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22話 I love you, baby!

「ユーリー隊長、一体何事っすか!?」

 

 ウィルが司令室に辿り着くと、そこには既に前哨基地内から動ける者達が集まっていた。

 その場にいる全員が、深刻な面持ちで部屋の中央に映し出されているホログラムの映像に食い入る様に見つめている。

 周りにいる者達が何故そこまで深刻な表情をしているのか、ウィルはホログラムに目を向け、己も同じ顔をして意味を知った。

 ホログラムに映し出されている光沢のある円形の通路には見覚えがあった。実際に今日の朝から昼に掛けて、そこが戦場だった。

 蟻の巣だ。映像はきっと「トム軍曹」が送っているものだとウィルは考えつく。

「トム軍曹」が現在、前哨基地にデータを送っているのは知っていた。

 映像の問題は「トム軍曹」が映し出している巣の通路に映っているものだ。

「トム軍曹」は通路の天井に蜘蛛の様に張り付いていているのか、問題のものが後姿で大行進している。

 文字通りの大軍となった赤い兵隊蟻だ。

 その中には、巣から脱出する際に最大の障害となった皿頭も一匹、二匹と僅かだが行列に混じっている。


「うそだろ……爆撃で沢山吹き飛ばしたはずじゃ……」


 兵隊蟻は爆撃で一掃した。その筈だ。

 実際に巣に潜入している時は一度も遭遇しなかったし、前哨基地へ帰る途中の平原ではヤツらの丸焦げになった死骸の海を目にした。

 飛行型と皿頭が飛び出して来た部屋はほとんど出し切った筈だ。少なくとも今映像に映っている数とは絶対に合わない。


『「トム軍曹」から送られてきた映像の場所はは潜入隊の方々が放出した場所からかなり奥になります――つまり、彼らが生まれる部屋が一つの巣に複数ある。と言う事でしょう』


 マリーが何時も通りの淡々とした口調で残酷な推測を口にする。


「ここに向っているのは確かか、マリー?」


 場にいる軍人達のざわつきが広がっていく中、ユーリー隊長は視線をホログラムの蟻から離さずにマリーに尋ねる。


『今までの巣外で活動する際に主力であった労働蟻が列から見当たりません』


 マリーは更に幾つか小さなホログラムを映し出す。

 そこには飛行型や皿頭を含めた蟻達の姿や、襲撃時の簡易的なレポートが浮き上がる。


『皿頭と呼ばれている新種が混じっている事や、現在の状況を鑑みてもこちらに対しての報復行為である可能性は高いです――推定で総数1300匹。前哨基地に向かっているなら後70分の猶予があります』


 マリーが見せつける為にホログラムのタイムカウンターを中央に表示させた。


『隣が戦争の用意をしています。貴方達は、人類はどうしますか?』


 マリーの宣告にダビット隊長がいち早く反応した。


「そりゃ、残った戦力を直ぐに再編成して徹底抗戦しか――」

『待ちたまえ、そう死に急ぐな』


 ダビット隊長の言葉を遮り、タイムカウンターと軍人達の間を割る様にロックフェラー司令官が巨大なホログラムに身を投影して現れる。

 ロックフェラー司令官はどこかと連絡をとっていたのか、執務机に置かれていた通話装置を切ると、皺の寄った両手を軽く組む。


『軍人である己に信を持ち、それに殉じるのは美徳だがね、そういった人々は往々にして貧乏くじを押し付けられただけでもある』

「まさに今の俺達がそうですが?」

『だからこそ提案がある――元、生き汚さのプロフェッショナルからの提案だ。君達にのって貰いたい』


 ホログラムの中に居るロックフェラーが一呼吸を置いて考えを説明しようと同時に、司令室の出入り口から駆け抜ける足音が響く。

 音に気づいた者達が振り返ると同時、一つの人影が跳びこんで来た。


「すいません、遅れました!」


 インナースーツに身を包んだ極東系の男が金髪の女性を両腕で横抱きして突入してきた。

 コウタロウとエメリだ。

 コウタロウは遅刻した事に焦って周りの視線に気づかないが、エメリの方は既に自分の顔を両手で隠して俯いている。

 ウィルが取り敢えず声をかけるべきか他人の振りをするべきか迷っていると、再び出入り口から足音が。今度は先程より軽く短く響く。

 今度は何だ、と周囲の視線が出入り口に注がれる。


「シャワー入ってたんで遅れました!!」


 ヒスパニック系の顔彫りが深い男が全裸で申し訳程度の腰巻タオル一つで突入して来た。

 そして彼はラップタオルだけで自分の肌を隠している女性を背負っている。

 男女2組みが推して知るべしと言った状態で続けざまに駆け込んで来た事によって、次の言を発せなかったロックフェラーがあからさまな溜め息をつく。


『最近の若い者は……』




 ロックフェラーは前哨基地との秘匿回線を終え、通信を切った。

 腰掛けている椅子に深く座りなおす。

 軋む椅子の音に自分の体系を自覚していると通信が右手首の端末に飛んでくる。

 宛名も回線の番号も表示されない呼び出しに応じると激しいノイズが数秒響いて収まる。


『――助けが必要か?』


 性別や年齢を推し量る事が出来ない編集された声がその一言だけを告げる。

 声の主の正体を熟知しているロックフェラーはふむ、と一間を置いて、


「君の所から出せる者達がいるのかね?」

『蟻との実戦経験は無いが、荒事には慣れている。数はざっと18か』

「少ないな」

『だから倉庫の奥から「ヒクイドリ」を引っ張り出してる。操縦者はそっちで用意してくれ。三艇で足りるか?』

「――十分だ。だが、君でもそこまで勝手な事をして許されるのか? 今回の私と同じ目に遭うかも知れんぞ」

『ウチの連中はここで君に手を貸した方がPBCと五つ葉の連中の面目を潰せると、踏んだよ。要は今回の作戦でハブられてたのがやっぱり気に食わないらしい』

「三大企業はどこも陰謀ごっこで大変だな。なんにせよ、利用させてもらおう」

『それはそうと君自身はどうする? このままだとPBCは兎も角、五つ葉に首を飛ばされるぞ』

「部下が助けてくれるから大丈夫だ」

『――そうか』


 通信が切れる。

 ロックフェラーは声の主に感謝しつつ、次の行動に手早く身を移す。

 ――しかし、基地を守りきるにはまだ数が足りないか。どこを頼るか、利害は、信用は、取引は――

 己が持っている手札からどのカードを切るべきか悩み、椅子を動かすと椅子の車輪が何かを噛んだ。

 それを仰々しく拾い上げると、優先度の低さに放っておいた書類だと気づく。

 執務机が既に他の書類にまみれているのでそこから落したのだと結論付け、再び乱雑に置かれている場所に返そうとして手を止める。

 そう言えば、と言葉が頭に浮かび上がるとそこへ慌てずに通信を掛け始める。

 ――間に合わせなければな。

 車輪に歪んだコウタロウのプロフィールが再び床に落ちた。




 日が沈み始めた空の下、負傷者を優先的に乗せた救命艇が自働操縦によってアークを目指して飛び立って行く。

 トランは前哨基地の滑走路からそれを見送ると『モノノフ』を装着しているアティに向き直った。

 彼女の後ろには救命艇が一隻、離陸準備を終えた状態で待機していた。

 エイブラムやダビットを含む他の小隊員達がすし詰めになった救命艇の中からパワードスーツ装着した48小隊の面々を見やる。


「本当に48小隊だけで残る積もりなの?」

『そんなに心配しなくて大丈夫よ、トラン。救命艇の修理も終わってるんだし、ちょっとみんなより遅れて脱出するだけ』

『そうそう、例のデータの吸出しが終わるのがちょっとギリギリになるだけだから気にすんな。用が済んだらみんなですぐここから逃げるよ』

「トランさん達が救命艇の椅子とか必要の無い内装を外したお陰でパワードスーツ着たままでも、直ぐに乗り込めますし。全員無事で帰りますね」


 アティとウィル、エメリが落ち着いた声でトランを励ますが、トランの瞳は不安で震えたままだ。


「でも、さっきより凄い数の蟻が来るんでしょ……6人だけなんて……」

『6人だけだから直ぐに逃げられる。それにマリーがいてくれるし、有刺鉄線がある限り蟻の大群は簡単に入ってこれないさ。最悪、救援を待てばいい』

『それにデータがなけりゃ、ただ戻っても俺らの立場が悪くなるだけだしな。「リップオフ」でパーティの用意でもしててくれ。あそこの冷えたビールと塩の薄い枝豆は気に入ってるんだ』


 ユーリー隊長とベニーがトランを励ますと、今度はトランの携帯端末にマリーが混じってくる。


『私が48小隊の方々を守ります。飛行型との戦闘で弾薬は減りましたが今の私なら百発百中ですので、突撃しか出来ない相手なら十分に時間を稼げるでしょう』

『マリーは本当に頼もしいなあ、出来る事なら酒を奢ってやりたいよ』


『オーガ』に身を包んでいるコウタロウがそう言うとマリーがコウタロウの視野に通信を移す。


『――では後でたっぷりと話し相手になって下さい。ご褒美はそれがいいです』

『ああ、お安い御用だ』


 トランは改めて48小隊の全員を見渡すと堪え切れなくなった涙を油のついた手で強引にぬぐう。


『あーあー、泣かないでくれよ。可愛い顔が台無しだぞ』

「……っすん、ウィルは緊張感無さ過ぎだよ……皆、ちゃんと帰ってきてね」

『――ああ、勿論だ』


 ユーリー隊長の力強い返事を聴くと、トランは泣き腫らした目のまま敬礼をとる。

 48小隊の全員がそれに応じると、救命艇の中ですし詰めになっていた隊員達も48小隊へ敬礼を行う。

 中には右腕を欠損している為に左で返す者もいるが、その場にいる軍人達が任務の為に残らなければならない仲間に対して敬意を表する。


「48小隊のご武運を祈ります」


 戦地に残る6人に対して去る者を代表してトランが告げた。




『何か、凄い事になちゃったなあ』

『――そうだな』


 司令室、特務ラボが置いていった機材が例のデーターを吸い上げているのを見守りながら俺はベニーに暇つぶしの相手をして貰う事にした。

 細めのデザインである『モノノフ』や『オーガ』でも司令室の中は流石に狭いので俺とベニーはお行儀悪くヤンキー座りなっている。

 データの吸出しを行っている機器が作業の進行状況を表示しているが思ったよりは進みがいいこれなら蟻が前哨基地に辿り着くまでには脱出出来るかもしれない。


『そう言えば、ベルサちゃんの事、ありがとうな押し付ける形になって悪かった』

『別に、手が空いてたし、少し話をしただけだ。後、お前は俺に謝るな。縁起でもない』

『そうは言うけど、あの子、別れるときお前にちゃんとお礼言ってたじゃん。少しはあの子を助けられたんじゃないか?』

『そんなに器量のある男じゃないぜ、俺は――お前こそ、なんでデータ回収の方に回った? 俺一人で十分だろ。他のみんなと一緒に救命艇の防衛に残れば良かったのによ』

『またお前は露骨に話題逸らすなあ――何でって、兵隊は二人一組が最小単位だろ? 後、俺の方が即応性があって速い』


 見せ付けるようにヤンキー座りのまま低速でホバー移動をしてみせる。

 ベニーが露骨に溜め息を吐いた。


『エメリのお嬢ちゃんは本当にお前のどこに惚れたんだろうなあ』

『正直俺にも解らん。でも大好きだ』

『いきなり惚気るな。しかもこんな状況で』

『大丈夫だ、俺はしぶといからな』

『――失礼します。――来ました』


 打ち付けにマリーからヘルメット内部の視野に前哨基地のカメラ映像が表示される。

 そこには15年前を再現された光景が広がっていた。

 兵隊蟻で作られた赤錆の海の中、皿頭が混じりつつも廃墟となった町を再び蹂躙しながら大行進している。

 自分の気が張り詰めるのを自覚しながらマリーに予め教えていた懸念事項を再び伝える。


『皿頭の尾に注意してくれ、何か飛ばしてくるかもしれない』

了解(ヤー) 重ねての忠告、胆に命じました。では、これより弾と兵器が持つ限り敵対勢力への攻撃を開始します』


 マリーが攻撃を宣言すると同時に、司令室のガラスから防衛兵器が円滑な駆動音を立てて一斉に動き出す。

 俺とベニーは思わずその場から立ち上がり、窓ガラスから外の景色を確認した。

 肉眼で廃墟の端から兵隊蟻の群れを目撃するのと同時にマリーが攻撃を開始する。

 今度は振り返り作業の進捗状況を確認すると、残り数分もすれば件のデータが小型の記憶装置に移し終わることが表示している。

 マリーに任せることしか出来ない現状が焦れったくて仕方が無かった。




 ――思いの外、敵の勢いが強い。と、マリーは攻撃を行いながらその感想を得る。

 兵隊蟻は数に物を言わせて馬鹿正直に突撃しており、その度にマリーが火砲で先陣を吹き飛ばし、その隙間を大口径のガトリングで一掃する。

 コウタロウの警告もあって、皿頭が射程に入れば容赦無く火砲で周囲の兵隊蟻諸共に吹き飛ばす

 廃墟となった町に蟻の死骸と炎が積みあがっていく。

 が、敵は前哨基地に直線してくる勢力だけでなく、迂回する様に正面と左右の三方向に別れて迫ってくる。

 作戦と言うにはシンプルではあるが、この数で攻めらては侮れない。

 結果的に防衛兵器の火力も分散してしまう。

 恐らく、マリーでなければ既に敵はこの砲火の雨を突破していただろう。

 なのでマリーは何時もより自分が強気になっているのを自覚しつつも攻撃行動にのめり込んで行く。

 ――近づけさせません。

 マリーの攻撃は効率を増していき、ついには蟻の行進を有刺鉄線の17m前で完全に食い止める。

 蟻の進攻に急激な変化が起きた、皿頭がその場で立ち止まり、尾を前哨基地に向けて膨らませ始めた。

 マリーはそれを察すると攻撃の最優先順位を射程距内にいる皿頭全てに切り替え実行していく。

 兵隊蟻が一気に突破していくが、前哨基地を360度で守る有刺鉄線に接触すると同時に熱したナイフで抉ったバターの様に八つ裂きになって自らの死骸でバリケードを築いていく。

 ――気持悪い。

 兵隊蟻の惨劇になるべく意識を向けない事をマリーは決める。

 同時に、一匹の皿頭が膨らませた尾から半透明の液体を水鉄砲の様に発射し、マリーの攻撃によって体を爆発させて炎に沈む。

 発射された液体が爆発の勢いによって有刺鉄線にかかると、有刺鉄線が白い煙を上げて溶け始める。

 ――強力な酸でしたか。救命艇の場所に近いですが、直撃しなかったのは幸運です。

 兵隊蟻が津波になって溶け始めた有刺鉄線に突撃していく、先頭の蟻が溶け潰され肉塊になろうとも、兵隊蟻の特攻は止まらない。

 48小隊の4人が食い止めようとその箇所へ集中砲火を始める。

 マリーもそれに参加しようとすると、彼女の思考の隙間を狙うかのように生き残っている皿頭が強酸を飛ばしてくる。

 今度は防衛兵器に酸が直撃していく。

 ――攻撃の効率が著しく落ちました。

 それでも、と己のやる事をマリーが続けようとすると、誰かから通信が飛んでくる。

 通信の送り主を確認するとマリーは何故か安堵を得た。


『マリー! 良く頑張ってくれた!! データの吸出しは完了したぞ』

『――急いで脱出を。もう持ちません』


 本当は叫びたかったが、機能が無かった。




 マリーに連絡を告げると同時に俺とベニーは勢い任せに部屋から飛び出した。

 パワードスーツの急な動きによって司令室が荒れ果てるが気にするのは生きて帰ってからだ。


『コウタロウ、ベニー急げ! 蟻が有刺鉄線を突破した!! マリーの援護で持ちこたえているが長くは持たないぞ!!』

了解(ヤー)!! 全速力で向います!』

『忘れ物は無いな!?』

『俺がちゃんと持ってるぜ、隊長殿! コウタロウには持たせるにはデリケートな代物だしな』

『言ってろ! 屋上へ急ぐぞ!!』

『確かに、そっちから飛び降りた方が速いか!』


 ベニーと共に廊下をホバー移動で爆走し、破壊していく。

 屋上へと通じる階段の踊り場に辿り着くと勢いを殺さず、手摺を強引に掴んで折り曲げならも階段を駆け上がる。

 屋上への扉を『オーガ』の拳で振り抜き破壊する。

 屋上へと躍り出て、脱出する為の救命艇に一番近い錆付いたフェンスに辿り着くと右腕からマチェットを取り出し切断していく。

 下には救命艇を防衛している4人の姿と、押し止められている兵隊蟻達がいる。


『お先だ!』


 俺がワイヤーを切断すると同時にベニーが躊躇せず飛び降りる。

 ベニーの『モノノフ』が重量任せに落下していくとホバーによって大量の砂埃を撒き散らしながらも地面に辿り着く。

 よし、次は俺だ。

 覚悟を決めて重力に任せて飛び降り様とする。

 するとマリーから通信が入った別れの挨拶だろうか?


『――申し訳ありません、弾が尽きました。これ以上は食い止めれません』


 落ちて行く地面が一気に赤錆に侵食されていった。




 エメリは何が起こった直ぐには理解できなかった。

 蟻が強引に有刺鉄線の一箇所を突破し、そこから決壊したダムの様に溢れたのだ。

 マリーが直接操作する生き残っていた防衛兵器と自分達で何とか食い止めていたが、防衛兵器の弾薬が尽きると押し止められなくなって来た。

 ベニーが記憶装置を持って飛び降りて何とかこちらに合流しようとするが、彼の背後に兵隊蟻の顎が迫り、捕らえる寸前になった。

 ベニーの『モノノフ』が噛み砕かれそうになった刹那、『オーガ』が兵隊蟻の頭上に落下してきた。

『オーガ』は落下しながらも左の格納スペースからマチェットを取り出し、既に右手に持っていた分を合わせて、頭上から兵隊蟻の両の複眼に突き立てた。

 兵隊蟻が苦悶に大きく仰け反ると、頭部に乗っていた『オーガ』は、ぐるんと突き立てたマチェットを掻き回してベニーに迫った兵隊蟻を絶命させる。

 続いてこちらに背を向けると、装備していた焼夷手榴弾の全てをこちらの地面に向けて投げ込んだ。

 業火が挙がり、炎の防壁が兵隊蟻を阻んだ。


『みんな、早く乗ってくれ!!』


 ――ダメ!

 コウタロウが叫び、エメリが思わず身を前に出すと背後からユーリー隊長が強引に引き止めた。


「離して下さい!! コウちゃんが! コウちゃんが!」

『――ダメだ、お前ら、急いで乗り込め』


 ユーリー隊長が搾り出す様に声を出すとベニーとの2人係でエメリが救命艇に押し込まれていく。


「離して、下さい! 私も残ります!!」

『大丈夫だよ、エメリ。言ったろ? 粘るのは得意なんだ。マリー! 頼む!!』


 コウタロウを除く全員が救命艇に乗り込むとハッチが閉まり、密閉された。

『オーガ』は振り向かず、腰に下げていたREC21で兵隊蟻の海に独りで弾丸を撃ち込んでいく。

 エメリが回線でコウタロウに呼びかける。


「コウちゃん、こんなの嫌だよ!」

『ああ、俺だって勿論嫌だ。絶対帰るさ、ユーリー隊長! 救援当てにしてますよ!!』

『いいか、諦めるなよ! 助けに行く! 必ず助けに行くからな!!』

『このお人好しが! カッコつけるんじゃねえよ!』

『いや、お前より顔を良くないからさ、こうでもしないと張り合えないだろ』

『コウタロウ……本気かよ』

『ウィル、俺は本気だぜ! 今度「リップオフ」に行ったらメニューのお勧め、教えてくれよ。アティさんも旦那さんの事、教えて下さいね。家の妹も医療関係の仕事を目指してるんですよ』

『っ……ええ、約束よ』


 48小隊の5人を乗せた救命艇が何時かと同じに様にふぉん、と音を立てて離陸していく。


「コウちゃん……」


 遠く、小さくなっていく『オーガ』にエメリは見つめる事しか出来ない。

 エメリの『フリッグ』にノイズまみれの通信が届いた。


『愛してるぜ、ベイビー』


 エメリの慟哭と共に救命艇が飛び立った。




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