃん!」

「まけんな! ウィルにいちゃん!!」

「勿論だ! 俺も状況良く解ってねえけど! スラム育ちの意地ってやつを見せてくるぜ!!」


 覚悟を決めたウィルは目を閉じて意識を集中する。

 向う先は、戦友の元だ。




『なっ! なんじゃこりゃあああ!?』


 黙ったままブレインの触手に人質として縛り上げられたウィルの『モノノフ』が急に暴れ始めた。

 ブレインが興味深そうに自分の目の前までウィルを持ってくる。


『あれ、自力で起きれたの? ふーん……全員に同じ量の痛みを与えた筈なのに……個体差が大きいのね、人間って』

『ぬおおおっ!? 何だこのキッショイの!? てか、俺捕まってんのか!! 離せえええい!!』


 ブレインも突然の事で驚きながら見守っているエメリ達の方へと視線を向ける。

 その鮮血色の複眼が殺意を隠さずベルサを捉えた。


『ここに居る人間が何人か無事なままといい……貴方ね、彼を起こしたの』

『――っ、私、は、ウィルさんに、王冠が有る事、思い出してもらっただけです』

『そう、でも、もう止めてね? じゃないと――』


 ブレインが縛り上げていた『モノノフ』の一機の首に細長い触手を纏わりつかせた。

『モノノフ』の装着者はまだ意識が目覚めていないのか、されるがままだ。


『っ!? 貴様、止めろっ!!』


 ユーリー隊長の叫びと共にぐるりと、頚椎の骨折音が鳴り『モノノフ』の首が火花を噴いて真後ろに回った。

 前ぶりも無く部下を殺害された班長が、ベルサを庇いながらもブレインへ灼熱の怒りを視線で向けた。


『こうなっちゃうからね? さあ、速く偉い人を呼んでちょうだい、どうせ見てるんでしょ』


 ブレインはあらぬ方向に首が垂れてしまった『モノノフ』を投げ捨てながら自身の要求を繰り返す。

 答える様に、ユーリーの機体が激しいノイズ音を撒き散らした。

 ユーリーの『モノノフ』のヘルメットモニターには、前哨基地で指示を飛ばしているロックフェラーの姿が映る。


『声だけで失礼させて貰うよ。私が、現場での最高指揮官であるロックフェラーだ、先程から司令室に君の声が響き渡っていてね、ちょっとしたパニックになってるよ』


 一触即発の空気が満ちた剣呑な場に、落ち着きのある中年の声がノイズ雑じりに響き渡る。

 ロックフェラーはモニター越しに手を振りながらブレインへ挨拶を始める。


『私の方からは部下達のカメラを通して君の姿を見させて貰っているが……君がブレインなのかね? 始めましてマドモワゼル。いや、マダムと呼ぶべきかな?』

『始めまして、ムッシュ。……やっぱり、機械越しだと言葉を遅れるだけで貴方の感情を読めないわね……嘘吐いちゃ駄目よ? また首を折っちゃうんだから』


 ブレインが沈黙する『オーガ』の首へと触手を纏わりつかせた。

 エメリが奥歯を更に食いしばる。


『解った、大人の約束だ。誠意を持って君と話そう』

『物分りが良くて助かるわ、ムッシュ。じゃあ、私の要求を言うわね――貴方達全員、今直ぐ武器を放棄して投降しなさい。勿論、ただとは言わないわ、私の子供になってくれたら、この島の中で住む場所を与えて上げる』

『つまり、寝返って君の軍門に下れと?』

『この際だから認めちゃうけど、私は元々争いごとに強いわけじゃないわ。人間相手に取れる対応なんて今ので精一杯よ……』

『この星の生態系の頂点に立つ君達の限界と言うわけか』

『悔しいけど、そうよ。――子供達に命令して、周辺の物質を集めて吸収して、情報を得て、自分達に適した環境を創り上げる。巣と自分自身を育てて大きくなったら分身を外へ解き放つ……それを盲目的に繰り返して来たのが私達よ』


 淡々と自身の生態を語るブレインの言葉に自嘲を含んでいる、ロックフェラーにはそう感じられた。


『何か不満があるのかね?』

『だって丸で、貴方達を待ってたみたいじゃない!?』


 ブレインが甲高いを上げながらヒステリックに叫んだ。

 突然の悲鳴にロックフェラーは顔をしかめた。

 部下からのカメラ越しにはブレインが顎を大きく開き、金切り声を上げている。

 ――癇癪、だな。

 ブレインは捲し上げる勢いで叫び続ける。


『人間の生物学者を情報にした時に知ったわ!! 私達の姿が貴方達の知ってる生き物に酷似している事を! 可笑しいわよね!? 似た様な種族なら兎も角、姿形をそのまま巨大化しただけの生物なんて!! イエヒメアリ、パラポネラ、タートルアントにミツツボアリ! 飛行型はスズメバチで、私はヤマトシロアリの女王かしら!?』


 ブレインは自分達と似た様な外見をした地球圏の虫の名前を並び立てていく。

 その名を知っていたエメリは薄々と感じていた疑問が大きく膨らむのを実感した。

 ――もしかして――。

 ブレインの慟哭を黙って聴き入れていたロックフェラー静に、エメリとブレインの疑問を答えた。

 手の動きは止めていない。


『そうか、ならば隠す必要は無い様だな。そうだとも、君達は人類が生き延びようとした執念の果てに生まれた存在だ。何故、蟻の姿を模して作られたのかは解らないが、君達はこの星の現在の環境を創り上げる為に生み出され、送り出された…………もっとも、私の見立てでは、君達は既に一つの生命体として進化、独立した様に思えるがね』


 ブレインが告白された内容を噛み砕く様にロックフェラー食いついた。


『進化したですって!? 何も進歩してないわ! 貴方達が来るまで、私達は何も変わらなかったわよ!!』

『いいや、そんな事は無いさ、マドモワゼル。君がその証拠だとも。君は15年前、町を――人の群れを襲ったね、それは何故だい?』


 不意に投げ掛けられたブレインへの質問。

 ブレインは毒気を抜かれた様に、巨大な頭部を傾げながら、さも当然の事の様に答えた。


『――そんなの決まってるじゃない、好奇心よ』


 裏表を感じさせない、純真無垢な声を聴いた者達が一同に息を飲んだ。

 ブレインはそれに構わず、殺戮の理由を述べていく。


『人間の子供だって、好奇心で蟻の巣に水を注ぐでしょ? その行動に貴方達の社会で築いた善悪(ものさし)は無いように、良いとか悪いとか何て、理由は無いわ。したくて出来たから、やっただけ』


 ブレインの独白を聴いた人間達は二の句も告げずにただ聴く事しか出来なかった。

 司令室の誰かが呟いた――そんな理由で、俺の両親は死んだのか。

 ただ1人、ロックフェラーだけは言葉の意味を吟味する様に目を閉じ、再び開く。


『そうか……やはりそうか』

『何よ、思わせぶりね。もう十分お喋りはしたわ! 要求に従うかどうか、決めなさい』

『では、返答させて頂こう、マドモワゼル』


 ロックフェラーがブレインからは見えない手を掲げて告げる。


『答えはNOだ!! 我々は自分達を管理する鳥籠から移る為に戦っているのではない! 我々は鳥籠を抜け出し、空の果てを目指す者達だ!!』


 ロックフェラーが掲げていた手を下へと振り抜く。

 会話中に動かし続けたハンドサイン、その指示を受け、待ち続けた者達が行動を起こす。

 突如、複数の銃撃音と共に人質を吊るし上げていたブレインの触手が根元の方から破裂し、断裂した。

 二つの触手はアサルトライフルの弾丸に削り穿たれ、更に1つはショットガンの威力により、オレンジの飛沫を上げて消し飛ぶ。


『なっ』


 千切れた自分の触手にブレインが驚く好機を逃さず、兵隊達は一斉に動く。

 ウィルは背中に縛り上げられていた『モノノフ』の腕からナイフを展開し、そのまま拘束を引き裂く。

 落下していく最中に意識を失ったまま落ちていく仲間を受止め、一気に距離を取った。


『この――っ!?』


 人質を取り返そうと躍起になったブレインが『オーガ』のいるであろう先に触手を伸ばすと、先回りしていた『デメテル』が『オーガ』を抱えながら、チャージされた荷電粒子砲の矛先をブレインの頭部へと向けていた。


『もう、終わりだよ』


 エメリが告げる幕引きと共に、ブレインの頭部を雷光が飲み込んだ。


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