第3話 「不確かな人間」
あなたに感謝が届きますように。
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小学校の水泳の時間、体のわるい子は水泳帽に日の丸がつく。
いざと言うとき水中で目立つのだ。
僕は小児喘息と不整脈を持っていたので、プールの時間は人と違った帽子を被っており、劣等感と優越感の入り混じった奇妙な自意識を抱いていた。
むっくんは、僕の記憶では、水泳の時間いつも体操着で見学していたように思う。すごく走るのが上手なむっくんが水泳の時間にヒーローになれない事が勿体無いような、自分だけ泳いで申し訳ないような複雑な気持ちを、プールサイドの彼が視界に入る度に僕は抱いた。
そして数年後彼は亡くなり、僕は生き続けた。
僕の不整脈は高校1年の身体測定から診断されなくなった。喘息は低気圧が来たり、季節の変わり目になると発作が出たが、年々おさまっていった。
僕は高校に通っている間に、なるべく沢山の本を読み、沢山の音楽を聴いた。本の中に、音楽の中に、むっくんが亡くなった不条理を解きほぐす何かを探した。
しかし、そんなものはどこにも見付からなかった。
それでも、部活動をし、クラスメイトとバンドをつくり、恋人をつくり、勉強し、色々な人と出逢い、僕なりに輝きのある高校生活を過ごした。
そして僕は国文学科のある大学に進学し、虚しくなり、2年でやめた。
いつしか、むっくんの記憶は意識の底に沈みこみ、僕はミュージシャン崩れのフリーターになり日々アルバイトをしたり、曲を書いてライブハウスでロックバンドのギターを弾いたりする、不確かな人間になっていた。