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長屋のきんじ・・・新作落語

作者: スナフキン
掲載日:2026/02/23

     長屋のきんじ



仁兵衛「ごめん お邪魔しますよ」


錦次 「はい どちらさんでっか?」


仁兵衛「大家だよ 今日からここに住むのは 

    あんただね 

    宮大工の棟梁からたのまれてね 

    上方から一人職人を呼んだから 

    部屋を一つ貸してくれないかと

    言われてね ちょうど先週 

    この部屋の住人が引っ越したんでね 

    棟梁には部屋を見せたんだけどね 

    どうだね ここでいいかね?」


錦次 「ああ 大家さんですか すんまへん 

    お初にお目にかかります 

    大阪のほうで宮大工をしております 

    きんじと申します」


仁兵衛「え?ありゃ・・・ 

    あんたも きんじさんかい?」


錦次 「え?大家さんも 

    きんじさんですか?」


仁兵衛「いやいや わたしゃ仁兵衛だよ 

    でも・・・ きんじねぇ・・・

    名前変えるつもりはないかい?」


錦次 「え?いや 親につけてもらった

    名前でっさかい 

    変える予定はありまへんけど」


仁兵衛「そうかい まぁいいけどね 

    で・・どんな字を書くのかね?」


錦次 「はい にしきに 

    つぎと書いて錦次です」


仁兵衛「そうかね 錦に次ぎ 

    まあ これが幸いだね 

    ところで一人もんだと

    聞いてましたがね 

    その赤い着物はなんですかね? 

    後から誰ぞ

    越してこられますかね?」


錦次 「いや これは 

    大家さんが 来はる前に 

    仕立て屋さんが

    持ってきはりましてね 

    八軒長屋のきんじさんのお宅は

    ここですかと言われたんで 

    はいそうです っていうと 

    置いていきよりましてな 

    代金はもらってるって

    ゆうてるさかい 

    はぁそうですかって

    受け取ったんですけどね」


仁兵衛「なるほどね 

    で・・・その焼き鯛は?」


錦次 「いやぁ これも 魚屋さんが 

    おめでとうございますって 

    持ってきはりまして 

    おめでとうございます?

    何が?と思たんですけどね 

    ひょっとして 棟梁からの

    引っ越し祝いやないかと思いまして 

    受け取りました」


仁兵衛「なるほどね だれだろね?」


錦次 「なるほどねって 

    さっきからなんですか?

    ええ?ひょっとして 

    大家さんは何かご存じで?」


仁兵衛「いやね 私はね 健康のためにも 

    この八軒長屋の出来事にはね 

    かかわらんようにしてますんでね

    とりあえず 

    店賃は月末に集金に来ますんでね 

    おねがいしますね 

    はいはい 

    火の始末もお願いしますね 

    はい では さようなら」


 大家さんが帰った後

ひょこっと顔を出したのが隣に住んでる 

やさ男でして なぜかニヤニヤしながら

入ってまいります


金次 「聞いたよ 聞いたよ 

    大阪からだって?宮大工だってぇ?

    ひとりもんだってねぇ」


錦次 「あの どちらさんですか?」


金次 「おれかい?おれは 

    ここの隣に住んでる 

    きんじってんだよ よろしくな 

    みんなからわよ 遊び人の金さん

    って呼ばれてるんだよ 

    ちょと見てくれる 

    俺の自慢の彫り物 肩んとこから 

    背中一面に桜吹雪 しかも夜桜 

    どうだい きれいなもんだろう」


錦次 「いや どうでしょうね 

    大阪にはそんなん

    ごろごろおりまっさかい

    なんとも思いません それよりも 

    きんじ?あんさんの名前も 

    きんじってゆうんですか 

    ああ なるほど わかりました 

    これかぁ さいぜん大家さんが 

    ゆうてはりましたわ 

    なるほどそりゃ 

    きんじが二軒つづいてたら 

    ややこしいですわな なるほどね 

    で どんな字を書かれるんですか?」


金次 「おれかい? 

    きんに つぎって書くんだよ 

    よろしくな」


錦次 「なるほど これか 

    大家さんが

    これが幸いっていってたんわ 

    ああ なるほど 

    がてんがいきました

    ちなみに わたいのきんじは」


金次 「知ってるよ 聞こえてたよ 

    錦の次だろ 知ってるよ 

    ここの壁は薄いんだよ 

    だから壁に耳あてたら 

    なんでも聞こえちゃうんだよね」


錦次 「それは盗み聞きちゃいまっか 

    壁のせえやおまへんがな 

    あっ まてよ あっわかった 

    きんじさん いや金さん 

    これあんさんのとちゃいますか 

    ほれ この焼き鯛 

    魚屋が家間違えて

    もってきよったんですわ 

    どうぞ お持ち帰りください」


金次 「おお こりゃうまそうな鯛だね 

    知ってるかい 鯛のむなびれを

    こうやって引っこ抜いてね 

    こうやって食うとね 

    ほら鯛の形の骨が出てくるんだよ 

    これが鯛の鯛」


錦次 「へぇ~って 

    そんなんどうでもよろしい 

    あんさんの鯛でっさかい どうぞ 

    もって帰っておくんなはれ」


金次 「え?いいの?ありがとう 

    でもなんで俺のだとわかったの? 

    おれ頼んでないのに 

    鯛をくれるような友達もいねえし」


錦次 「え?ちょっと ちょっと返して 

    あんたやないの? 

    え?これほな だれのやろ?」


金次 「鯛で祝い事って この長屋だと 

    ああ 髪結いんとこじぁねえかな?

    昨日 カミさんが

    ガキを産んだって騒いでたからよ」


錦次 「へぇ そうですか 

    でも金次さん所に

    鯛が届いたんでっせ 

    関係おまへんがな」


金次 「髪結いの亭主も きんじだよ」


錦次 「え!なんで?その人も きんじ」


金次 「そうだよ なんでかは知らないよ 

    たまたまだよ たまたま 

    家は向かいの列の一番奥だよ 

    この鯛 持っていったら

    喜ぶよ きっと」


錦次 「ああ そっか出産祝いの鯛かいな

    どないしょ 胸びれのとこ 

    ごっそり穴開いてしもたがな 

    どないしょ・・・

    あっそや ひっくり返したら 

    わからんかもしれんな 

    よいしょと わぁ!

    こっちも むなびれ無くなってる!

    ちょ ちょっとあんた 

    なに食べてますねんな返しなはれ」


金次 「ああ俺の鯛の鯛」


錦次 「あんたのとちゃいます 

    ああ あらどうしょうもないな 

    困ったな」


金次 「あきらめよう 

    ここには届かなかったことにしてさ 

    二人で食っちまおうよ

    そのほうが丸く収まるよ」


錦次 「あきまへん 

    なにゆうてまんねんな元はといえば 

    あんたのせいでっせ 

    どうしまんねんなこれ」


金次 「悪かったよ じゃ お詫びに 

    きんじには これあげるからさ 

    これで勘弁してくれよ」


錦次 「え?あら こりゃまた

    立派な煙草入れで 

    金細工に螺鈿の桜 

    根付の鼠は 

    これは三浦屋も立川流ですね 

    こんな立派なもん 

    いただけるんですか 

    ありがとうございます」


金次 「あんたにじゃないよ 

    髪結いの亭主の勤二にだよ」


錦次 「ああ やっぱり おんなじ長屋に

    三人も同じ名前の人がおったら

    ややこしいですね 

    ほな 届けてきまっさかい 

    あんたもう帰ってくれまっか」


錦次 「・・・ええと 髪結いさんの家は 

    この端の 髪結いの看板 

    おお あったあった 

    ごめんください 髪結いさん 

    きんじさん」


勤二 「はい 何でしょうか 

    あっ すいませんが 

    女房が昨日 子供産んだばかりでね 

    とうぶん髪結いは 

    お休みさせていただいてましてね 

    他あたってくださいな」


錦次 「いやいや 

    わては客やおまへんねん 

    この長屋に今日 

    引っ越してきました 

    宮大工の錦次といいます 

    今日は ご近所さんに 

    ご挨拶をと思いましてね」


勤二 「ああ そうですか 

    その話し方は上方の人ですね 

    私は髪型の人・・さよなら」


錦次 「ちょっと ちょっと

    待っておくんなはれ 

    これを受け取って

    いただきたいんですけど」


勤二 「なに?鯛?

    しかも食べかけ?いらないいらない 

    うちも魚屋に鯛 頼んでましてね 

    女房は産後だし 

    俺は魚焼けないから 

    焼いて持ってきてくれって

    頼んであるから 

    そんな食べかけの鯛は 

    ご遠慮いたします」


錦次 「ですから これが・・・それ」


勤二 「え?なに?どういうこと?」


錦次 「実は 話せば長いことながら 

    短く言いますと 

    隣の人が食べよりましてね」


勤二 「隣の人?ああ 遊び人の金さんね 

    じゃ しょうがないね 

    あの人 すぐつまみ食いするからね 

    前にうちの嫁さんに 

    ちょっかい出したから 

    塩まいた事があるよ」


錦次 「そうなんですか 

    いやうちに頼んでない

    鯛がきましてね 聞いたら 

    お隣も きんじさんなんで 

    てっきり金さんのやと思いましてね 

    ここのきんじさんだとは知らなくて 

    すみませんでした」


勤二 「いいのいいの 

    ここ きんじが多いから 

    間違えるのも無理はないよ 

    私のきんじは勤勉とか勤労の勤で

    二番の二なんですよ 

    務めるのは二の次ってことで」


錦次 「なるほど それで髪結いの亭主 

    まさに名は体を表すですね」


勤二 「ほめてないからそれ 

    あまり本人に向かって

    言わないでくれる 

    自覚はしてるけど」


錦次 「それは えらいすんまへん 

    そうそう 遊び人の金さんから 

    鯛のお詫びにと 

    これをあずかってきましたんで 

    受け取っていただけますか」


勤二 「なに?煙草入れ? 

    うちは昨日 子供が生まれたんでね 

    これを機に

    禁煙することにしたんですよ 

    だから それはいらない 

    しかも金さんからでしょ 

    ろくなもんじゃないから 

    絶対いらない」


錦次 「いや この根付は 

    三浦屋の立川流の・・・」


勤二 「そういう意味じゃないから 

    言っとくけど 

    あの人とは あまり 

    かかわらないほうがいいよ」


錦次 「そうなんですか 

    わかりました それじゃ 

    これ 金さんに返しておきます」


勤二 「そうしたほうがいいよ 

    はい じゃこれで」


錦次 「はい 失礼いたします

    そうか たばこやめたんなら 

    必要ないな

    ん?隣は なになに 

    木札に先用後利と書いてある 

    ああ 富山の薬売りの言葉やな 

    ついでに 

    引っ越しの挨拶でもしとこうかな 

    ごめん 失礼します」


今二 「はい いらっしゃいませ 

    すいません 今 

    薬をあらかた

    切らしておりましてね 

    葛根湯ならございますが 

    何服 差し上げましょう 

    ただいま一服ですと

    十六文のところ

    3つ買っていただきますと 

    四十八文に

    させていただいております」


錦次 「それ ぜんぜん 

    安なってませんがな」


今二 「あら 計算が お早い 

    あなたは寺子屋の先生ですね」


錦次 「違います 

    私は今日引っ越してきました 

    宮大工の錦次ともうします 

    いや来て早々なんですが 

    隣の髪結いのご亭主の

    勤二さんとこの届けもんが 

    間違ってうちに届きましてね 

    同じ きんじやから 

    ややこしいなって 

    ゆうとりましてね 

    じつは うちの隣も 

    きんじさんでしてね 

    この八軒長屋に三人も

    きんじさんがおったさかい 

    ややこしいなゆうとりまして」


今二 「あたしも きんじです」


錦次 「え!」


今二 「あたしの漢字は 

    今と二と書いて きんじです 

    私が生まれた時にね 

    顔が母方の ばあさんに

    似てたそうでして 

    今一つの顔の

    上を行ってるなって事で 

    いまふたつと書いて

    今二になりましてね 

    残酷な親ですわ」


錦次 「それは お可哀そうに 

    でも富山の薬なら一流ですやん 

    上方のほうでも よう効く薬や

    ゆうて評判 よろしいで」


今二 「そうですね 富山の薬は 

    よく効くそうですね 

    でも うちは違いますから」


錦次 「え?でも表の木札に

    先用後利って書いてましたけど?」


今二 「あれは富山の薬売りの人の

    真似をしただけです 

    御覧の通り あたしの薬には 

    どこにも富山の薬だとは

    書いておりません」


錦次 「はぁ そりゃまあ 確かに 

    富山とは書いとらんけど 

    なんかこう 気が咎めるみたいな

    気持ちになりまへんか?」


今二 「ぜんぜん 

    確かに あたしの薬を飲んで 

    効き目が今いち

    いや 今ふたつ 

    だという人もいますが ちゃんと

    元気になった人もいますから 

    安心してください」


錦次 「ホンマでっか?」


今二 「この薬を 日に四回 

    食後に飲んだだけで 

    だんだん福与かになっていった

    人もいますから」


錦次 「それ ただの

    食べ過ぎとちゃいますか?」


今二 「嘘だと思うなら 一ヶ月間 

    飲まれてみたら よろしい 

    さぁ これが一ヶ月分」


錦次 「いやいやいや 

    今日はご挨拶に来ただけですんで 

    さいなら」


錦次 「・・・危ない危ない 

    わけのわからん薬

    買わされるとこやった 

    しかし この長屋 

    四人も きんじがおるんかいな 

    ややこしい長屋に

    越して来てしもうたな  

    まぁ なれるしかないな 

    ・・・えっと 隣は三味線屋か 

    こんにちは」


琴司 「いらっしゃい 

    ああ すみません

    うちは女性専用で 

    男性の生徒さんは

    教えてないんですよ 

    はい すみませんね」


錦次 「いや わては 

    習い事したくて

    来たんとちゃいますねん 

    今日 向かいの角の部屋に

    引っ越してきましたんで 

    ご挨拶にと思いましてね」


琴司 「聞いてますよ 

    宮大工の錦次さんだね」


錦次 「はいそうです よくご存じで 

    大家さんから 

    きかはったんですか?」


琴司 「いや 遊び人の金さんから」


錦次 「ああ そうですか 

    あの人 いつのまにきたんやろ 

    まぁ ええわ 

    ほなそうゆうことで 

    よろしゅう お願いいたします 

    ちなみに あんさんのお名前は?」


琴司 「私は 三味線屋の優治と申します」


錦次 「ゆうじ!あんたゆうじ 

    よかった ゆうじで 

    いや この八軒長屋に 

    私を含めて四人の 

    きんじさんがおりましてね 

    どうしょうかとおもとったんですわ 

    よかった ゆうじで」


琴司 「多いでしょう ここ 

    だから わたくしは 

    優治にしたんです」


錦次 「・・・ゆうじにしたんです? 

    ゆうじにしたって 

    どうゆうことですか?

    ひょっとして」


琴司 「はい わたくしも きんじです」


錦次 「ええ! あんたもきんじ? 

    な なんで?」


琴司 「わたくしの場合は漢字だと 

    楽器の琴を司ると書きます 

    でも うちは

    御覧のとうりの三味線屋 

    三味線屋が琴では 

    ややこしいかと思いましてね 

    それに 頼んでおいた品物が

    他の きんじさんのところに

    届けられたりするんでね 

    それを避けるために」


錦次 「わかります わかります 

    その気持ち うちも さいぜん 

    頼んだ覚えのない鯛がきましてね 

    びっくりしましたわ 

    それは 髪結いさんの頼んだ

    鯛やったてことが

    わかったんですけどね 

    うちには まだ 赤いきも・・

    赤い着物!!

    琴司さん ひょっとして」


琴司 「優治です」


錦次 「そんなん どっちでもよろしいわ 

    あんさん みためが 

    しゅっとしてはるのに 

    部屋の様子は三味線の他には 

    女っ気がない 

    ひょっとして

    三味線のお稽古に通う人の中に 

    好いた おなごはんがいて 

    赤い着物を差し上げる

    つもりや おまへんか?」


琴司 「なんで わかったんですか? 

    ひょっとして 

    千里眼の先生ですか?」


錦次 「宮大工です いやあのね 

    鯛と同じように 

    たのんでない品もんで 

    赤い着物が届けられましてな 

    ひょっとして と思たんやけど 

    やっぱりでっか わかりました 

    御近所のあいさつまわりりが

    終わりましたら お持ちしますんで 

    はい ほな失礼します」


錦次 「・・・五人目の きんじがおった 

    どないなっとんねん この長屋は?

    次の家は 看板は 無し 

    んん?小さな紙に金時と書いてある

    金時豆の きんときやな 

    ごめん おってですか?」


金時 「・・・はい」


錦次 「あの ちょっと 

    ご挨拶に伺いました 金時さん 

    金時さん」


金時 「・・・勝手に開けて

    入ってきていいよ」


錦次 「勝手に? はい 

    ほな 失礼します 

    ああ おやすみ中でしたか 

    えらいすんません 

    今日 越してきました

    宮大工の錦次ともうします」


金時 「そうですか おらは昔 

    相撲取りをしてたんですが 

    しこ名は きんとき

    しかし 何年やっても幕下どまり 

    ある時 死ぬ気で頑張って

    十両までは 行ったんですが 

    相手のほうが一枚も二枚も上手 

    ひょいと投げられて 

    土俵下で力水の桶に

    腰をぶつけましてね 

    腰を痛めて そのまま引退 

    今は すぐそこの船着き場で 

    荷上げ人足をしておりますが 

    今日は痛めた腰がうずいて

    動けないので 仕事を休んで

    寝ておりました」


錦次 「ああ そうでしたか 

    それはそれは大変な時に 

    失礼をいたしました 

    金時さん どうかゆっくり寝て

    早くよくなってくださいね 

    それじゃ 失礼します」


金時 「ああちょっと まってください

    金時は相撲取の時の四股名 

    今は 親からもらった 

    名前で暮らしております」


錦次 「え? まさか」


金時 「はい 親から 

    坂田の金時のように強くなれという

    願いを込めて 金時と書いて 

    きんじと言います」


錦次 「ひぇぇ! あんたも きんじ? 

    さいなら!」


錦次 「・・・あかんあかん 

    こんなややこしいとこに

    あと三年も

    暮らさなあかんのかいな 

    棟梁に頼んで ほかの長屋を

    探してもらおうかな 

    しかし しゃないな 

    挨拶だけでもしとかんと 

    次は この端の家は 

    なんやこの木札 裏を見よ 

    なんや? なんも書いてないで 

    けったいな看板やな 

    まあ ええか 

    ごめん あれ?誰もおらん 

    留守かいな 

    まあええわ これで 

    こっちの並びは終わりやな 

    そうそう この煙草入れ

    金さんに先返しとこ 

    金さん おってでっか? 

    あれ留守やがな どないしょかな 

    こんな立派な煙草入れ

    置いてて無くなっても困るさかい

    後で直接返したほうがええやろ 

    ・・・ええと その横は 

    なんや このガラクタ 

    うず高くつんだか 

    つんだかしてからに・・・」


鑫持 「ガラクタと ちがうぞ!!」


錦次 「ああ えらいすんません 

    聞こえてましたか 

    こんにちは 今日 越してきました 

    宮大工の錦次です ひょっとして 

    お宅も きんじさんでっか?」


鑫持 「そうだよ」


錦次 「やっぱり なんかね 

    そんな気がしましたわ」


鑫持 「わしの字は金を三つ重ねて

    持つって書くんだよ」


錦次 「なるほど それで こんなに

    金物に囲まれてるんですね」


鑫持 「まぁ 小判のほうが

    よかったけどね 

    なかなか うまくいかんな 

    ところで 金さんから聞いたが

    引っ越し荷物の中に 

    家財道具が

    まったくなかったらしいな 

    どうだ ここなら一人もんに

    ぴったりの道具が そろうぞ」


錦次 「あの人そこら中に

    言いまわってるんかいな 

    いや そうでんね 

    三年の約束できましたんで 

    帰るときには

    置いて帰ってもいいようなもん 

    なんかありまっか?」


鑫持 「それなら 

    この辺の包丁やら鍋やら茶碗やら

    なんでも揃うておる 

    手に取って気が済むまで

    見たら よろしい」


錦次 「そんなら そこの包丁みしてんか」


鑫持 「これは 三返り物だけどな」


錦次 「みかえりってなんですのん?」


鑫持 「売れては 返り 

    売れては 返りを

    三回くりかえしておる」


錦次 「三回も? 何が悪いんですか?」


鑫持 「なぁに それは 

    元はクジラを切る包丁でな 

    どんどん研いでいくうちに 

    その大きさになった代物だ 

    鋼の部分は 

    とうに無くなっててな 

    それでもよかったら 

    買ってくれ」


錦次 「誰がいるか こんなもん 

    そっちのけったいな形の鍋は

    なんでっか?」


鑫持 「これはな 釜の上のところが

    かけたんでな 

    真ん中から切って

    取っ手を一つ つけてな 

    野菜を炒めるには重宝するが 

    竈のそばに立つんでな 

    火口の火が ちょいちょい

    着物のすそを焦がすらしい 

    これも三返り物だ」


錦次 「いらん いらん 

    普通のはないの?普通のは」


鑫持 「古道具屋に!! 

    新品みたいな普通のもんは

    おいとらん! 

    ああ そういえば最近

    こんな掘り出しものが

    手に入ってな 

    どうですか これ」


錦次 「ほお 数珠ですか 

    こりゃまた 

    きれいな模様ですね」


鑫持 「虎目石と いうらしい 

    真ん中にある金色の筋がまるで

    虎のめに見えるだろう 

    角閃石という石が

    長い年月をかけて

    水晶になったもんらしい」


錦次 「へぇ 虎目石 

    こんなんがあるんですね 

    絹のふさしっかりしてるし 

    あれ?玉の穴に 

    なんか 詰まってまっせ 

    ああ 土が出てきた 

    ぜんぶの穴につまってますな 

    ドブにでも落としたんでっか?」


鑫持 「いや 墓場から掘り出したんだよ

    まだ ちょっと磨きが

    足らんとおもうが 

    正真正銘の掘りたてだ 

    どうだ?」


錦次 「これあんた 掘り出しもんの

    意味がちゃいまんがなぁ 

    こんなもん 誰が買うねんな」


鑫持 「そうか? 結構 評判はいいがな 

    まあ これも三返り物だけどな」


錦次 「不吉 不吉!! 

    これ持ってたら 

    必ず死ぬんちゃいまんのん」


鑫持 「人はいずれ死ぬんだよ 

    早い遅いは だれにもわからん 

    だから ばれる事はない」


錦次 「そうゆう問題ちゃいまんねん 

    もうよろしい 

    家財道具は他で新品買いますんで 

    さいなら」


錦次 「・・・あかんあかん こんな長屋 

    早よ棟梁にたのんで 

    他さがしてもらお・・・」


近事 「あなたに不幸が訪れます」


錦次 「わぁ なにいきなり 

    あんただれ?

    なんでんのん いきなり」


近事 「これは失礼いたしました 

    それがしは 売卜を

    生業にしております 

    名前は 近い事と書いて

    近事ともうします 

    よろしくお願いいたします」


錦次 「あんたも きんじ? 

    その口調やと 

    元は お侍さんでっか?」


近事 「さよう 

    町で遊び人の金次さんから

    貴殿のことを聞きましてな 

    占ってみたところ 

    あなたに 

    災難が降りかかると出ましたので

    取り急ぎ お伝えにまいりました」


錦次 「そうですか 多分 

    ここに引っ越してきたことが 

    災難やと思います 

    おおきにありがとうございます」


近事 「まあ そうかもしれませんね 

    それがしは 

    この向かいに住んでおるので 

    困ったことがあったなら 

    いつでも 訪ねてこられよ」


錦次 「正面の家でっか?

    そういえば あれ何でんの? 

    裏を見よって 

    見ても何も書いてまへんで」


近事 「うらないです」


錦次 「帰ってもろてよろしいか」


そこへ お役人と岡っ引がやってきまして


同心 「御用改めである」


錦次 「こんどは何!?」


同心 「町奉行同心である 

    御用の向きにて参った 

    ここは 八軒長屋で相違ないか」


錦次 「はい 八軒長屋で間違いおまへん」


同心 「この長屋に 

    きんじというものは おるか?」


錦次 「はい 

    びっくりするぐらい おります 

    わたいも 錦次です」


同心 「なに お前がきんじか 

    よし! ひっとらえろ!」


岡っ引き「へぇ! きんじ!! 

     神妙にお縄を頂戴しろ!!」


錦次 「ち ちょっと! ちょっと! 

    何しまんの!やめて痛い痛い痛い」


岡っ引き「だんな! こいつの懐に 

     こんなものが」


同心 「なに? 

    これは 金細工に螺鈿の桜 

    根付は三浦屋立川流の鼠 

    これは二日前に 

    大野屋 源兵衛から 

    ひったくったものに相違ない 

    やはり お前であったか 

    早々に引っ立てい!」


岡っ引き「へぇ さぁこい! こいつ!

     じたばたするな! 

     おとなしく ついてこい!」


錦次 「ちょっと まって!

    ちょっと まって1  

    その煙草入れ 

    わてのと ちゃいまんねん!」


同心 「そんなことはわかっておる 

    これは大野屋 源兵衛の物だ 

    それをお前が二日前に盗んだ 

    八軒長屋のきんじが盗るところを

    見たという証言もある」


近事 「お役人様 その者は 

    犯人ではござりません」


同心 「なに?誰だ きさまは?」


近事 「せっしゃは わけあって 

    この長屋に住んでおります 

    近事という者でございます」


同心 「なに?おまえも 

    きんじと申すのか」


近事 「はい そちらの錦次さんは 

    今朝ここに引っ越してきたばかり

    そのような者が 二日前に 

    江戸で盗みをはたらくのは

    ちょっと 無理かと思われます」


錦次 「そうです そうです 

    二日前やと 相模の国の

    戸塚の宿あたりにおりました」


同心 「嘘を申すな! 

    ならばこの煙草入れを

    なぜ貴様が持っておったのだ」


均治 「それは・・・ 

    わしが拾ったものでございます」


 同心が振り返りますと 

そこには 盲目の老人が立っておりました


同心 「誰だ お前は?」


均治 「わしゃ この長屋の

    端に住んでおります 

    按摩の きんじと申します」


同心 「なに お前も

    きんじと もうすのか! 」


均治 「はい わしゃ 

    均等に治すと書いて

    きんじと申します 二日前に 

    他のきんじさんに 

    番所に届けてもらうように 

    お願いしたんですが 

    その人が このきんじさんに 

    あずけたんでしょうね・・・

    ねぇ?」


錦次 「はい! はい !

    その通りでございます 

    今から番所に届ける

    つもりでおりました」


同心 「しかし 八軒長屋のきんじが

    盗ったところを見たものがおる」


均治 「はて それは 

    どの きんじさんでしょうね?

    ちょっと よんでみましょうか?」


 そういって 首からぶら下げておりました

竹の笛を ピーと吹きますと

長屋の連中が ぞろぞろと出てまいりました


勤二 「どうしました?按摩の均治さん」


今二 「なにか ありましたか?均治さん」


琴司 「何か困りごとですかい 均治さん?」


金時 「大丈夫かぁ?均治~」


鑫持 「ケガでもしたのかい均治さん?」


均治 「すまないね 皆さん 

    私のことじゃないんだがね 

    このお役人様が この中に 

    煙草入れを盗んだ者がいると 

    おっしゃってましてね 

    これに 見覚えのある方は

    いませんか?」


鑫持 「煙草入れ?わしのところで 

    あつかう代物じゃねぇな」


勤二 「私は もうタバコは

    やめましたんで」


琴司 「タバコくさいのは 

    もてませんからね~ 

    わたくしには興味がございません」


今二 「タバコは百害あって一利なしと

    昔から言いますからね 

    あたしは葛根湯 一本でして」


近事 「拙者ならば・・・

    その日の内に 金に換えておる!」


同心 「威張って言うことではない!」


金時 「おら 三日ぶりに外に出たから 

    腹がへったなぁ・・・」


同心 「うるさい黙れ! 

    なんだ なんなんだ 

    この者たちは? 

    なんだ その笛は?」


均治 「私が 何か困ったときに 

    この笛を吹くと 

    皆さんが助けに出てきて

    くれるんですよ 

    お役人様 この人たち 

    みんな きんじです 

    どうぞ お取り調べを」


同心 「なに? 

    どうなっとるんだ この長屋は 

    こんな人数を 取り調べるほど

    私は暇ではない 

    さ、幸い 煙草入れも見つかった

    お前たちに もう用はない 

    おい そやつの縄を

    解いてやれ」


岡っ引き「へ? へい!」


 縄をほどきますと 同心と岡っ引きは 

そそくさと帰っていきました 

それを 物陰から見ていました

遊び人の金さんが


金次 「よかったね 

    皆さん 疑いが解けて 

    よかった よかった 

    これにて 一件落着~!!」


錦次 「ゆうてる場合やおまへんで 

    金さん あの煙草入れ 

    くすねたんは 

    あんたでっしゃろ 

    按摩さんが機転を利かせ

    てくれたから よかったもんの 

    あれ? あれ? おや?

    なんか おかしくないでっか?」


金次 「なにがだい? 

    おれは財布は盗んでねぇよ」


錦次 「いや そうやなくて」


均治 「どうされましたかな?」


錦次 「きんじさん 多くないですか?」


鑫持 「そうだよなぁ 

    わしが一番の古株だけどな 

    ここまで きんじが集まるとは

    思わなかったな」


近事 「拙者が一番最後

    だと思っておったのじゃが 

    八人目の きんじさんが来ようとは

    思いも よりませんでした」


錦次 「いや そこです 

    わてな 八番目やなくて

    九番目の きんじです」


均治 「わしゃ 目が見えんが 

    隣は古道具屋 その隣は金さん

    そして宮大工のきんじさんの 

    この家がありますが 

    うちの反対のところには 

    何もありませんよ」


勤二 「ありますよ」


均治 「え?」


勤二 「鍵がかかってる家があってね 

    大家が時々 

    物置代わりに使ってるよ」


均治 「ええ?そうなんですか 

    ちっとも知りませんでした」


琴司 「わたくし 側のほうは 

    髪結いさん 薬屋さん 

    私の三味線屋 荷上げ人足 

    易者さん 合わせて・・・ 

    ・・・何人?」


金時 「たくさん」


今二 「違いますよ 

    計算は あたしに

    まかしておくんなさいよ 

    ・・・ええと 全員まとめて 

    150貫目!!」


金次 「重さで言ってどうすんだよ」


近事 「ならば拙者が 

    占ってしんぜよう」


錦次 「占いは 今いりまへん」


金時 「おら 腹さへったなぁ・・・」


錦次 「あんた今それは関係おまへんがな 

    何でっか 皆さん 

    ひょっとして計算できませんの?」


近事 「拙者は 筮竹が何本あるか

    気にしたことは ござらん」


錦次 「それ一番大事な事とちゃいます?」


鑫持 「わしのところの商品はすべて

    10文 均一じゃからの・・・」


琴司 「三味線の糸は

    3本あればいいですし

    足した事などございません 

    三味線は ひくものですからね」


錦次 「うまい事言わんでええねん」


金時 「おら おなかすいたな・・・」


錦次 「うるさいな さっきから

    腹減った腹減ったって 

    ちょっとだまってて 

    わかりました もうよろし 

    こっちが4 あちらが5なら 

    合わして9です」


金次 「おお流石 宮大工 

    計算が早いね」


錦次 「こんなん子供でもできまっせ 

    でもね問題はここからでっせ 

    八軒長屋に きんじが9人 

    しかも家が 物置を合わせて

    10軒あるのに 

    八軒長屋とは これいかに」


勤二 「9人いるってのは 

    おかしくないですか? 

    私の家には かかぁと

    昨日生まれたガキがおりますよ」


錦次 「それは 今関係おまへん」


勤二 「関係ないことないよ 

    関係があったから

    ガキが生まれたんだよ~」


錦次 「その意味と ちゃいます 

    ちょっと だまってて」


 わぁわぁ言っていますところに 

大家さんが通りがかりまして


大家 「どうしたんだね? 

    みんなで雁首揃えて

    わぁわぁ わぁわぁ 

    表の通りまで声が漏れてたよ 

    なんか あったのかい?」


錦次 「おお 丁度いいところに 

    来とくれました 

    大家さん 聞いてもらいたいい事が

    ありまんねん」


大家 「はいはい どうしました?」


錦次 「この八軒長屋に 

    きんじが9人おりまんねん」


大家 「そうだね 

    そりゃ私も驚いてますよ

    こんなに 

    きんじが そろうとはね」


錦次 「いや 名前やなくて 

    八軒長屋に 9人ですよ」


大家 「おかしなことを言う人だね 

    どれ ひーふーみー・・・

    うん ちゃんと9人いるね 

    それがどうしたい?」


錦次 「え? いや 八軒長屋に 

    物置を入れて

    10軒たってるんですよ」


大家 「そうだよ 

    私が一軒物置として使ってるからね 

    だから家は10軒であってるよ」


錦次 「じゃ~10軒あるのに 

    八軒長屋って何ですか?」


大家 「ああ それかい それは 

    うちのおやじの名前が

    八軒って言うんだよ」



               完



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