表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

中編 そのよん

別名、事情暴露編

「カナン」


「ん?なんですか、リンカ」


「出会った日に言ってましたよね、私がこちらへ連れてこられたとかなんとか」


「・・あぁ、」


「それ、どういう意味ですか。何か知ってるの?」


後ろから抱きこまれる体勢は、敢えてそのままに。

何故か彼の顔を見ることが怖くて、後ろを振り向けなかったのだ。

少し迷ったあと、リンカは抱えていた疑問を直接ぶつけることにした。

目の前のサイラスは、真剣な顔をしてリンカの目を真っ直ぐに見ている。

リンカはそれに応えるように目線を合わせながら、意識だけは背後のカナンへと集中させた。


「・・・そうですねぇ、これはリンカも知っておくべきでしょう」


暫しの沈黙を間に挟み、カナンは静かにそう言った。

きゅ、と腹の上の腕に力が入るのを感じた。




「もう、3年半が経ちましたが、リンカはこちらへ来た時のことを覚えていますか?」


背後から問われて、来たときのことを回想する。

あの日は夏休み半ばに設けられている登校日で、リンカは学校に居た。

例年稀に見る猛暑日だと、その日の朝ニュースで言っていたことを覚えている。

地域的に最高気温が国内でも上位に来るくせに、クーラーなどはない学校だった。

そしてその時は、ちょうど昼休憩を取っていたのだった。

昼食を食べ終えた後、暑さのせいで何もする気が起きなくて、手慰みに友人にちょっかいをかけて。

それから・・・・・それから、そう、確か、寒い所へ行きたかった。

あまりにも暑くてしんどくて堪らなかったから、口に出すのも億劫で、涼しい所に行きたいなと思った。

ただ、考えただけだった。


「・・あの日は、凄く暑い日で・・涼しい所に行きたいなって思ったの。

 そしたら、変な声が聞こえて、それで・・・次の瞬間にはここに居た・・」


この国の、吹雪の中で、独り寒さに震えてた。


リンカはまるで夢を見ているような頼りない声で、ぽつりぽつりと零してゆく。

目の前に居るはずのサイラスは、今はその目に映っていない。

リンカは言葉を続けながら、無意識にふるりと身体を震わせた。


「最初寒いとかそんなレベルじゃなくて、めちゃくちゃ痛かった。

 けど、すぐに感覚もなくなって、意識も真っ白になって。

 気が付いたら、ベッドの上で、それからサイラスが来て、カナンが来て・・・」


記憶にあるだけを吐きだしてみても、大した情報はなく、声は尻すぼみとなって消えた。

この3年半、元の世界のことを考えなかった日はなかった。

何故ここへ来たのか、あの声は一体何なのか、どうしたら戻れるのか。

考えても考えてもわからなくて、必死で調べても手掛かりさえみつからなかった、その理由を。

カナンならわかるのだろうか、と半ばぼんやりした頭で考えた。


「・・・あなたがここに来る前、声を聞いたと言いましたね。

 その声は、男でしたか。女でしたか」


静かな、いつもより気持ち低めに抑えられた声が、更に問う。

何故だかそれが酷くカナンらしくないと思ったけれど、リンカは素直にその問いに答えていた。


「男、だと思う」


「それは、何故?」


「・・わからない・・声は確かに、女性と言われても違和感はないくらいの高さだった・・。

 けどどうしてかな、あれが女の人の声だったとは思えないの」


「他に気付いたことは?」


「若い、男の子みたいだった。私より年下の。

 故意じゃなくて、無邪気に、私のお願いを聞こうとしてくれたような気がする」


「そうですか・・・・」


背後で、重苦しい溜息を吐かれた。

いつも飄々として、リンカが何を言っても表情を変えなかったカナンの、こんな重苦しい雰囲気は初めてだと思った。

言ったことは、本当にそう思ったからだった。

声の調子から悪意や害意は受け取れず、逆に少し喜色を浮かべて、そう、まるで小さな子が得意満面に誰かのお願いを叶えようとしているような。

そんなことを考えている自分は、客観的に見てきっと可笑しいんだろうなと、リンカはあまり動こうとしない頭で考えた。


「あの日、何故私がここに来たのか、それが理由です」


「・・どういう意味だ?

 そういや、そうそううちに来ないのに、あの日は先触れもなく突然来たんだったか」


カナンとリンカのやりとりを大人しく聞いていたサイラスが、訝しげにカナンに問う。

来るとは知らなかったのに、突然部屋に現れたカナンに不審な顔ひとつ見せなかったサイラスの器の大きさに対して、リンカは密かに驚いた。


「此度のこと、かの御方が、やったことですからね」




「・・誰?」


「げっ」


重々しく告げられた言葉に、リンカとカナンの声が重なった。

リンカは心底わからないと言った顔をしているが、サイラスはその『御方』の見当がついたのか、非常に嫌そうに顔を顰めている。

こつり、リンカの背中に何か固いものが当たり、カナンが項垂れたことを知る。

普段なら避けるところだが、なんだか非常に疲れているようなのでそのままにしておくことにした。


「・・・カナン、それ、だぁれ?」


表面上は変化はなく、リンカ自身もいつも通りだと思っていた。

しかし、思ったよりも低い声が出て、腹の上の腕がぴくりと反応した。


「・・・・・・」


珍しく黙った背後霊のようなそれに、見えていないと知りながら、リンカが微笑む。

それを真正面で見たサイラスが、瞬時に蒼白な顔になった。


「・・・カナン、教えて」


お願いしているわけではない、その声に、室内の空気が更に重くなった。



「・・・・・この国を治めているの国王が、3年半前に代替わりしたことは、以前お話しましたね?」


「・・・・聞いたけど?今代は、従弟殿が就いたのでしょう」


「・・・この世界には、魔法と呼ばれる力があることも?」


「・・来て一ヶ月目で、サイラスとカナンから聞いたね。

 精霊も神様も実在するなんて、どこのファンタジーかと思ったけど。」


「私が、この国で、術師として最高の地位にいることも?」


「覚えているよ。その割には毎日遊びに来てるけど」


ここで、一度問答のようなやりとりが途切れた。

リンカは、質問に一々答えながらも、どんどん重苦しくなるような心地で居た。

カナンは深呼吸をひとつすると、リンカに落ち着いて聞いて下さい、と前置きをしてから、ようやく本題に入った。


「臣下として、私の地位は最上です。

 しかし力だけで言うならば、たった1人、もっと上の方が居らっしゃるのですよ。

 ・・・いえ、正確には、居たというのが正しいですか」


「・・・・・ねぇ、カナン・・」


「えぇ、きっとリンカの思い描いている御方で間違いありません」




「この国の、先代皇帝陛下が、あなたをこちらへ召喚したのです」




――――意味がわからない。


カナンの言葉を聞いた次の瞬間に、世界がぐらりと揺れた気がして、思わず両手を前に差し出した。

しかしそれは用を為さず、背後から伸びていた腕に簡単に抱きとめられる。

それに意識を向けることも出来ず、リンカは浅く呼吸を繰り返した。


「リンカ、大丈夫ですか?」


「リンカ、大丈夫か?」


同時に聞こえた、酷く心配げな声に、いつの間にか瞑っていた目を開いた。

一気に貧血になってしまったかのように、血の気が下がっている気がした。


「・・・・大丈夫。ごめんなさい」


もう一度目を瞑って、静かに息を吸って、吐く。

そうして自身を落ちつけると、リンカは自分を囲う腕からするりと抜け出した。

いつもならがっちり捉まえて放そうとはしないその腕は、今はあっさりとそれを許す。

リンカは全てを知るカナンの足元に跪き、下から彼の顔を真っ直ぐに見詰めて、問う。

しかしそれは、お願いというような声音では決して無く。


「カナン、知ってること、全部教えてくれるでしょう?」


真剣な顔をしながらも、教えてくれなかったらどうなるかわかるよね?と言外に告げていた。

カナンは観念したように一つ息を吐くと、それから苦笑しつつリンカに首肯してみせたのだった。






カナンの説明からわかったことは、こんなことだった。


曰く、リンカが召喚されたその日に逝去された皇帝陛下は、当時13になったばかり。

生来身体が弱かったが、魔術には非常に長けていた。

ちなみに皇帝になったのは、彼が10の頃だという。

幼いながらも非凡な才を見せつけていた彼が皇帝になったのは、事情があったからだ。

先々代の皇帝陛下に子どもは4人居たが、いずれも様々な理由で亡くなられてしまって、末っ子であるしか残らなかった。

彼は年を取ってから生まれた子どもだったので、子でありながら孫程に年が離れていたらしい。

当然、親である先々代は、先代よりも早くに亡くなられた。

死因は老衰であったという。

それから、唯一の後継者として、先代は即位した。

勿論後見人という名の有能な宰相が居て、貴族院も優秀な者が揃っていたから、そう問題はなかった。

幼い皇帝は仕事もしていたが、大抵は寝込んでいて、宰相がそのほとんどを肩代わりしていたと言ってよいだろう。

そうして寝込んでいる間、彼は魔術の本を寝台に持ち込んで、ひたすら暇を潰していたらしい。

もとより頭の出来は良い彼である、周りの知らぬ間に、めきめきとその力を伸ばして行った。

そして、気付いた頃には、彼は遥か高みにまで行ってしまっていたのだ。


「・・・カナンより、凄い人だったの?」


話を聞いていたリンカが、真顔でぽつりと零す。

それに苦笑を返して、カナンはまた話を続けた。


「幼い身でありながら、彼は別格だったのですよ。

 ・・・・しかし、そうして魔術を修めたにも関わらず、彼は病魔には勝てなかった」


「それが、3年半前・・私が来た日のことなのね?」


「そうです。

 リンカが呼ばれたその僅か後、陛下は亡くなられました。

 亡くなる数時間前から私は側に居たのですが、ふと意識をなくしたと思ったら、陛下はそれから一時間後に目を覚ましました。

 そして、意識をなくす寸前、笑いながら夢うつつに、こんなことを仰っておられました」


「・・・なんて?」


カナンの言葉の続きを、聞きたくないと叫ぶ自分と、聞かなくてはならないと思う自分が喧嘩をする。

しかし、聞きたいと願う気持ちには逆らえず、おずおずと先を促した。

脳内では悪い予想しか出てこず、リンカは我知らず、縋るように一番近いカナンの服を握っていた。


「・・それ、叶えてあげる、・・とまるで誰かがすぐそばに居るかのように」


それからすぐに、陛下は亡くなられました。


リンカはすぅっと血の気の下がるような心地になって、ふらりと倒れ込みかけた。

今度はカナンの衣服に自分から縋ることで倒れることを阻止出来たが、頭の中では先程の言葉がぐるぐると廻っていた。



私、幽霊の声聞いたの・・?


正確に言えば、それは死ぬ前であるので、幽霊ではない。

生霊の類が一番近いのかもしれないと思いながら、ぞわぞわと這いあがる怖気に怯えた。

リンカは自身の理解出来ない現象というものを、認めることが出来ない。

つまり、幽霊やポルターガイストなどといった心霊現象は、大の苦手なのである。

死ぬ前だからと言っても、正直、怖すぎる。

リンカは青い顔で目に涙を溜めながら、必死でカナンに縋った。

少し前まで彼から逃げ回っていたのが嘘のようである。

カナンは、しかし今ばかりは苦笑して、優しく囲ってやるだけに留めていた。


「ど、どうして・・どういうことなの・・!ていうか世界が違うのに何で・・!?」


あまりにも動揺したせいで言いたいことの半分も言葉に出来なかった。

体験したことのない恐怖に、がたがたと身体が震える。

というか死にかけの先代皇帝陛下に召喚されたという己は、一体何なのかと思ってしまった。


「陛下が亡くなられたことで、あなたを元の世界に還す術もまた無くなりました。

 ・・しかし、リンカ。

 誤解はしないで頂きたいのですが、陛下に悪気はなかったのですよ」


「悪気があったら余計怖い!!」


「・・・きっと、純粋に、願いを叶えてあげたかっただけなのでしょう。

 陛下はその立場故、あまり他者との接触もありませんでしたし、他愛ない願いを叶えるといった経験もなかったはずです。

 涼しい所と言ってこちらに連れて来てしまったのは・・頭の良いお子でしたが、この国を愛しておられたせいでもありますが、かの国とここの気温差をご存知なかったのですよ」


「・・・・・・・・・わからないでもないけど、でも怖いもんはこわいよーーーーっ!!」


ホラーが人一倍嫌いなリンカである。

幽霊まがいのものと交流を図るには、度胸も勇気も足りなかった。

あまりにも動揺が酷く、元の世界に還れないことをさらりと告げられたことすら気付かなかった。

サイラスが困ったような顔をしながら、リンカの頭を撫でる。

その手の温もりにほっとしながらも、その体勢のまま、しばらく動けなかったのだった。




ちなみに、何故異世界人であるリンカの思考を、先々代皇帝陛下が読み取れたのかと言えば。

幽霊ではなく、生霊として世界を越え、リンカの世界にやって来ていたせいだった。

生霊状態の彼は、生身の人間に触れるとその人間の考えを読み取ることが出来る。

勿論触れられたほうは全く気付かないので、若き皇帝は調子に乗って色々な人間に触れていた。

しかし、表面を取り繕いながらも内心で魔逆のことを考えている人間の、なんと多いことか。

皇帝が半ばうんざりし始めた頃、昼の直前の授業を受けるリンカに(一方的に)出会った。

授業を受けながらも、必死と睡魔を孤軍奮闘する少女に、皇帝陛下の興味が惹かれたのだ。

それから授業が終わっても、昼食を取っていてもリンカの側居続けた。

そうして最終的に、脳内に浮かべた願望を勝手に叶えてしまったのだ。


その後、当人がどうなったのかは、神のみぞ知る。


当時のことを考え、思わずぞっとしたリンカは、突き上げる衝動のまま頭を抱えたのだった。

終わりませんでした。

もう一話で終わる・・はず・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ