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中編 そのさん

毎日変態に襲われて逃げるを繰り返していたら、日々は瞬く間に過ぎて行った。

今は、また幾度目かの、夏らしくない夏を迎えようとしている。


四季がないこの国で、リンカは逞しく生きていた。







「リンカ、こちらへおいでなさい」


「嫌ですいい加減にしてくださいっつーかいちいち触る必要が何処にあるんだこのド変態が!」




「・・・・強くなったなぁ、リンカ・・」


囲おうとする手を叩き落し、変態の魔の手を掻い潜って逃げたリンカを見て呟いたのは、今も彼女の保護者をしているサイラスだ。

半ば感動するように目を瞑り呟いたその言葉の意味を、ここに居るリンカ本人も実感していたところである。

突然世界に放り出されてから、3年と半年が経っていた。

保護された次の日から、一日も開けることなくカナンに追いかけ回されていたリンカは、ある日唐突に、怒りを覚えたのだった。

どうしてこんな変態に毎日毎日追いかけ回されなきゃならないんだろう、と。

何もしていないのに、そんなことをされる謂われはない。

おまけにそんなくだらないことで相手に怯える必要など小指の爪程もないことに気付いたリンカは、翌日から最大の敵であるカナンを、この際に克服しようと決めた。

それからは、本能的に湧き出る怯えを気のせいだと抑えつけ、猛抵抗を繰り返し、しかし接触は可能な範囲で、徐々に増やすことにした。

その甲斐あってか、やがてカナンに怯えることも徐々になくなり、この一年程は、まるで見違えるようにリンカは冷静になり、時の流れと共に大人の女性へと近づいたようだった。

しかし性格だけで言えば、前に居た世界の友人知人からは冷めていると言われがちだった、昔のリンカに戻ったとも言える。

一度パニックに陥ると取り乱す癖があるが、基本的に周りに冷たいし投げやりなのがリンカの常であったのだ。

しかし、リンカのあまりの変貌ぶりに、館で働く侍女や下男が挙動不審になったのには苦笑するしかなかったサイラスである。



「サイラス、どうしたの?お仕事は?」


にこっと微笑んだリンカに、サイラスもつられるかのように笑み崩れて、胸の内から湧く衝動に任せるがままリンカの頭を撫でてやる。

カナンに対しては非常に冷たくなったリンカだが、サイラスに懐いているという態度を変えることはなかったのは救いであった。

むしろ子どもっぽさが抜けたリンカの言動に、かつてとはまた別の理由で胸を鷲掴まれるサイラスである。

しかし、そうなると恐ろしいのがカナンの嫉妬だったが、何故か彼は依然ほどサイラスを睨むこともなくなったのだ。

その理由は、もちろんリンカにあった。


「仕事は今日は全部終わらせてきた。どうだ、遊びに行くなら連れてってやるぞ」


サイラスの提案に喜んだリンカが、勢いをつけて飛びつこうとするも、すぐに何かに阻まれるように動きを止めてしまった。

眉尻を悲しげに垂れさせて、上目遣いに見上げる様は、カナンでなくとも、何でも聞いてあげたくなるようなもので。


「・・・ちょっと、無理みたい・・」


「・・・・カナン・・」


「なんですかサイラス」


リンカの腰に腕を回して彼女の妨害をしているのは、誰であろうカナンであった。

先程は華麗にカナンの手を避けたリンカだったが、一度や二度の拒絶に屈するカナンではない。

そもそも、カナンの嫉妬がサイラスへと向きにくくなった最大の理由は、リンカのカナンに対する態度が冷たくなりはしても、逆に触れさせてくれるようになったからだった。

正気に返ったリンカは、カナンから逃げることを止めていた。

むしろ無駄な抵抗は早々に諦める様になっており、それがカナンにとっては都合の良いことだったのだ。

今も大して拒絶しないリンカの腰に腕を回して彼女の行動を制限している。

リンカはサイラスとの会話の途中で、カナンの手が延びてきたことに気付いていたが、とりあえず無視していたのだった。

サイラスはもはや力の入らなくなった四肢を投げ出して、ソファにどっかりと腰を下ろすと、疲れ切ったように大きな溜息を吐く。

リンカの成長を嬉しく思う反面、親友の退化ぶりに涙が止まらない。


「お前は一体何をしてんだよ・・」


「リンカに抱きついていますが何か」


「何かじゃありませんよこの変態。いい加減放してください、邪魔です」


泣きたいのを堪えつつカナンに問いかけたサイラスだったが、あまりにもなカナンの返答に、ついに頭を抱えてしまった。

最近では、リンカが拒絶らしい拒絶をしない為、助長している節がある。

が、それでもこれは酷いのではないかとサイラスは瞑目しながら思った。

月下の麗人とまで称えられた男が、一体を何をしているのだろう。

リンカは心底鬱陶しそうに、すり寄ろうとするカナンの顔を片手でつっぱっている。

この光景を見ているのは己1人であると知っていても、何故か非常に悲しくなるものなのだ。

なにを一体どうしたらそうなるんだ、とこの3年半、幾度問い詰めたかわからない。

もともと、大なり小なり酔狂を好む性質であると知っていたが、以前の彼は確かに常識人と言っても良い人となりであり、かつ周りに慕われている賢人として名を馳せていたのだから。

あまりにも悲壮感漂うサイラスを見かねて、リンカが声をかけた。


「サイラス・・気にしたらダメだと思うの。元気出して」


「そうですよ、何を悲しんでいるのか知りませんがそんなしけた面似合いません」


「誰のせいだと思ってるんだ」


優しいリンカの慰めに心癒されていると、当の原因からも言葉をかけられ、思わずサイラスは撥ねつける様に言い返した。

何が悲しくてこんな思いをしてるのか、わかっているのだろうか。

きっと、わかっていて敢えて言っているのだろう。

リンカを抱きしめながら、カナンはにやにやと笑っていた。

サイラスはその顔を見て無性に苛立ったが、カナンを敵に回しても良いことはない為、早々に諦めた。

どれだけ変態と言われていても、結局この男に敵うものはいないのだ。


「カナン、いい加減離れて。鬱陶しい」


「嫌です。いくらリンカの頼みでもこればっかりは聞けません」


「仕事は?」


「明後日分までは終わらせてきました。それ以上は部下に制限を設けられています」


「・・・あ、そ」


逃げても逃げても、へばりついてくるカナンに、リンカが匙を投げた。

抵抗するだけ無駄であると思うと何故か非常に腹立たしいが、致し方ない。

サイラスの向かいのソファに腰かけたカナンに引き摺られるようにして、自身も腰を降ろした。

膝に抱え上げられ、後ろから抱き締めつつ、リンカにちょっかいを出してくるカナンを意識から締め出す。

諦めは、肝心だ。

これ以上するようなら黙ってはいられないが、カナンはそれ以上のことはしてこない。

それはリンカが嫌がるからに他ならないが、それ故にリンカはある程度までは許すことにしたのだ。

リンカが死ぬ気で嫌といったことは、絶対しない。

逃げていた間も本気だったと思ったが上には上があるものだ。

カナンとリンカの妥協出来るラインは、ここまでだとお互いに承知しているからこその今である。

傍から見れば、天女の如き美しさを持つ青年に抱き締められるのは、周りの人間からすれば垂涎ものの願いなのかもしれないと、最近は余裕が出来たせいもあってそんなことを考えられるまでに成長した。

リンカにとってはかなりどうでも良いことであるし、出来れば勘弁願いたいことなのだが、見た目が見た目だ。

黙っていれば、100人が100人、胸を撃ち抜かれても可笑しくはない美貌である。

おまけに、リンカにとっては変態でしかないが、カナンに憧れて彼の下で働きたいと志望する若者は多いと聞く。

本人にすれば不本意であるが、そんな彼にまとわりつかれているリンカは、密かに憧れの的となっていた。


愛されてる、というわけではないと思っている。


けれども、どうしてここまで執着されるのかはわからない。


思い返せば、ここに来た経緯すらリンカには到底理解出来ない方法だったのだ。

そして、あの誰とも知れぬ、『声』の正体も未だにわかっていない。

カナンが何かしら知っているようだったが、初日に受けたあまりの衝撃でその辺を有耶無耶にしてしまい、今日まで至ってしまった。

この際だ、聞いてしまうのもありなのかもしれない。


今が好機であると見たリンカは、カナンとサイラスを見つめながら、口を開いた。

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