終:針は進む
図書館で借りた分厚い本をのたのたとした足取りで持ちながら翁長はよりにもよって反田の授業で寝てしまったことを猛烈に後悔した。反田が教科書で翁長の頭を叩くまで気付かないという気の抜け振りを盛大に披露してしまった。休み時間ぎりぎりまで説教されて挙句、準備室にある分厚い資料の宅急便までさせられる始末だ。
どうにか反田の宅急便という任務を終えて、準備室まで戻ってきた。扉を肘に引っ掛けて開けようとするが、滑って上手くいかず、何度かやってどうにか開ける事が出来た。
「反田先生―!…ってこれ」
特に何かするわけでは何となく見た背表紙に数冊、禁帯本のシールの貼られたものがあった。丁度、一番分厚い本ばかりで、嫌な予感がした。
「ああ、それ、放課後にでも図書室に返しといてくれ」
絶好のタイミングで帰ってきた反田は、容赦もなくそう告げた。
「なんでこんな分厚いの…」
常に本を読んでいるわけではないので読書家とは言い難い翁長だが、それでも中学でもこんな難解そうな分厚い本を読まないだろう。
「うん、何でだろうな。滅多にないものだからこっちとしては貴重なものを見せられていいんだが…。此処の図書室は変に偏った本が充実していて、よっぽど司書教諭のフラストレーションが溜まる事でもあったんだと思うが」
「はあ」
寧ろ、反田の方がフラストレーションを溜めている気もするが、敢えてその言葉を飲み込んで快諾する事しておく。元々授業で寝てしまったのは自分だし、これは当然といえば当然だ。実際は寝ていたわけでもないのだが。幻想の様に死に掛かって、自我が掻き消えるなど世辞にもいい夢ではない。
思考を切り替えて、本をぱらぱらと捲る。手入れを怠っているのか、文字は[拐/かどかわ]された様に全体的にうっすらとしている。本の繋ぎ目自体劣化しているのか、糸がむき出しになっていて、所々擦り切れた糸が恨めしそうに顔を挙げている。
きーんこーんかーんこーん。
その聞きなれた電子音はまるで初めて聞いたものの様に翁長の鼓膜を叩き、吃驚して離された指先の制御を失った本の頁がばさんと一挙に元の本の形に収まった。
(って次、移動…!)
現実に引き戻された様に思い至り、反田に声を掛けて、準備室を後にする。
※※※
何処からともなく、ぬうと『手』が現れた。
半透明でびっしりと真っ赤な眼が埋まったその手は探る様に本に触れて、なぞり、ひょいと手が持つとほろほろと文字となって霧散していく。
禁帯と貼られたシールの本は、もう何処にも無かった。その[郡風/ぐんふう]からはらりと落ちた文字は『人』で、何処ともなく転がっていく。
ばきり。
「ん…?」
何処ともなく、割れた音が響いた。翁長は周りを見渡すが、何も無い事に首をひねりつつ教室に戻る。
踏み潰して、風に浚われた『人』の文字に気付かぬまま。
了
寄稿作品としてはこの作品は二作目でした。
初めて三万という文字数や締切にひいひい言いながら書いていたのもいい思い出です…。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




