6 麻子の朝のジョギング
朝の空気は、まだ夜の名残を少しだけ抱えていた。
桜広場の舗道には、薄く朝露が残っている。踏みしめるたび、スニーカーの底がかすかに湿った音を立てた。
麻子は腕時計をちらりと見る。
午前五時三十二分。
家を出るとき、母はまだ眠っていた。台所の時計だけが静かに秒を刻んでいて、妙に悪いことをしている気分になった。
「……よし」
小さく息を吐き、走り出す。
今年の運動会。
クラス対抗リレーで、麻子は真司にバトンを渡す。
そして――真司はハヤトにアンカーをゆずり、中盤を走る。
去年、一年生のとき。 麻子はD組で走り、真司はA組のアンカーだった。
直接話したことなんて、ほとんどなかった頃。
それでも覚えている。
最後の直線。 歓声の中を、真司がまっすぐ前だけ見て走っていた姿を。
速い、というより――迷いがなかった。
(少し間)
(あんなふうに走れたら)
そう思ったことだけは、はっきり覚えている。
そして今。
同じクラスで、同じリレーを走る。
(少しでも――)
足を引っ張りたくなかった。
(今年は……)
息が少し上がる。
(少しでも、ちゃんと渡したい)
誰にも言っていない。 もちろん真司にも。
知られたら絶対にからかわれる。
桜並木の下を走る。
秋の桜広場の12本の桜の木は木の葉に紅みが差している。桜の花の代わりに中央のコスモス畑のコスモスたちのつぼみがこれから開こうとピンク色、白色、ワイン色とふくらみかけている。
そのとき。
「朝から頑張ってんな」
背後から声がした。
「――えっ!?」
麻子は思わず立ち止まった。
振り返る。
そこにいたのは――真司だった。
「し、真司!? なんで!?」
「なんでって……普通に走ってただけ」
ジャージ姿の真司は、少し照れくさそうに頭をかく。
「麻子こそ。こんな早くから何してんの」
「べ、別に!」
反射的に否定してから、しまったと思う。
真司はにやっと笑った。
「リレーだろ?」
「……!」
「分かりやすすぎ」
麻子は顔が熱くなるのを感じた。
「……悪い?」
「いや。むしろすげーと思った」
真司はそう言って、自然に麻子の横へ並んだ。
「走るんだろ?」
「……うん」
二人は再び走り出す。
真司は今年は麻子と同じクラスなので、最近の麻子は何だか授業中もいつも眠たそうだなあと思っていた。
そして、真司お得意の推理で、リレーに向けて麻子は朝にジョギングしている。場所は麻子の家の近所の桜広場だと見当をつけ、今朝、真司も自宅から桜広場までジョギングしてくると、やっぱりいた! 真司の推理はビンゴだったというわけだ。
朝の広場には、犬の散歩をする老人が一人いるだけだった。
しばらく無言が続く。
靴音だけが並ぶ。
やがて真司がぽつりと言った。
「……陸さ」
「陸?」
「うん」
真司の声は、少し低かった。
「この前、あいつん家行ったんだ」
「え? 友達だったの?」
「いや……まあ、成り行き」
曖昧な言い方だった。
真司は前を見たまま続ける。
「なんかさ。あいつ、家でも透明みたいだった」
「透明?」
「いても、いないみたいな感じ」
麻子は言葉を探したが、何も言えなかった。
朝の風が吹き抜ける。
「母親、めちゃくちゃ疲れててさ」 「怒ってるとかじゃないんだよ。ただ……余裕がないっていうか」
真司は小石を避けながら走る。
「だから余計、誰も悪くない感じで」
少し笑った。
けれど、その笑いは軽くなかった。
「でもさ」
真司は続けた。
「それでも、言わなきゃダメなことってあると思って」
「……うん」
「俺、ちょっとだけ抗議した」
「えっ」
麻子は思わず真司を見る。
「真司が?」
「そんな驚く?」
「だって絶対面倒くさがるタイプじゃん」
「ひどくね?」
二人は少し笑う。
走るペースが自然に揃っていく。
「……あいつ、びっくりしてたよ」 「誰かが自分のことで怒るって、思ってなかった顔してた」
真司の言葉は静かだった。
「届いたかは分かんねーけどさ」
桜の紅葉が風に舞って麻子の肩に落ちた。
麻子はそれを指で払う。
「届いてるよ、きっと」
自分でも驚くくらい、迷いなく言葉が出た。
「真司、たまにちゃんとするもん」
「“たまに”余計」
笑い合う。
息が弾む。
朝日が少しずつ広場を照らし始めていた。
「……なあ麻子」
「なに?」
「今年のリレー」
「うん」
「ちゃんと受け取るから」
真司は前を向いたまま言った。
「だから全力で来いよ」
麻子は一瞬、言葉を失う。
胸の奥が少し熱くなる。
「……言われなくても」
少しだけスピードを上げる。
「置いてくよ?」
「おい待て!」
二人の足音が、朝の桜広場に軽く響いた。
初秋の朝の少しひんやりした風が、二人の後ろで静かに舞った。
この回は、アイデアを出してAIが書いたものを加筆修正しました。
私もそうですが、走るのが遅い人はかけっこなら自分だけのことなので、ビリでも大丈夫ですが、リレーは責任を感じますよね。




