鳥籠の未来 ②
スラムとそれ以外の空間を分ける境界線、軍が管理している検問所でチャック一等兵は何時も通りに退屈していた。
自分が背にしている高さ約2.5mの有刺鉄線が巻かれたフェンスの内側には無関心を務める。
分を弁えて関心を示さない事。それがチャック一等兵がこの職場で学んだ事だ。
自分は軍人であってもただの1人の人間である。長い物には巻かれなければ生きていけないのだ。
そう例え目の前にもの凄く怪しいBAIマークの大型バンボディトラックが5台あってもだ。
トラックからラテン系の軽薄そうな男が降りてこちらに近づく。
佇まいと目から堅気の人間でない事は一目で解った。
――企業の汚れ仕事に、軍がこっそりと使われるのは今に始まった事ではないか。
階級章が無いとため口で済むから気は楽だ。
「すまない、仕事の為にここを通りたいんだ」
「証明書は?」
「あるぜ勿論、ちゃんと紙の臭いするだろ?」
「本物かどうかを確かめるから貸してくれ……電子透かし、OK、企業の判子、OK、署名も控えてと……よし、行っていいぞ」
「荷台の確認はしないのか?」
「大企業直筆の書類が本物である以上、こちらから聞く事は何も無い」
「……仕事熱心なんだな」
ラテン系の男が物足りない視線でチャック一等兵を一瞥すると、トラックの運転席へと戻っていく。
我先にと4台のトラックが縦一列に並びながら検問所からスラムへと進んでいく。
出遅れて最後尾についたトラックからラテン系の男がドアウインドーを下げて顔を出しチャック一等兵へと振り向く。
「これから慌しくなるけど宜しくな」
「――はっ?」
チャック一等兵の疑問を他所にトラックはスラムへと過ぎ去ってしまう。
「何か意味深なやつだったな」
横から眺めていた同僚がチャック一等兵に聞かせる様に感想を零す。
それにチャック一等兵が頷くと、爆発音が響いた。音の方向へと視線を向けると、スラムの一角から煙が立ち上がっている。
――あの方向は。
「あっちの方角って、大企業お抱えのマッサージ店が在るエリアだよな?」
名目上は間違っていない店の方角からは今度は銃撃音が散発的に聴こえ始める。
本当に慌しくなった。
女神像が破裂した噴水庭園は騒然としていた。
突如起きた正体不明の攻撃にならず者達が浮き足立つ。
『一体何事だ!』
『解りやせん、3日前にやった見せしめの報復でしょうか?』
『スラムのヤツらにこんな芸当出来るわけないだろ!』
庭園警備の指揮を任された男が横流しの『ファイター』の中で舌打ちをした。
今まで生きて来た血とゴミに塗れた人生経験から来るカンが告げる。
――これはヤバイ。
男の胸中に過ぎった不安が確信に変わった事を告げる様に、館内の正面玄関から型落ちの自動小銃を手にした手下の血色の悪い男が飛び出してくる。
動悸と目の動き具合から相当なパニックになっているのが解る。
「大変です! 中に侵入者が居ます!! 多分、店の裏口からです!」
『裏口を見張ってたヤツらはどうした!?』
「連絡がつきません! 取り合えず、ありったけの家具でバリケード作って、館内のやつらかき集めてますが、これじゃ持ちません!!」
『侵入者の正体と数は!?』
「正体と数が不明です! 透明人間の集団が襲って来てるんです!!」
『はあっ!? お前、薬でもキメてんのか?』
「本当なんですよ! 突然宙に銃が出て来たと思うと、急に横に居た仲間の顔が吹き飛んじまって、もう何が何やら!!」
手下の顔が恐怖と涙で歪むのを尻目に、指揮を任されている男は自分達が既に追い詰められている事を悟る。
最新装備を使った正体不明勢力の強襲。大方、この館の持ち主が何か取り返しのつかないヘマをしたのだろう。
――クソ、楽で稼ぎのいい仕事だったんだが。
こう言う時は直ぐに逃げるのに限る。危険が迫れば逃げる。生き物として当然の行動だ。
指揮を任された男が『ファイター』を装着したまま破壊された門へ向おうとする。
それを否定するかのように5台の大型ウィングボディトラックが破壊された門へと突っ込んで来た。
大型ウィングボディトラックはドリフトを行い、庭園の土を穿り撒き散らし、花壇を粉砕し、花々をひき潰す。
それが続いて4回も行われれば、館の主が自慢するべき庭園は荒れ果てた園に様変わりしてしまう。
ウィングボディトラックが翼を広げる様に荷台を一気に開放した。
そこから横一列に2.5m程の機械仕掛けの鎧が飛び出しくる。パワードスーツだ。
逃げ出そうとした男の『ファイター』に、我先にと真紅のスーツが地面を滑り込んで行くような仕草で突撃した。
紅いスーツが左腕を伸ばし、『ファイター』の左肩に掴みかかる。紅いパワードスーツの上下二段のバイザーカメラの光源が揺らめき、右腕を振り抜く。
男が悲鳴混じりに叫んだ。
『紅いパワードスーツ! まさか少し前に騒ぎになってた――』
男が言い終わるのを待たずに紅いパワードスーツ、『オーガ』が右ストレートを『ファイター』の顔面に打ち込んだ。
殴られた『ファイター』がホバーによる重心移動を伴いながら床に転がり込んで行く。
矢継ぎ早に起きた事に噴水庭園にいたならず者達がそれぞれのパワードスーツの内部で閉口してしまう。
『今だ! 突撃――!!』
『オーガ』の後方に控えていた西洋の騎士をモチーフにした複眼のパワードスーツ達が巨大なスタンロッドと白珠の円盾を両手に構えながら、ならず者達に向っていく。
同じ装備を持った『ソルジャー』と『モノノフ』が後に続いた。
『最新の軍用パワードスーツ!? それに時代遅れの騎士みたいな鎧と盾はBAIの保安部隊か!! ここはお前らの領分じゃないだろ!?』
『俺達は本来この方舟の治安と風紀を守る騎士だ、むしろ今までが遅すぎたんだ』
『権威の犬共がぁっ!!』
『その権威から甘い汁を啜り、弱者を虐げて来た貴様らに言われる筋合いなど無い!!』
『――っ! 撃てえ!!』
気圧されたならず者達が作業用のパワードスーツ越しでREC-18をめくら撃ちするが、複眼のスーツ達が手馴れた動きで円盾を正面に突き出すと、円盾が発光と同時に駆動音を立てる。
めくら撃ちで向って来た弾丸が、円盾から離れている複眼のスーツ頭部から直線で30cmの空間で放電を受けて止まり、地面に転がる。
『フリッグ』の電磁バリアを応用した試作の防御兵器がならず者達の銃撃を防いでいく。
円盾を正面に展開したままホバー移動でならず者に肉薄した騎士がスタンロッドを叩き込む。
電流が炸裂し、作業用のパワードスーツ1機がショートしながら倒れた。
破壊された噴水庭園で争いが継続され『モノノフ』の1機が、戦意を失い銃器を床に放り投げ、両手を挙げる作業用パワードスーツを壁に追い詰める。
『モノノフ』が迫る様に作業用スーツが背にしている壁をど突く。
『ひィ』
『貴様に聴く事がある……』
『な、なんだよ、下っ端の俺が吐ける情報なんて高が知れてるぞ!』
『14、15程の愛らしくて可愛い、可愛い、目隠れ系の女の子がここに連れて来られた筈だ……見たか?』
『そ、それなら今朝ここのオーナーが連れて来たぞ……あんた等の連れか? ここのオーナーは相当の変質者だ、もう……』
『なんだとう!? おのれ……猫耳、いや、それとも犬耳か! まさか、ワザと罵って貰うのか!? ――許しちゃおけねえ』
『はあ!? な、何言ってんだアンタ……』
突然不審な事を言う『モノノフ』にならず者の男が戸惑う。
すると部下らしき別の『モノノフ』が不審な事を独りで呟き続ける『モノノフ』に報告を行う。
『小隊長殿! ベニーから連絡が来ました、ベルサちゃんを無事に保護した様です!! 後、ついでにここの経営者らしき豚も一緒に捕獲したとの事です』
『場所は何処だ!』
『館の3F、騒ぎに乗じて内部制圧を行っている保安部隊と合流するそうです』
『こっちから迎えに行くぞ! ついて来い!! 野郎共!! 邪魔者は蹴散らせェ!』
『了解!!』
数機の『モノノフ』と『ソルジャー』が館の正面玄関から怒涛の勢いで突入していく。
『……暴走しているが軍規的にどうなんだ、あれ』
『…………』
『…………』
『…………』
『おい、どうした特殊部隊?』
騎士鎧のパワードスーツが投げかける質問に『オーガ』を筆頭に他の軍用機が沈黙する。
何とも言えない空気の中、隊長機としてのカラーリングを施された『モノノフ』が沈黙を破った。
『潜入隊へこちら、ユーリー・オズノフ二等准尉。館の庭園を制圧完了、これより保安部隊のパワードスーツ隊と共に周囲の警備を固める――なお、6機の『ソルジャー』と『モノノフ』が館内へ保護対象護衛の為に突入した。そちらの装備では必要無いと思うが、盾代わりに使ってくれ』




