8日目
いつもの図書室。そして近頃足を運んでいなかった図書室。
つまり、今日は陽華と一緒ではない。また、先輩は図書室に来ていないため完全に一人である。ここ最近は基本的に陽華か先輩と一緒にいたためこの状況は久しぶりだ。
図書室で本を読むのはいつぶりであろうか。こんなことは元来おかしな問いであるが、私にとっては何らおかりなことではない。
───落ち着かない。最近は陽華と一緒だったがそれ以前は(といっても割と最近だが)先輩がこの場所でしつこく絡んできて、私は本を読むどころではなかった。
そんなことが数日続いただけで、私にとっての日常が先輩ありきのものに移り変わってしまったのだろうか。これは何ら感情が変化する要因足り得たないが、中学の頃の自分を考えると、陽華と家族以外の人が私の日常に加わったことは私が社会性を持つことを意味するのではなかろうか。そうだとしたら、これは喜ぶべきことだ。
(ありがとう、桐生綾瀬先輩。)
それはそうと、読書に集中できなければ私が図書室に来た時間をつぶす、という目的を果たせない。こんなとき、私はどうするべきであろう。決まっている。
自問自答だ。
まず、『日菜月陽華との英語の点数勝負のため、なにか特別なことをするか』
こんな答えの決まっている問いをしてどうなるのだと思うだろうが、改めて思考することは大切だ。その考えが改めて我がものになる感覚が得られる。
この解はNO。つまり、普段通りのテスト前を過ごす。
私は外的要因により習慣が壊されることが嫌いだ。…その要因が陽華なら話は別だけど…。
しかし!勝負事の前は普段通りの行動をせよ、と古事記にも書かれている。
さあ、どんどん行こう。せっかくだし、関連したのがいい。
よって、『勝負に勝った時に日菜月陽華にあたえる罰ゲームをどうするか』
負けた時のことを考えていては勝てる勝負も勝てない。今回に関しては確実に勝てる保証もない。そこで勉強することはもちろんとして、勝利するイメージトレーニングが大切になろう。
学生間の罰ゲームは何かをおごってもらうのが代表的だろうか。せっかくだしこれに倣うとしよう。この勝負は一科目だけのため、ジュースかホットスナックをおごってもらうとしよう。
そんなことを考えつつ無意識のうちに見ていた私の腕時計は私に昼休みの残り時間が少ないことを伝えてくる。
最後の問いだ。『最後』というと特別感が出しゃばり、さっきまであったものが引っ込んでいってしまう。引っ込み切ったあとに残ったのはコレだった。最後にふさわしいといえばそうなのだが、なんだか癪だ。しかし、もうコレしか残っていないので、覚悟を決めるしかない。
───『自称、月極日菜つまり酒々井凪沙は桐生綾瀬をどう思っているか』
コレと濁していたが、ついに考え、私のものにしてしまったこの問いはどうしたものか。チャイムが鳴るまでお茶を濁し続けるのも手ではあるが、これはこれで癪に障る。
…私は先輩をどう思っているのだろうか。考えるためにもまずは先輩との日々を思い返そう。初対面の時から、外見は好意的に思っている。私好みの顔とスタイルだ。性格、というより第一印象はすこしウザい、今はそんなところも愛しく感じていると思う。
───あれ?私先輩のこと好きでは?
今までは内省的に考えていなかった。いや、今となれば、考えないようにしていたのだろうか。この問いかけが癪だと思っていたのもしや、これが原因か?
いや、そうと決まったわけではない。これはあくまで私の推測の域を出ない。これが確信に変わるときがあるとすれば、それは次に先輩とあったときだろう。その時は私の心臓さんが判断してくれるはずだ。
まあ、そんな数日あっただけの先輩にほだされるほどちょろくないので、そうはならないだろう。
下校時、ふと中庭を見ると先輩が…、どうやら私はものすごくちょろいらしい。遠目に見える先輩の後ろ姿だけで、こんなことになってしまっている。こんなでは感情がない中二病のような自信に課した呪いはもはや機能しない。私は今をもって中二病からの卒業を宣言しよう。
(私は、訳の分からない自らに課した設定から、卒業します!!)
───宣言というものは恐ろしい。これをした瞬間に今までの言動に鳥肌が立つ思いだ。二年近くこんなものに付き合わせた陽華に申し訳ない思いでいっぱいだ。また今度謝ろう。
卒業したことで、長い間封じ込めていた私の心に正直に行動しようという気持ちが湧き上がってくる。
その第一歩として私は校門を出たすぐのところでスマホを取り出し、先輩と陽華にそれぞれ、明日図書室に来てほしいこと、明日は一緒にお昼を食べれないことの連絡をした。
賽は投げられた。決戦は明日、図書室で。
☆☆☆
翌日。
今になって考えてみたら私が先輩のことが好きだなんておかしな話だ。中学からの私の人生において、とてもかわいい陽華というものがありながら私は彼女のことを『かわいい』と思うことはあっても本気で好きだと思ったことは一度たりともない。
これはつまり、私の恋愛対象が女の子ではないということを意味するのでは無かろうか。
だが、これはあくまで想像の範疇に過ぎない。昼の図書室で真偽のほどを確かめよう。勢いで連絡しちゃったしね。
「いやー、昨日はびっくりしたなぁ。急に図書室に来てください、なんて連絡くれるんだもん。今日、日菜ちゃんの友達は?一緒に食べるんじゃないの?なんか私に用事でもあった?」
前言撤回。ちゃんと好きだ。
普段は脈を感じられないようなところでも今は脈を感じている。
「彼女には今日は先輩と会うと連絡を入れてるので、今頃ほかの友人といるんじゃないですかね。用事はもう済みました。」
「え?私その用事に関係なかったの?」
「関係大ありですよ。」
「ほんとにどういうこと?私まだ何もしてないよ?強いて言えばここに来ただけだよ?」
「先輩に来てもらいたかったんです。」
「んー、よくわかんないけど、まあいいや。」
そのときになるまで先輩にわかってもらっては困る。
さて、では先輩にはご退場願おう。今朝はいろいろ言い訳をしていたため、心の準備が万全ではないのだ。こんな状態で30分も先輩と二人きりでいては心臓がもたない。
「用事はすんd」
「テストもうすぐきちゃうねー。どう?日菜ちゃんは勉強してる?ちなみに私は全然ー。」
先手はとったが、主導権を奪われてしまった。この流れで帰っていいですよー、なんて言えば印象が良くないのは私でもわかる。
こうなってしまえば、会話をするほかに道はない。耐えてくれよ、私の心臓。
「あ、なんか言いかけた?さえぎっちゃってゴメンねー。はい、どうぞ!」
「私もテストの話題だったので全然大丈夫ですよー。
勉強はほどほどですねー。普段からの貯金があるので必死にやってはいないです。」
「さすがだねー。前日までやる気が出ないからなー、私は。
こんなだから前回とか赤点ギリギリだったよー。」
「なんの教科がヤバかったんですか?」
「数学ー。歴史とかの暗記系は前日詰込みで何とかなるけど、数学とかは前日にやるもんじゃないよ。日菜ちゃんにはあんまり関係ないだろうけど。」
「私普段からやってるのに胡座かいて前日以外数学やらなかったですよ。私は詰め込み出来ないタイプなので出来る人ちょっと尊敬してます。」
「詰め込みやらないに限るよ。テストが終わったら全部記憶から飛んでくからなんの意味もない、ただの悪あがきだよ。」
「その悪あがきしようと思えるのがすごいと思うんですよ。私なら何とかなるかーとか思って中学の時とかひどい点とったことあります。」
「そうかなー?隣の芝は青いって奴じゃない?」
「それもあるとは思います。けど、諦めずに抗うのってカッコ良くないですか?」
「そういうといい印象があるね。
それはそうと、数学だよ。あれは詰め込みで何とかならないから何とかしないと…。」
物は言いようとはこのことだろう。だが、今言ったことは本心だ。私に夜中まで勉強をしようという気概はない。
「数学なら範囲によりますが、多少教えますよ。」
「まじ?もしかして前に言ってた予習って授業の予習じゃないの?」
「あー、まあ、そうですね。好き勝手に進めてます。」
「そういうことなら、日菜ちゃんに教えてもらおっかな。」
「わかりました。じゃあ、今日の放課後からここでやりますか。」
教える、ということはどうしても会話を伴うので、図書室でやるのは良くないことだとは思うが、この学校の生徒はどういうことかテスト期間中ですら図書室をまったく利用しない。なんなら減るので、決して迷惑ではない。
「おー、今日からか。放課後、よろしくお願いします、先生。」
「忘れずに来てくださいね。それと、先生はやめてください。」
約束を取り付けたタイミングで予鈴が鳴ったので、私はそそくさと先輩に背を向けて図書室を去った。これ以上はさすがにもたない。
だが、私から言い出したこととはいえ先輩に勉強を教えなければいけなくなってしまった。放課後までに心を整えておこう。
☆☆☆
放課後、図書室。
今は私一人だ。先輩はまだ来ていない。
HRが長引いているのだろうか。それとも私が気合を入れすぎているのだろうか。
ちなみに、陽華はここ最近はテスト勉強に明け暮れているためすぐに一人でかえってしまう。ちょっと前に、一緒に帰ろうと思い、教室へ行ったらすでに陽華の姿は見えず、下駄箱へ行ったら上履きが無かったのをよく覚えている。よほど私に勝ちたいらしい。
陽華は真面目なので、勝負関係なしにこうなるのは中学からの経験でわかることだが。
それはそうと、先輩に会いたいという気持ちが行動に現れてしまっている。まあ、とてつもなく会いたいのだから仕方がない。
「おまたせー。待ったー?」
お待ちかね、先輩の登場だ。
声を聴いたら、高揚感が湧き上がってきた。
こういうのを人は恋というのだろうか。柄にもないようなことを考えてしまうのだろうか。
「それほど待ってないですよ。じゃあ、早速始めましょうか。」
「えー、ちょっとお話してから始めない?日菜ちゃんも授業で疲れてるでしょ?」
「先輩を待ってる時間で授業の疲れはある程度とれたので平気です。それに、この学校、放課後1時間しか開いてないのでさっさと始めましょう。」
テスト期間にもかかわらず、1時間しか図書室を解放しない我が校はやはりおかしいと思う。利用者が少ないから仕方がないのか?それとも働き方改革の一環だろうか。
「へーい。
数学のテスト対策、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。まずは2年生のテスト範囲を知らないので範囲を教えてもらってもいいですか?」
「はいはーい。えーっとねぇ、教科書の──」
解説は今のところ順調である。調子に乗って教えるなんて言ったが、正直あまり理解していない部分もあったが、先輩が聞いてくるのが基本問題だけだったのが助かった。
まあ、一つ問題があるとすれば──
「ねえ、ここの問題はどうやったらいいの?」
これだ。
質問してくるのが問題なわけではない。問題なのは先輩が質問するときに顔と体を私の方に寄せて質問してくるのが問題なのだ。
そのとき、体の接触があったり、先輩の長髪から漂う鼻孔ををくすぐる、私を惑わすフェロモンでも発しているのではないかと勘違いするほどにいい匂いのする髪の毛が私の顔の目の前に現れるのだ。
この調子なら残りの20分程度なら耐えられるだろうか。ただ、終わったのち、私の中のナニカが爆発するのは間違いない。
「疲れたよー!疲れたから私のこと撫でてー!」
こんな風に甘えられると私の中の『耐えゲージ』がどんどん減少していく。早急に先輩を勉強に戻すため、私は先輩の長い髪に手を伸ばす。
撫でられることは時々陽華にやられていたが、私がやる側に回るのは初めてだ。
私の手が先輩の髪に触れて、手櫛のように指が髪に中へ吸い込まれていく。
髪によって隠されていた髪からはさっきまでの香りとは比べ物にならないほどの香りを私の鼻に届けてくれた。
これは仮に私が先輩のことを好きではなかったとしても、この香りを嗅いでいる間は先輩のことを好きになってしまいそうだと思わせるほどのいいにおいがした。
撫でさせられたこと以外は順調に進んだ勉強会は司書さんの「閉めるぞー」という声でお開きになった。
「今日はありがとね、日菜ちゃん。また機会があったら教えてね。」
「またの機会があれば、その時はお願いします。
じゃあ、私はこれで。さようなら、先輩。」
「うん、じゃあね。」




