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鳥籠の未来 ④

 作戦が終了した館の荒れ果てた庭園で、コウタロウは残骸となった噴水の淵に一息をつく為『オーガ』を着たまま腰掛けた。

 上下二段のバイザーカメラが光を発しなくなると、『オーガ』の装着状態が解除されて背中から新鮮な空気流れ込んで来る。

 着ぐるみを脱ぐ様にコウタロウは『オーガ』から抜け出すと、体を大きく伸ばして深呼吸をする。


「んーー……人間相手は勝手が解んないから疲れるな」


 左右の肩を回すと関節から音が鳴る。


「慣れない事はしたくないなあ」


 巨大蟻相手なら特に手加減は必要無いのだが。

 対人を一度も経験していない身として、人間相手は流石に躊躇する。

 学生時代にやっていたケンカならまだしも、今回は明確な敵意を持った相手だった。

 修羅場慣れしている身としては新兵の様に慌てふためく事こそ無かったが、体の動きが何時もより硬かった。

 ――それ考えると保安部隊はやっぱり対人関係の荒事は慣れてるよなあ。

 保安部隊が独自に保持している騎士を模ったパワードスーツ――『ナイト』の一団が首尾の確認を行っているのを尻目にそんな事を考える。

 保安部隊はこの宇宙船内で風紀と治安を守ってきた組織だ。

 コウタロウが知る限りの宇宙船内の歴史では、巨大蟻が現れるまでは形骸化していた軍より対人相手の経験は多いだろう。

 そして保安部隊を抱え込んでいるのが宇宙船内で三大企業中の一角であるBAIだ。

 ――なんでこの部隊を抱えん込んでるBAIが船内で一番偉くないんだろう?

 つい最近エメリに教えて貰った事を懸命に思い出そうと頭を捻る。

 本来ならハイスクールの卒業までには教わった知識だが、生憎つい最近まで抜け落ちていた。


「えーと、確かBAIは……宇宙船のインフラと列車を取り仕切っている唯一の企業で……宇宙船の創立時からPBCと一緒に関わっていた古株で……あーーそうだ! 確か、どこの企業にもインフラ費用を要求しない代わりに保安部隊と今の権力と地位を手に入れて、そんでもって、今まで必要最低限の風紀と宇宙船内の治安維持して来たんだよな」


 そうだ、そうだ、と呟きながら独り勝手に喋り納得しているコウタロウに周囲が不審な目を向ける。

 が、本人は自分が教わった事を忘れていなかった喜びで一杯になって気づいていない。

 周囲が教養残念気味な若者を少し距離をとって見守っていると、突入の際に蝶番が馬鹿になった館の正面扉から館内部にいた隊員達が出てくる。

 その一行にエメリ・ミールが混じっている事に気づいたコウタロウが、エメリに向って大きく手を振る。


「エメリ! こっちだこっち!」

「コウちゃん! 大丈夫? 怪我してない?」


 コウタロウに気づいたエメリがあからさまに笑顔をになると、コウタロウの元へと歩調を速めながら近づいて来る。

 同じ部隊の隊員が視界の端で露骨に暑がる素振りを行うがコウタロウは気にしない。


「そっちこそ、大丈夫か? ごめんな、傍に入れなくて」

「ううん、任務なんだし仕方ないよ、コウちゃんに教えてもらった事が凄い役に立ったし。本当にイチコロだった!」

「おお、そりゃ良かった。そういや、館の最上階まで一回戻ったらしいけど、何か見つかったのか?」

「うん! 凄いんだよ、壁に掛かってたドガの絵画の後ろにスイッチがあって、それを押したら本棚が動いて隠し部屋が出て来たんだ! ……ここから先は保安部隊の仕事なんでって、私だけ先に帰されちゃったけど……」

「しょげる必要なんか無いさ、エメリのお手柄だよ」

「そ、そっかな……えへへ」


 エメリが機嫌良くコウタロウに微笑んでいる後ろで先程とは別の隊員がコウタロウに向って笑顔で自分の首に親指で横一線のサインを向ける。

 コウタロウはエメリに気づかれない様に立てた中指で返事した。


「役に立って何よりだ、後でみんなと一緒にリップオフにでも食事に行こうか?」

「んー……えっと……我がまま言っていいかな」

「言うだけ言ってみてくれよ。金は無いけどな!」


 コウタロウが茶化すように返事をするが、エメリはそれに反応せず恥じ入る様に自分の両手を合わせながらコウタロウに上目遣いで伺う。


「今日はこの後、コウちゃんと2人っきりでゆっくりと喋りたいなー……なんて」

「そんな事でいいのか? と言うか休日の時はしょっちゅう2人っきりだし、もうちょっと我がまま言ってくれても良いんだぞ?」

「う、うん。休日通りに2人でゆっくりしたい」

「そっか……まあ、偶には任務終わりに2人だけでのんびりするのもいいよな」


 今度は『ソルジャー』が塀を連続で叩き始める。軍用パワードスーツの怪力が塀を崩し始めるのを『ナイト』が取り押さえる。


『気持は解るが落ち着け!』

『うるせー! 炙れた者の気持など、貴様に理解出来るものかっ!! 男だけで飲むクリスマスパーティのビールの味が解ってたまるか!!』

『ああ、解るとも……最近交流した女性は?』

『へっ、ビビんなよ――食堂のおばちゃんだよ。何時も不味い飯を大目に盛ってくれる』

『俺は母親だ。何時も出勤する時に腹が膨れるだけの合成米を持たせてくれる』

『ふっ、いい歳して寂しいやつだな』

『お前もな』


 パワードスーツ2機が黙ってお互いの手を握った。所属は違えども、心が確かに通じ合った。

 その瞬間には目もくれないコウタロウとエメリがどっちの部屋に行くか話し始めた時だった。


 ――この外道が!!


 叫びと共に情けない男の悲鳴とひき肉を床に叩き付けた音が響く。

 突然の事に場にいた者達が音の原因へと注目を始める。

 コウタロウとエメリがそこへ視線を向けると保安部隊の若い隊員が館のオーナーである肥え太った男を、その体重を物ともせずに襟首を掴み上げている。

 殴られ大きく腫れ上がった肥え太った男の顔を、若い隊員は激情に身を任せた目で激しい憎悪を向けている。

 一触即発の状況の中で、ジャックが素早く若い隊員を諌める為に割り込む。


「グエン、手を離すんだ」


 グエン、と呼んだ若い男の腕をジャックが己の身長差を気にせず横から押さえる。

 グエンはそれでも手の力を緩め様とはしない。


「何度でも言うぞ、グエン。その手を離すんだ。ここで死なせて良い男じゃない」


 ジャックが繰り返し冷静になるよう促すと、グエンはようやくジャックと視線を合わせる。

 そして俯き閉じた瞼の裏に浮かぶ光景に震えながら言葉を搾り出す。


「――小隊長殿、お前も一緒に見ただろ……こいつのコレクションってやつを、この男がして来た所業を!!」

「ああ、見たよ――あまりの事に現実感が今でも湧かないくらいだ」


 その場に居合わせたであろう他の隊員達も同様に頷く。


「ならっ解るだろ! あの子達も同じ様になってたかも知れないんだぞ!?」


 グエンがそう言って指差す先には隊員達が館内で保護した身元不明の子供達がいた。コウタロウの目測では平均年齢は5、6歳と言った所か。性別と肌の色に規則性は無い。

 衣服らしい服を纏っていない事と、救護班が瞳の虹彩認識からIDを特定出来ない事からスラム出身で間違いがない様だ。

 救護班が子供達へと栄養価の高いドリンクを配り、それを子供達が夢中になって飲み、無邪気に喜んでいる。

 ――エメリだけ先に返したのはそう言う訳か。

 コウタロウは気を使ってくれた誰とも知れない保安部隊員に感謝すると、そっとエメリの肩に手を添えた。

 エメリが振り向かずにコウタロウの手と自分の手を重ねる。その視線は子供達に注がれている。

 ジャックだけは子供達へと振り向かずにそのままグエンに向かい合っていた。


「だからこそだ、グエン。僕達はこの男を正しく法の下で裁かなければならない」

「こいつは腐っても五つ葉の重役だぞ? 見合う罰が下されるとはとても思えない」

「だからここで殺すのか? そんな事をしても犠牲者は帰って来ない。僕達がしなくちゃいけないのはこんな事を絶対に、二度と、繰り返させない事だ」

「こいつらが作った法の下で正しい裁きが下せるのかよ!? 上は有耶無耶にして揉み消すぞ!?」

「確かに法は常に時の権威者達が創り上げて来たものだ。人が絶対に正しくない以上、どうしても綻びと矛盾は生まれる――だからこそ、僕達はその矛盾と綻びに挑み続けなければ。僕達は諦めちゃダメなんだよ、グエン」

「……くっそ、綺麗ごとばかり並べやがって」


 グエンが肥え太った男の襟首から手を放すと男が床に落ちる。

 怯え切った男の元をグエンが心底蔑んだ顔つきで立ち去ると、今度はジャックが男を見下ろす。


「助かったなんて思わないで下さい、あらゆる手段を使って全て吐いて貰います。それこそ、ここで死ねなかった事を後悔させるほどに」


 感情の色が無い幼い顔立ちが肥え太った男に避けられない運命を告げる。

 状況を何一つ理解できない子供達が血の気の失せた肥え太った男を不思議そうに見つめていた。

 ジャックがコウタロウとエメリに振り向く。

 コウタロウは咄嗟にエメリと入れ替わるように身を前に出した。


「すみません、見苦しい場面をお見せしました。申し訳ありませんが、そちらの部隊長殿はどちらでしょうか?」

「あ、ああ。それなら向こうのトラックでロックフェラー司令官と連絡してる筈だけど……」

「ありがとうございます。丁度良かった、失礼ついでに実は軍の方にお願いしたい事が……」

「キャピタル駐屯地に拷問のプロならいないぞ、人を玩具にするのが得意な人間が一人いるだけだ」

「……そう言えば、プロフェッサー・ヘンリーは現在そちらに住み着いてましたね。いえ、本当にお恥ずかしい話のですが、子供達を一旦そちらで預かってくれませんか?」

「――はい?」


 コウタロウとエメリが同時に息の合った反応を返した。



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