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挫折者達の抱負 ③

 今日のやるべき事を終えた自由時間、コウタロウがエメリの部屋の前で立ち尽くしていた。

 トランさんは気合が入っていたと言っていたけど――。


「あの映像、見た後だからなあ……」


 コウタロウは今日の昼間に見せられたトム軍曹から送られて来た映像の最後に映っていた少女は間違いなく――。


「……俺もエメリも、よくあの場で取り乱さなかったよな……」


 先程まで抑えていた感情が激流になって頭の中で暴れ回る。

 出来る事なら、今すぐにでもこの場で叫びたい。

 こうして自分がエメリの元へ訪れたのも、エメリへの心配もあるが、一番の共感者であろう彼女とこの複雑な気持ちを共有したかったからだ。

 幼馴染である自分がこの有様だ。

 実の妹であるエメリがどれだけのショックを受けたか、コウタロウは想像もつかない。

 それでも、躊躇いながらドアを叩いた。


「……誰ですか?」


 控えめな返事が帰って来た。

 コウタロウは一呼吸して答える。


「あー、エメリ、俺だけど……?」

「コウちゃん……」


 ドアの向こうで僅かに物音がするとノブがひとりでに動き、エメリがおずおずとドアを開けてくれた。シャワーを終えたばかりなのか、乾ききってない髪と肌から甘く落ち着く匂いがする。


「どうぞ……入って」

「ん、ありがとう」


 コウタロウが部屋に通されると、エメリに片手を握られながら一緒にベットへと腰掛けた。

 様子を伺おうとコウタロウがエメリの方へ顔を向けると、エメリの張りつめた瞳が目につく。


「……アイツ、眠ってるみたいだったな……」

「うん」


 コウタロウが呟く様に口火を切ると、エメリがコウタロウの肩に横から頭を寄せる。握り合っていた手を深く握り直す。


「正直な事を言うとね、頭の中が凄くグルグルしてる……」

「なら、俺と一緒だな」


 少しだけ洩れたエメリの心情、それを聴いたコウタロウは堪らずエメリを抱き寄せる。


「エミリ、きっと生きてるよね……?」

「あんな気持良さそうに寝てる顔してたんだ、呼吸と似た動きもしてるから、きっと大丈夫だ……大丈夫」

「うん」


 コウタロウは自身とエメリにそう言い聞かせながらエメリを抱く力を少しだけ強くした。

 ――自体が複雑な時ほど、目的と出来る事をハッキリさせなくちゃな。

 コウタロウは改めて自分の目標を思い直す、それは戦友達と共に故郷を、失くしたものをもう一度この手に取り戻す事だ。

 そうだ、土地を取り戻したいだけじゃない。俺が取り戻したいものは――。

 ホープから逃げ出したあの日に失ったものが、幼馴染3人で遊んでいた日々が脳裏に横切り消えていき、ぶっきらぼうに後姿で別れる父親の『ファイター』が何故か頭に思い浮かぶ。

 ――なんだよ、やる事変わる訳じゃなねえじゃねえか。

 腹を決めたコウタロウがエメリの肩を強く抱いた。

 不意に起きたコウタロウの行動を不思議に思ったエメリが、確かめるようにコウタロウの顔を覗きこむ。


「コウ、ちゃん……?」

「エメリ、俺、決めたよ。何があっても必ず、アイツを――エミリを迎えに行く。2人で寝坊助の義姉を起こしに行ってやろうぜ」


 コウタロウはどこか子供っぽい笑顔をエメリに向ける。

 その笑顔につられる様に、エメリの顔から緊張がほぐれ、軟らかい微笑みに変わった。

 エメリがコウタロウの背へ両腕を回してしっかりと互いに抱き合う。


「ありがとう、コウちゃん……」

「3人で生きて帰ろう、必ず」

「うん!」


 すると、エメリが何か思い出したのか、不思議そうな顔を浮かべる。


「……ところで、コウちゃん。姉ってどっちの意味? その……幼馴染のお姉さん? それとも家族?」

「……言わなきゃ駄目か?」

「駄目です」

「エメリ、最近意地悪になってないか」

「だってコウちゃん、私に遠慮してばっかりなんだもん。あの時は押し倒したのに」

「んんっ!? あれは……若さゆえの過ちと言うか」


 躊躇うコウタロウにエメリが体を更に押し付けた。エメリの鼓動がコウタロウへ伝わってくる。

 互いの息遣いが鮮明に解る程に密着した状態で、自分の頬が赤くなっている事を2人は知らない。

 エメリが何かを決意した瞳でコウタロウの顔を見つめ、その姿にコウタロウも応える覚悟を決めた。

 コウタロウがエメリを気遣いながらベットの上に押し倒し、額を合わせた。


「その何と言うか……宜しく、お願いします」

「こ、こちらこそ、不束者(ふつつかもの)ですが……」


 互いの気恥ずかしさを誤魔化すように口付けを交し始めた。




 グラウンド外れのガレージ隅、半ば黙認される様に扱っているトラン専用のスペースでウィルが終えた作業の後片付けをしていた。その傍らに、トランは足が地面に届かない座高の椅子に腰掛けながら、作業机で使った工具の手入れを済ましている。

 トランがウィルの方へチラチラと視線を向けているが、ウィルは何時も通りの陽気な顔をしたまま片付けに集中している。トランから見れば、大分手際が良くなった。

 ウィルが首にドッグタグと一緒に瓶の王冠で出来たネックレスを下げていた。


「それ、もしかして子供達から?」

「ん? ああ、そうだよ。意外と上手く出来てるだろ。こう言うの作って売ってたらしいんだ。俺にはタダでくれたのさ」

「そっか、最近ウィルは良くあの子達と一緒に居てあげてるもんね」

「もしかして妬いて――OK、俺が悪かったから無言でスパナの投擲用意をしないでくれ」

「解れば宜しい」


 悪戯気味にトランが笑うのを見て、ウィルが苦笑いをする。


「相変わらずガードが堅いねえ……」

「最近しょっちゅう、変な男に絡まれてますから」

「あ、それ酷くないか! こんなに付き合いの良い男、中々居ないぞ!?」

「せめて金持ちだったらなあ……はぁ」

「露骨な溜め息! 裏表無さ過ぎだろ!?」

「ウィル、もっと出世しようよ。もしくは起業して成功して」

「簡単にとても難しい事をサラッと言うな。これでも必死で頑張って来たんだぜ…………実はさ、今回の作戦終わったら軍を抜ける積もりなんだ」

「えっ」


 ウィルが照れる様に突然の告白を行う。

 いきなりの事でトランは二の句が継げない。トランを見て、ウィルは慌てて訳を話し始める。


「あー、ほら、今回の作戦が上手く行けば、コウタロウの故郷を復興する事になるだろ? そこで、農業でも始めようかと思ってな。つーか、ロックフェラー司令官が興味有るかって声かけてくれてな。俺としてはビッグチャンスなんだよ」

「それマジなの?」

「勿論、ちゃんと今回の作戦が成功すればの話ではあるけどな。俺は本気だよ」

「そっか、そうなんだ……」

「おうよ、大きな畑を作って、美味い野菜を一杯作るんだ。ミノア牛とかトリパ鳥の養殖とかしてみるのもいいな。……俺達が誰も飢えなくて済むようにしたい」

「大きく出たわね……トゥレー島の土地でアーク中の人間が天然食だけで食って行けるかしら」

「トゥレー島だけで無理だったら、今度は他の土地も耕すだけさ」

「簡単にとても難しい事をサラッと言うわね……」

「んで、出来ればトランも俺について来て欲しい。その……パートナー的なアレだ!」

「うえええっ!?」

「や、やっぱり駄目か!?」

「だ、駄目と言うか割と悪くないかもと言うか……そう思った自分自身に衝撃と言うか……」


 トランがウィルの告白を吟味する様に俯き、地面に届かない足をバタつかせる。

 自分の顔が熱を持つのを自覚してトランは悶えた。

 ウィルが心配そうに屈み込んでトランを伺い、視線が重なる。

 トランの顔が更に赤くなった。


「あーもう! ウィルの馬鹿、馬鹿! 大きな作戦前に言う事じゃないでしょう!?」

「悪かった、悪かったって、スパナ振り回さないでくれ!」

「…………この作戦終わったら、ちゃんと答えるから……だから、無事に五体満足で帰って来なさいよ」

「わ、解った。ちゃんと無事に帰ってくるよ……ありがとう、聴いてくれて」

「……約束よ」


 そう言ってトランがウィルへ顔を見られないようにそっぽを向きながら小指を差し出す。ウィルは直ぐに意図を読み取れなかったが、トランが日系アメリカ人である事を思い出し、それに応じて自分の小指を絡ませる。


 ゆーびきり、げんまん、う~そついたら――。


 必ず戻るとたどたどしい約束を誓いあう。

 そっぽを向いたままのトランを可愛らしく思いながらウィルは改めて思う。

 あまり人様に顔向けできる人生ではなかったが――。


 今日まで生きてこれて良かった。


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