第12話 「呼吸」
この小説を読んでくださる方に、大きな感謝をお贈りします。
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成人男性の平均肺活量は3000mlから4000mlだと言う。
僕の肺活量は同年齢の平均よりやや低い、という検査結果が出たと、Iさんから連絡をいただいた。
骨髄採取の際にカテーテルを気道に入れ全身麻酔中の呼吸をコントロールするのだが、万一の事を考慮してドナーの体は十二分に健康でなくてはならない。
肺活量が平均よりやや低い、という程度であれば通常はそのまま採取の手術の準備に移るそうなのだが、僕は大人になってからも喘息の発作の治療を病院で受けたことがあるので、念のため再検査をするとの事だった。
その数値を見て、採取手術を行うか決定しますので、ご足労ですが、再度病院で検査をお願いします、という旨をIさんは僕に伝えてくれた。
また、同じ事に成ってしまうのか。
僕には誰かを救う資格は無いのか。
僕の命は、誰かの役に立てられないのか。
僕は焦った。
妻にその旨を伝え、再検査の日程を相談した。義母に大きい呼吸のコツを教えていただいた。
煙草を止めて2年以上が経っていた。
体は本当に健康で、何不自由無かった。
手術のスケジュールも迫っていたので、すぐ数日後、僕は再検査に向かった。
Iさんが申し訳無さそうな表情で病院の待合室に佇んでいた。
あなたのせいではないんです、と言いたかったが、上手く言えなかった。
検査の準備が整い、前回と同じ部屋で、大掛かりな機械の前に座り、可能な限り大きく息を吸った後、手術の時に患者さんが口に被せられる人工呼吸器の様なものに向かって、僕は息を吐いた。
前回と同じ、猫顔の愛らしい看護師さんが、もっと、もっと行けます、と励ましてくれた。
僕は全身の空気が全て出るように祈り、全身全霊で、息を吐いた。
検査が終わり、結果が出るまで、Iさんと待合室で待つことになった。
明確な数値の基準があるそうで、結果が出次第この場で採取手術の可否が分かると言う。
結果を待つ間、僕がずっと音楽をやっていて、今も音楽関係の仕事をしている事、Iさんがピアノを弾く事、Iさんの娘さんがブラスバンドをやっている事などを話していた。
病院の天井にレールが渡っていて、カルテなどの書類をいれたプラスチックの箱がロープウェイの様に事務所から病室へと移動しており、その音が、ごとん、ごとん、と静かな病院に響いていた。
検査結果が出た。
Iさんが受け取り、その内容を確認し、また、申し訳なさそうな顔をした。
あなたのせいではないんです、そんな顔をさせてしまってごめんなさい、と伝えたかったが、言葉は何一つ出て来なかった。




