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鳥籠の未来 ⑤ (2017/03/25 加筆)

 キャピタル駐屯地の本部執務室。

 長時間の座り作業を考慮した椅子に深く腰掛けるロックフェラー司令官へ、ユーリー二等准尉が報告を行っていた。


「――以上で、任務の報告を終わります」

「うむ、ご苦労だった。君達にとっては初めての対人戦だったと思うが、杞憂だった様だな」

「内部の制圧は保安部隊に任せ切りにしましたからね、それに任務で軍用パワードスーツを纏っている者が素人に負ける訳には行きませんよ」

「ふむ、それもそうだな。……ユーリー二等准尉、君から見て保安部隊はどうだった?」

「そうですね……流石、と言った所ですか。対人用に特化した専用のパワードスーツを筆頭にした独自に保有する高性能の装備、隊員規模はキャピタル駐屯地の半分も満たない人数ですが、それをフォローする練度と統率された高い士気。この宇宙船内で彼ら以上の対人戦のエキスパートはいないでしょう」


 ユーリー二等准尉の忌憚の無い実直な評価にロックフェラー司令官はそうか、と簡素に返す。


「……蟻相手はどうかね?」

「蟻相手、ですか。……コウタロウ二等軍曹を救出する際はぎこちなくは在りましたが軍の新兵とは比べ物にならない活躍でした」

「詰まり彼らは蟻相手に十分戦えるのだな」

「もしや保安部隊を次の奪還作戦に使うつもりですか?」

「私ではないぞ? BAIにいる知り合いが妙にやる気になっていてな。保安部隊も参加させろと言っている」

「信用出来るのですか?」

「トゥレー島の奪還作戦を終えるまでの間ならな。それに、あの男はいい歳して未だに子供見たいな事を考えてるやつだからなあ」


 ロックフェラー司令官が微笑を浮かべる。

 ユーリー二等准尉はその人間臭い行動の珍しさに目を見開く。


「……私だって昔なじみの1人くらいはいるぞ?」

「ああ、いえ……その、失礼しました」


 明らかに機嫌を悪くしたロックフェラー司令官が鼻息をついて、椅子を軋ませながら回転させ、体ごと視線を執務室の窓に向けた。

 目を向けたグラウンドからは高い音ではしゃぐ子供の声が響き、わんぱくな少年達がウィルからバスケットボールを奪おうと必死になっている。

 一生懸命にボールを奪おうとする子供達をウィルが余裕の笑顔で避けていく。

 長身とは裏腹の俊敏な動きでウィルがドリブルを続けてゴールであるバスケットへ跳躍し、ダンクシュートを叩き込む。

 バスケットの軋み、はねる音と共に少年達の歓声が一気に湧いた。


「子供の声はよく響きますね」


 ユーリー二等准尉がわざとらしく口端を吊り上げる。

 それは一時的にとは言え孤児たちを自分の保護責任下に置いた司令官に向けられていた。


「そうやって自分がいる事を示さなければ、いざと言う時に困るからな」

「あの子達はどうなりますか?」

「IDが無いからなあ。かといって、軍籍をウィル伍長やベルサ君の様に用意する訳にもいかん……ここに置いておけるのは頑張って半年か。それ以上は企業上層部の連中に突かれる……それまでに居場所を用意してやらんとな」

「――あの子供達の行く末は我々次第だと?」

「まあ、トゥレー島の奪還が成功すればこの件は杞憂に終わるな」


 意地悪くロックフェラー司令官がカエル顔の口端を歪める。

 今度はユーリー二等准尉が鼻息を吐いた。


「ウチの連中がそれでやる気を出すほど人情深く見えますか?」

「情は湧くものだよ、ユーリー二等准尉。――君には先に見せ置くべきだな」


 ロックフェラー司令官が執務机に置いてある大型の携帯端末からホログラム映像を起動させる。

 最初はノイズしか走らない映像が徐々に晴れていき、ユーリー二等准尉が見覚えのある場所が映し出される。

 この無機質で蛍色に包まれた通路は――。


「トム軍曹から送られて来た全人類未踏である蟻の巣、深部の映像だよ。次の作戦で君達に侵攻して貰う場所だな」


 上官の言葉に合わせて映像は蛍色の通路の先の先まで進んで行く。

 すると、薄暗く先が見え難い通路の奥から見慣れないものが無数にゆっくりと近づいてい来る。

 肌色で光沢を反射させながら先が丸まった、人の腕程の太さを持った軟体動物の足の様に蠢いている。触手の群れだ。

 ――まさに魔境だな。

 ユーリー二等准尉は冷静に映像に映る異形を観察していると、触手が軟らかそうな丸い先端を針状に尖らせ、固まる。

 触手が一斉にトム軍曹に襲い掛かり、映像が止まった。


「……バレてしまった様ですね」

「ああ、蟻共とは違いこいつは相当賢いらしい……我々の言葉も理解出来るようだ」

「なんですって?」

「まだ映像は終わってないぞ、続きを見たまえ」


 促されるままにユーリー二等准尉が映像を見つめていると止まっていた映像が場面を飛ばして再生される。場所が先程とは変わり、青白く光り輝く大理石の様な室内を映している。

 部屋の構造は以前、巣に潜入した際に飛行型が生まれ襲撃された幼虫室に似ている。

 違う点として、六角形の中が透明度の高いオレンジ色の液体に満たされている事と、その中に浮かぶものだ。

 映像が徐々に六角形へ近づいて行き、内部に閉じ込められているものの正体が見えてくる。


「なっ――」


 ユーリー二等准尉の目が大きく見開き、驚愕のあまり僅かだが口を開けてしまう。


「私も恐れ入ったよ、捕虜か収集物の積もりか知らんがな」

「15年間もこの中に? いや、それよりも……生きているのですか?」

「解らん。しかし、呼吸らしき動きはしている」


 ユーリー二等准尉が見せ付けられた光景の中には子供達が居た。

 全員が六角形の薄いオレンジ色の液体に満たされた泡立つ水槽の中、深く眠っている様にうずくまって浮いている。

 映像が一人の少女を閉じ込めた水槽の前で止まり、映像の外から伸びて来た触手が粘土の高いオレンジ色の体液で水槽に何かを描いていく――それは宇宙船内で生活している全ての人々が見知った文字の羅列だった。


 regain this?  Aliens ――これを取り戻したいか? 異星人共。


 人語を書いた触手が挑発するかの様にうねり続ける所で映像が終了する。

 息が詰まる沈黙の中、ロックフェラーが口火を切った。

 その目はどこまでも温度を感じさせない。


「向こうの宣戦布告と言うわけだな」





「だあ~~、疲れたー」


 ウィルと少年達の遊び相手を交代したコウタロウがほうぼうの体で兵舎玄関へと辿りつく。

 任務終わりの身で加減を知らない少年達の相手をする事を甘く見ていた。

 最後までボールをとられなかった自分を褒めてやりたい。

 渇いた喉を潤そうと、自動販売機がある食堂へと足を運ぶ。

 ――そういや、子供達の事でエメリと2人きりになれなかったな。

 エメリは今どうしているだろうかと頭の片隅思いながら廊下を歩み続けると、香ばしく甘い匂いが漂い、食堂に近づくにつれ徐々に強くなる。

 この焼いた生地とバニラの香りは――。

 コウタロウが無自覚に足取りを弾ませながら食堂へ踏み入ると、そこは軍施設には似つかわしくない光景があった。


「よーし、上手く焼けたわね! ああ、まだ食べちゃ駄目よ、いい子だから先に手を洗いましょうね」

「そうそう、そうやって上から型を押し込んで……うん、上手に取れたね、ベルサちゃん」

「……お星様のかたち、綺麗に出来ました」

「トランさん、私がボウルに材料入れていくからそのミキサーで混ぜてくれませんか?」

「まっかせてー、こう見えても力仕事は出来る方なんだ」


 アティ、エメリ、ベルサ、ミレーユ、トランを含んだ隊内の女性陣が食堂を貸し切って保護した子供達と少女達と一緒にクッキーを作っていた。

 エメリとアティが率先しているのを見る限り、2人がみんなにお菓子作りをレクチャーしている様だ。

 食堂のオバちゃんから貸して貰ったのか、全員割烹着の姿でお菓子作りに精を出している。

 ――アリだな。

 コウタロウはそう思いながらエメリの姿に頷いていると、作業台代わりに使われている合わせあったテーブルの上、少女達に取り囲まれる様にマリーが蜘蛛の形態で頭巾を巻きつけた格好で何やら作業を行っている。


「ねえねえ、機械のお姉ちゃん! クッキーの生地に動物さん描いて! 描いて!」

『お安い御用です、獅子、虎、ゴリラ、コドモオオトカゲ、なんでもござれです。何かリクエストはありますか?』

「可愛いのがいい!」

『ではカカポにしましょう。少々変わった生態をしていますが、愛嬌のある鳥です』

「そのカカポさんって、アークに居るの?」

『アークの遺伝子バンクに登録されているので、上層居住区域で飼っている人はいるかもしれませんね。映像データが閲覧可能なので見せてあげましょう』


 マリーが子供達にホログラム映像を見せながら、細長いアームで絞り袋を器用に掴み焼き上がったクッキーの表面に袋の中身に詰まったアイシングクリームを均一に垂らしていく。

 今度はその上から別のアームで掴んだケーキテスターを精密に動かし模様を刻んでいく。その動作は正確無比な機械そのものだった。

 ――すげえ、子供の相手をしながら精密作業もこなしてやがる。

 コウタロウがその光景に呆気に取られていると、今度はエメリがコウタロウに気づく。

 手を大きく振りながら存在を示すエメリに少々照れながらもコウタロウはそれに応じる。


「コウちゃん、来てくれたんだ」

「いや、どっちかと言うと匂いに釣られて……それにしても、よくこんだけの材料揃えられたよな。これ全部自然食材なのか」


 1つのボウルに纏められている卵の殻をコウタロウが思わず掴む。


「実はお母さんの差し入れなんだ。……私のお母さん、ロックフェラー司令官の協力者の1人だから。道具と作業服はミレーユさんのお陰」

「そうなのか。以外……って、訳でも無いか」


 エメリがそうである様に、かつてホープに住んでいた上層居住区域の人間も少数ではあるが確かにいる。

 どうせあの司令官が上手い事言って、資金面の援助でもさせているのだろう。

 あのカエル顔に発破をかけられた身として、コウタロウは苦笑いを浮かべてしまう。


「でも、タイミングが良いと言うか……もしかしなくてもエメリの母さん、ロックフェラー司令官と頻繁に連絡しているのか?」

「う~~ん……どうだろう? お母さん、私に仕事の事は全然話してくれないし……。それに私、司令官に初めてあったのここに来てからだよ?」

「そうなのか……なんか、怪しいな」


 ――未亡人に軍の権威者、資金援助とその見返り、頻繁に連絡する関係。

 コウタロウの脳裏にドロついた恋愛模様が横切った。


「コウちゃん、今やらしい事考えたでしょ?」

「んっ!? 気のせいでございますよ?」

「何で丁寧語になってるのさ……本当かな」


 エメリが半目でコウタロウの顔を覗き込んでくる。

 何か話題を逸らすものは無いかとコウタロウが周辺を見渡すと生憎助け舟になる者は居ない。

 むしろ意図的に目を逸らして関わらない様にしている。少なくともコウタロウにはそう見えた。


「ねえねえ、アティおねえちゃん。あの2人はケンカしてるの? 止めないのとどっちかが血、いっぱい出しちゃうよ?」

「ここに武器は無いから大丈夫よ、それにあれは若い男女がじゃれてるだけだからね、さあ他の子と一緒に手を洗いに行きましょうねー」


 スラムを生き抜いてきた少女が物騒な事を言いつつ、アティに連れられ手洗いに向かう。

 顔に鈍い汗が浮き出るのを自覚しながらコウタロウはエメリへと視線を戻すと、半目を浮かべながらも微笑む彼女の顔がそこにある。


「……変な事を想像してすみませんでした……」


 うなだれるコウタロウとは反対にエメリが誇るように笑顔になる。


「今日は私の勝ち!」


 何の勝負だよ――。

 言葉に出して突っ込む気力がコウタロウには無かった。




 楽しそうだな――。

 兵舎の外壁に寄りかかりながらベニーは窓から聞こえる食堂の音に耳を傾ける。

 一匹狼を気取っている訳では無いが、ああ言う賑やかな雰囲気もどちらかと言うと苦手だ。

 ブラックコーヒーを真似た缶飲料を飲みながら、一服しようとマールボロのボックスを懐からライターと共に取り出す。

 一本の煙草を口に咥えライターで火を付ける。

 ゆっくりと深く、煙を吸い込み吐き出した。

 タバコ独特の香ばしさと程よい苦み、そこに混じる甘味を味わう。

 変わるように缶飲料の中身を口に含んだ。

 ――ああ、本物のコーヒーが飲みてえな。

 合成飲料に内心でケチをつけながら、ふとそう思う。

 今日の任務であった事も重なり、母親がコーヒーを淹れてくれた事を思い出す。

 もうどんな味だったか忘れてしまった。

 食堂からクッキーに感激する子供達の歓声が聞こえる。


「……帰る場所が無いのに、気楽に笑えるもんなんだな……」


 そう口走った己に自嘲の笑みを浮かべた。子供相手にやっかみを抱いてどうする。


「あ、あの……」


 横から急に見知った声が聞こえた。

 声の主の幼さに急いで口に咥えていた煙草を地面に落として火を踏み消した。


「あ、あれ? ……もしかして、お邪魔してしまいましたか?」

「ああいや、君が気にする事じゃない。俺が勝手に慌てただけだ、恐い上官に見つかったと思ってね」

「……そんなに恐くありませんよ、私」


 割烹着を着たままのベルサがベニーに向かって照れながらも微笑む。

 その表情を任務中に渡したままのピン止めが顕わにしていた。

 歳相応の少女の姿にベニーの中に溜まり込んでいた毒気が抜けて行く。


「似合っているじゃないか、可愛らしいよ」

「……あう、そ、そうですか?」


 ベルサの表情が一気に茹った様に赤くなっていく。

 しまった、言い過ぎてしまったか――。

 どうしたものかとベニーが考えると、ベルサが両手を背中に回したままの状態である事に気づいた。

 格好や先程の食堂でのやり取りを察するに――。


「もしかして、俺の分のクッキーを焼いて来てくれたのか?」

「っ、はい! えっと……今日助けて、戴いた、お礼です……」


 後半になるに連れて声が消え入りそうな程小さくなりながらも、ベルサが包装紙に包まれたクッキーを差し出す。

 小さな星形をしているバタークッキーだ。

 ベニーは差し出されたクッキーを一つ貰うと一口で口に放り込む。

 焼きたての生地と香り豊かなバターの風味、心地良い歯ごたえが絶妙だ。


「美味いな」

「は、はい、エメリさん達のお陰で上手に出来ました!」

「ありがとう、ベルサ。……人から真心籠った食べ物を貰うのは、とても嬉しい事だな」


 ベニーがベルサへ感謝を述べるとベルサが不意に驚いた様に瞳を大きく見開いた。


「……ベニーさんの思い切り笑った顔、初めて見ました」

「俺だって、笑える時はちゃんと笑うさ」


 喧騒が聞こえる食堂の外で少女と男の一組が静かに笑い合っていた。

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