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中編 そのに

「・・・ちょっと、いい加減にしてくださいません?あなたがた」


金髪美少女の吐く嘆息は、酷く申し訳ない気分になるものだと、初めて知った。

しかしリンカには、それに対して今はどうしようもなかった。

現在、自身の貞操を掛けた鬼ごっこの最中なのである。

死んだって捕まるわけにはいかなかった。


「だっだだって・・追っかけて・・来る、のが悪いっ!!でもごめんねティラ!」


「リンカ、いい加減止まらないと目を回してしまいますよ。

 ほらほら、ティラも鬱陶しそうな顔をしているじゃないですか。

 もうその辺で立ち止まったらどうなんです?」


「誰のせいだと思ってんだよぉおおお!うわぁあんもう来るなー!!」


「リンカが止まって下されば私も止まりますよ」


「嫌だよ!絶対捕まえて放さないつもりでしょーがっ」


「それは勿論。サイラスの居ない今がチャンスなんですから」


「何がチャンスだよばかやろー!やだやだやだっティラぁああ助けてー!!」


自分の周りでぐるぐると追いかけっこを繰り広げる2人を尻目に、美少女は更に深い溜息を吐いた。

リンカは傍目に見ても限界が近そうであるのに、尚も足を止めようとはしない。

そこまで嫌か、と美少女の目が細まったが、しかしそれとこれとはまた別の話である。


「あぁまったく、サイラス様の普段のご苦労が偲ばれますわ」


そんなことを呟きつつ、一つ息を吐いたあと、腹に力を込める様に短く息を吸った。

それから美少女はくるっと身体を反転させると、ちょうど対面する形になったリンカの後ろ首のあたりをがっと掴み、動きを止めることに成功した。

リンカより華奢なはずの少女の、何処からこんな力が出ているのかさっぱりわからないが、この美少女は見た目にそぐわぬ膂力が備わっているのだった。


「ひえっ!?」


悲鳴を上げながらも、首元を掴まれたリンカが猫の子のように大人しくなる。

そこへ、嬉々とした表情を浮かべながら近寄ってくるカナンに、ティラは無情にもそのまま押し付けたのだ。

無論、カナンはそのままリンカをがっちり確保したあと、放そうとはしない。

思わぬ裏切りに一気に蒼白になったリンカは、慌ててティラに抗議した。


「ちょっティラひどい!何するのぉ!?」


「こんな変態でも、一応はわたくしの上司なのよ。

 ごめんなさいね」


ティラは、サイラスの従妹にあたるが、その前にカナンの護衛兼側近なのだ。

ちなみに年はリンカと同じだと言うから、全く神様は二物も三物も1人の人間に与えすぎだろうと思う。

幼いころから共に過ごしてきた幼馴染の間柄でもあるので、ティラが基本カナンを敬うことはないのだが、身分で言えば彼女の方が下になる。

サイラスに保護されて一週間目に、ティラはリンカの元へ連れてこられた。

男ばかりに囲まれているより、同性が側に居た方が良いだろうというサイラスの気遣いである。

それから、見た目に反して漢らしいティラにリンカはすぐに懐き、彼女の方も満更ではないようで、度々こうして遊びにきてくれるのだった。


「それに、町に行く間くらい我慢なさい。

 もうだいぶ無駄に時間を過ごしたのよ。

 これでは何のためにわたくしがきたのかわからないわ」


「だっだからってぇええ・・・!!」


「わたくしが居る間は襲ったりしませんわよ、ねぇカナン様」


「えぇ、こうしているだけで今は満足です」


「ですってよ。良かったわね」


「良くない良くないよっティラ待って!カナンは降ろして!歩けるってば!!」


抗議し続けるリンカの言葉など、前をさっさと歩いて行くティラも、リンカを抱き上げたカナンも聞いてはくれることはなかった。

そして、その3人の姿を上部にある窓から見下ろしつつ、サイラスが頭痛を耐えるように溜息を吐いていたことは余談である。





「わぁ、すごいっ・・・さむ!痛いってゆーかデジャブ!!」


外に出た途端、刺さる様な空気の冷たさに、思わず身近の温もりに縋ってしまった。

自らひっついた手前なんとも言えないが、どうにもぞわぞわと背筋を這い上る感覚に悶える。

しかしここで再び手を放して、寒さに苛まれる気にはなれなかった。

出てくる前に、もこもこの外套を着込んでこの有様である。

あまりの寒さに、フードを目深に被り縮こまった為、楽しみにしていた街の雰囲気も外観も人々さえもまったくわからなかった。

半袖シャツとスカートといった井出達でこちらに来た自分は結構本気で死が近かったのかもしれないと、今更血の気が引く思いだった。

カナンは珍しく縋ってきたリンカにこれ幸いと、嬉々として密着度を上げつつ、迷いのない足取りで尚も道を進む。

その前をずんずんと勇ましく、金髪美少女が先導しているのが目に入る。

しかし、大人しく運ばれながら、無意識の行動とは言え浅慮すぎたかもしれないとリンカは思った。

普段寒い時、サイラスにくっついていた弊害が、ここで出るとは。

館の内はいつも暖められてはいるが、やはりうっすら寒いときがある。

そういったときは、サイラスにくっついているとちょうど良い温かさなのだ。

筋肉は熱を発していることを実物で証明しているようなものである。

リンカに甘いサイラスが何も言わずに置いてくれる為、助長してしまったのかもしれない。

見た目に反して筋肉の綺麗についているカナンもまた良い保温材であることは認めよう。

しかし、やはりこれはいただけない。

何しろ子どものように腕に抱きあげられている為に、非常に顔と顔の距離が近いのだ。

いくらなんでも身の危険を覚えずにはいられない。

そんなことをつらつら考えていたリンカは、先を行くティラが立ち止まったことに気付いて、きょとりと首を傾げた。


「ティラ?」


「一旦、こちらのお店に入りましょう、ちょっと吹雪いてまいりましたわ」


「そうですね、行きますよリンカ」


「ちょっうわ」


くりっと方向転換されたリンカは、慌ててカナンの首に縋りつき、内心でまた怯えるリンカである。





「・・・カナン、いい加減降ろして」


店は食事処だったらしく、温かなで良い匂いがした。

特に案内されるといったことなどはなく、ティラがさっさと席を取ると、カナンもそれに倣う。

そこまでは良かったが、その後からカナンの奇行が始まった。

さっと椅子に座ったかと思うと、その膝にリンカを降ろし、そのまま腕で固定してしまったのだ

リンカがどれだけあがこうがびくともしない。

散々抵抗した後力尽きたリンカが、呻くようにカナンへ声をかけた。


「何故ですか?くっついていたほうが温かいでしょう」


「あんたとくっつくくらいならティラと一緒に居る!ティラっ」


「嫌ですわよ」


「なんで!?」


すっぱり期待を断ち切られたリンカが、悲壮感を漂わせながらティラを問い詰める。

最後の希望すら手元から飛び去っていくのかと、本気で泣きかけたリンカである。


「いかに変態であろうとも、上司に逆らう気はありませんわ。

 それにリンカを与えておくと大人しいんですもの。

 悪いけれどしばらくそのままでいてくださいな」


しれっと言い放ったティラのあまりの言い草に、リンカは絶句して固まった。

そうして、その日は結局吹雪が強くなってしまった為に遊ぶことすら断念する破目になり、ショックで動けないまま、大人しくカナンに運ばれたのだった。







「おかえり、楽しかったか?・・・って、おいおい、どうしたリンカ」


「・・・・」


館に着いて即カナンの腕から逃れたリンカがとった行動は、まずサイラスにひっつきに行くことだった。

リンカが帰ったと見るや、椅子から立ちあがって出迎えたサイラスの腰に、黙ったまま縋りついた。

そんなリンカに驚きつつもいつものようにあやすサイラスを、追いついてきたカナンが悔しげに睨む。

一番最後にサイラスの執務室へたどり着いたティラが見たのは、サイラスの腰にへばりついて顔を伏せるリンカと、そんなリンカをくっつけてあやしながら苦笑するサイラスと、2人を物欲しげに見つめる美貌の上司の姿だった。

せっかく開けた扉をすぐにぱたりと閉じてしまったとて、ティラに罪はないように思えた。

誰だとてこんな空間に居たいとは思えないだろうから。


「只今帰りました、サイラス様」


「あぁ、おかえりティラ。悪かったな、こんな天気の中」


何事もなかったかのようにして再度部屋に入ってきたティラが、サイラスへ帰宅を告げる。

サイラスはそれにまた苦笑を零しながらも、労いの言葉をかけた。


「いえ、途中で切り上げましたから問題ありませんわ。

 それよりサイラス様、お仕事は終わりまして?」


「ん?あぁ、ようやくな」


唐突な質問に、サイラスが目を瞬かせながらも、素直に答える。

ティラは小さく微笑むと、依然サイラスの腰にひっつきむしとなっているリンカへと声をかけた。

伏せていた顔をあげたリンカは、完全に不貞腐れた顔をしていた。


「そうですか。でしたら、リンカ」


「・・・え?」


「わたくしは今日はこれで帰ります。

 その代り、サイラス様が夕食時までお相手して下さるそうよ。

 あ、そうそう、カナン様も置いて行きますから、そのつもりで」


「それは持って帰ってよ!」


「嫌よ」


ティラの台詞に間髪いれず返したというのに、その返答もまた素早かった。

そしてこうと決めた彼女が一切譲歩してくれないことも、この半年の間で既にリンカは知っていた。

が、しかし、期待しないでいるということは存外難しいのだ。

断られても、一縷の望みにかけてティラを見つめていたリンカだったが、それを感知することなくティラはあっさりと館を後にしてしまった。

毎回パターンは違えど、ティラに振られる形になるリンカである。

そろそろ学習しても良いころだろうにとは思っても口に出さない青年2人は、ただ黙ってリンカの動向を見守るのみであった。


「サイラス~・・・」


「よしよし、ほら来い」


悲しげに、へにゃりと眉根を下げたリンカは許しを得てサイラスにへばりつき、カナンはそれを見て妬ましげに唇を噛む。

ここ半年で見慣れてしまった光景に、最初は動揺していた館に勤める侍女や下男達は、今では見て見ぬ振りをするようになった。

その事実に、主であるサイラスはなんとなく物悲しくもなるのだが、しかし下手に注目されるよりは断然良いことであると知っていた為、敢えてそのままにしておいている。

サイラスは本日何度めかの苦笑を零したあと、リンカの頭を優しく撫でてやると、くっついていたリンカの体温が若干上昇していることに気がついた。


「リンカ?眠いのか」


「・・んん~」


赤ん坊は、眠くなると体温が高くなるという。

リンカもそれと同じ体質で、始終くっつかれているサイラスはリンカの眠気をそれで測るようになっていた。

問いかけるサイラスに、リンカはぐずるように甘えるような声を出す。

そんな光景を目の前にして、触れることも容易に許されていないカナンの顔が鬼のようになっても、リンカがそれに頓着することはなかった。

つくづく美貌が台無しだよなと、サイラスはカナンと目を合わせないようにしながら内心でそんなことを思うのだった。

ティラは見た目乙女の男前。

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