追放された悪役令嬢が「どストライク」~王都でブサイク扱いされた彼女、俺には女神です~
俺の領地、ポンポコ領は一言で言って最悪だ。
いや、最悪というか、地図の端っこすぎて羊すら脱走を諦めるレベルの荒野である。
田畑は実らないが、妙に頑丈なトゲトゲの雑草だけは元気に生い茂っていて、
毎朝あれを踏むたびに俺の靴底は着実に削れていく。
ちなみに魔物は出ない。
魔物への防波堤を、うちなんかに担当させたら一瞬で国滅びるからな。
そんなド辺境に、王都から荷物が届いた。
荷物と言っても木箱ではなく、馬車から転がり落ちてきたのは一人の女だ。
名前はセフィリア。
王子の元婚約者であり、王都の貴族どもが
「あの悪女は顔面すら見るに堪えん」と口を揃えて罵倒していた、
噂の『激ヤバ悪役令嬢』だった。
「……い、痛いのです……」
土に顔を突っ込んでいた彼女が、ノコノコと起き上がる。
その瞬間、俺の脳内に電撃が走った。
なんだこれはっ。
髪は針金みたいにボッサボサ。
肌は健康的とは程遠い土気色。
そして何より、眉間に深く刻まれた、世界中の不幸を凝縮したような凶悪なシワ。
目つきに至っては、道端の生ゴミを漁るカラスを威嚇する野良猫そのものだった。
世間の奴らはこれを『ブサイク』と呼ぶらしい。
正気か?
めちゃくちゃ最高じゃないか。
俺は昔から、誰も見向きもしないような骨董品屋の隅にある謎の金属片とか、
形が歪みすぎて投げ捨てられた粘土細工とか、
そういう『歪み』を感じる造形に目がなかった。
王立学院時代、王子のアルフレッドに
「お前、絶対いつか変な壺とか買って家を傾けるタイプだろ」
と呆れられたことがあるが、あのクソ王子、どうやら俺の性癖は完全に理解していたらしい。
「あなたが、オッドボー男爵ですか」
セフィリアは掠れた声で言った。
威圧しようとしているのだろうが、声が裏返りかけている。
可愛い。
死ぬほど可愛い。
俺は顔の筋肉が緩みそうになるのを、学院時代に培った
『上級貴族におべっかを使う時の表情筋コントロール術極み』
で必死に抑え込んだ。
ここでニヤついたらただの変質者だからな。
「ええ、まあ。僕がこの地の領主、レオンです。ようこそ、我が凄惨なる楽園へ」
「……あらかじめ言っておきますけれど」
彼女は泥がついたドレスの裾を強く握りしめた。
「私は王子殿下を毒殺しようとした罪でここへ送られました。ご覧の通り外見もこのように見苦しく、性格も歪みきっています。あなたに妻らしいことをするつもりはありませんし、もし私を虐待するなら、夜中にあなたの喉笛をこの爪で引き裂くやもしれませぬ」
威嚇のレベルが食肉目ネコ科のそれだった。
だが、俺は彼女の鋭い爪を見て
『あ、これで背中掻いてもらったら気持ちいいかも』とか考えてしまった。
思考が脱線しかかったのを自覚して、慌てて「コホン」と咳払いをする。
そう、今はシリアスな場面だ。
「あー、なるほど。毒殺ですか……」
「信じないのですか?」
「いや、アルフレッド……あ、殿下のことですが。あの人、先月も自分の誕生日パーティーで『カステラに毒が入っている気がする!』って騒いで、毒見に全部食わせてから『ただの焦げたバニラエッセンスの味だったっぽい』って笑ってたような鬼畜じゃないですか。だからあなたが毒を盛ろうとしたとしても、絶対あの人が原因作ってるんじゃないかなと……でも盛ってないんでしょ?」
セフィリアがポカンと口を開けた。凶悪な眉間のシワが、少しだけ緩む。
「あの人はね、頭が良すぎるんですよ。良すぎて一周まわって頭がおかしい。今回のこともそうだ。あなたみたいな自称危険人物を僕みたいな弱小領主に押し付けたら、普通は領地なんて上手く回らないでしょ? でもあの人はわかってるんだ。『レオンならギリギリで破綻させずに回すだろう』って。僕を何だと思ってるんですかねマジで。まあ僕もメンタルだけは確かに厚揚げですけど」
口から出た言葉は愚痴だったが、心の中は
『さすおじ(流石王子)』という感謝でいっぱいだった。
ありがとうアルフレッド。
あんたが俺の『マニアックすぎるフェチズム』を正確に把握した上、
宮廷内の力関係と俺の婚約者探しを同時に解決する神采配を振るってくれたおかげで、
俺の人生は今、かつてないほど輝きはじめている。
「あの……レオン様?」
「ん? なに?」
「なぜ、そんなに嬉しそうなのですか」
「え?」
「私を……見つめて、口元がヒクヒクしています。やはり、私を嘲笑っているのですね!?」
やばい、漏れていた。
おべっかスマイルじゃ隠しきれんかった?
セフィリアは警戒感を露わにして、懐から何かを取り出した。
小さなナイフだ。
おいおい、どこに隠してたんだ?
その豊満な——いや、皆まで言うな俺。
「近寄らないで! 私は悪役令嬢です! この国を揺るがす恐ろしい女なのです!」
彼女がナイフを構えて身構える。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
(あ、ダメだ。可愛すぎる)
俺は一歩踏み出すと、ナイフを避けるどころか、
自らその刃先に向かって頸を押し付けた。
「な、なにをっ!?」
セフィリアが悲鳴を上げた。
ナイフの刃が当たり、ちくっと軽い痛みが走る。
血がほんの少しだけ滲んだが、そんなことはどうでもいい。
俺は彼女の手首を優しく、しかし絶対に逃がさない執着を込めて掴んだ。
「セフィリアどの」
「は、はい!?」
「あなたのその、手入れの行き届いていないボサボサの髪。まるで冬を越すために必死で作った小鳥の巣みたいで、すごく素敵だ」
「はい???」
「あとその目つき。目の下にうっすらクマがあって、世界全体を疑っているようなその鋭い視線。最高だ。僕、昔から『絶対に懐かない野良猫』にちょっかいを出すのが大好きなんだ。あなたのその顔、100点満点中100000点くらいある」
「な、何を言っ……あなた、頭がおかしくなったのですか!?」
「前世からです! たぶん運命的にアレな感じで」
俺は叫んでいた。
自分でも何を言っているのか分からない。
だが、言わずにはいられなかった。
王都の奴らはアホばかりで、
化粧で塗り固めた人形みたいな女ばかりを有難がっているが、
本物の美はこの泥臭さの中、今まさに此処にあるのだ。
セフィリアはナイフを握ったまま、完全に固まっていた。
真っ赤になった顔を泥で汚しながら、目を丸くして俺を見上げている。
凶悪だった悪役令嬢の面影はどこにもなく
『突然変人(変態)に求愛されて困惑している只の女の子』がそこにいるだけだった。
「あ、それと」
俺は彼女の手からナイフをひょいと取り上げ、自分のポケットに突っこんだ。
「この領地、マジで終わってるんですよ。あなたが『悪役令嬢』として培った裏のルートとか、王都の貴族の弱みとか、そういうの全部使って領地経営を手伝ってほしい。僕はおべっかと土下座しかできないんで、実務はあなたが頼みの綱です」
「私に……仕事を……?」
「そう。僕たちの共同作業。アルフレッドのやつ、絶対『あの二人が組んだら辺境の財政持ち直すだろ』って計算の上で、あなたをここに送ってきてますよ。あの男の掌の上で踊るのは腹が立つけど、まあ、結果としてあなたが僕の嫁になってくれるなら、喜んで踊り狂いますよ」
セフィリアはしばらく無言で俺の顔を見つめていた。
風が吹き、彼女のボサボサの髪がふわリと揺れる。
トゲトゲの雑草が俺の足元を刺す。相変わらず最悪の環境だ。
やがて、彼女は深々と溜め息をついた。
その溜め息は、ほんの少しだけ安心したようにも見える。
「……あなた、本当に愚かですね」
「よく言われます。特に学院時代は、アルフレッドに毎日言われてた」
「……王子殿下がこの国を収めていると思うと、未来が恐ろしいですわ」
「はは、大丈夫ですって。あの人、判断力も行動力も、あと自分を正当化する言い訳も天才的ですから。多分、この国の未来は安泰ですよ――いろんな意味で」
セフィリアはふっと小さく笑った。
その顔は、王都の誰が見ても『ブサイク』なんて言えないくらい愛らしかった。
よし。
とりあえず今日は、彼女のために一番マシな部屋を、もう一回掃除する!
それから王都のアルフレッド宛てに、お礼の手紙を書こう。
『最高の嫁をありがとうございました。でも次の無茶振りは最低半年は待ってください』って。
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