6日目
土曜を挟んでのニチアサ。
私は金曜日の帰りのことがいまだに忘れられずに悶々としている。こんな状態で陽華とあってしまって大丈夫なのだろうか。陽華からすれば私をからかったに過ぎないのだろう。
だが、私にとってはそうはいかない。なぜならあのようなシチュエーションを何度か本で読み、『こんなことが実際にあったらどうなるだろうか』と何度妄想したかもわからない。
そんな私の妄想の一歩手前が現実に起こったのだ。それも私の唯一といってもいい友人の陽華の手によって。引きずるな、というほうが酷な話である。
閑話休題、今日は昼前から陽華とお出かけだ。
プランは陽華にすべて決めてもらえることになっているが、どこかでお昼を食べた後にどこかで遊ぶらしい。楽しみだ。
☆☆☆
私が駅前についた時、陽華はすでにいた。愁いを帯びたような立ち姿がなんとも美しく、はかなげで、そしてかわいらしい。
「陽華ー。待った?」
「待ってないよ。私がちょっと早く着いちゃっただけだから。
じゃ、さっそくご飯を食べに行きますか。」
「そうだね。」
やばい、陽華のほうをまともに見れない。今日一日大丈夫だろうか。
駅から少し歩き、お昼を食べるであろうお店に到着した。
「へー。うどんなんだね。このお店始めてくるなー。」
「凪沙うどん好きだったなーって思ってチョイスしました。てか、ここ来るの初めてなんだ。結構人気なとこだからてっきり来たことあるものだと思ってた。」
「私基本的に近所のうどん屋しか行かないからね。ここ人気なんだ。へー。」
陽華が引き戸を開けて私たちは中へ入っていく。それとほぼ同時に『いらっしゃいませー』という活気のいい挨拶が聞こえてくる。
なるほど。店の雰囲気的にも古風な感じで結構期待できそうだ。
「いらっしゃいませ。ただいま予約席以外は満席でして。ご予約されていますか?」
「はい、予約していた日菜月です。」
なんと、予約していたのか。それに満席、人気だというのは陽華の方便ではなさそうだ。
「日菜月様ですね。ご案内いたします。」
そういい、店員さんは奥のほうへ歩いていき、私たちは彼女についていく。
「このお店、雰囲気イイね。さすが陽華。」
「でしょ?これでこないだのこと許してくれる?」
『こないだ』という言葉に私は固まってしまう。
「こちらになります。ごゆっくりどうぞ。」
店員さんに促されるままに私と陽華は席に着く。
「ん?凪沙?どうかした?」
なんでもないように陽華が私に話しかけてくる。陽華にとって、あの一連の話はただのスキンシップに過ぎなかったのだろう。しかし、初心な私にはそうはいかないのだ。
「ほんとどうしたの?体調悪かったりする?」
あ、陽華が心配してくれている。優しい。
「何でもないよ、ほんと何でもない。この間ね、この間…。
うん、許す許すちょー許す。」
まあ、許すも何もないのだが。
「そう?ならいいけど。
それで、凪沙なに頼む?私きつねうどんにする。」
そうだそうだ。私はメニューに目を落とす。
「んー。じゃあ私かけうどんにする。やっぱカレーうどんにしようかな…。」
「凪沙今日の服白いけどカレーうどん大丈夫?」
「やめた、やっぱかけうどんにする。あと、私カレーうどん食べるのすごくうまいから平気だよ。」
「おっけー。…すみませーん。」
「はい、今伺います。…ご注文は?」
「えーっと、きつねと…」
「かけうどんで。」
「はい、承りました。少々お待ちください。」
「いやー。おいしかったね。教えてくれてありがと。」
「いえいえー。喜んでもらえてよかったよ。じゃあ、本命の場所に行くとしますか。」
「いえーい。それで、どこ行くかそろそろ教えてもらえる?」
「今日は、水族館へ行きます。」
水族館か…。いやではない、いやではないがしかし、うどん屋では気にしていない風を装ったにしても、実のところすごく気にしている私から見て水族館というのはなんとも言い難い。
☆☆☆
水族館にはあまり並ぶことなく入ることが出来た。前に来たときは並んだ記憶があるため、ラッキーだったのだろう。
移動中の陽華からの情報によれば改装されたようだが、いかほどか…。
そんなことを思いながらもそこまで期待していなかった私は目の前に広がる大水槽に目を奪われた。
「どう?すごくない?私も前に家族と来たとき圧倒されちゃってさー。」
「すごいね。蟹もいる。」
「ね、しかも大量に。
そこで、凪沙さん。実はこの水槽を一味違った見方ができるんですけど、見に行かない?」
「気になる。どうしたらいいの?」
「あそこに下りの階段があるでしょ?あそこを下ったさきのところで見れるんだよ。」
水槽に気を取られていて全然気が付かなかった。あの先に何があるのだろう。
期待を胸に階段を下った先の景色は本当に一味違った。
なんと水槽を真下から見ることができた。
「うわー。すごいね。蟹を見上げるのなんて生まれて初めて。」
「水族館で見上げることってあんまりないもんね。」
「うん。でもちょっと光がまぶしいね。」
「たし蟹。」
その後もいろいろ見て回り、今は深海魚コーナーにいる。
なんとも不思議な形状や生態の魚がたくさん展示してある。だが、ここにいるものは総じて小さめだ。ちっちゃくてかわいい。
「ここの魚は小っちゃくてかわいいね。」
「凪沙も小っちゃくてかわいいよね。」
「小っちゃいは余計だよ。『かわいい』だけでいい。いや、ていうかかわいいもいらない。」
『かわいい』だなんて言われると一昨日からずっと、そして今も私の中にある悶々とした気持ちが強調されるような感じがする。それに、本当に陽華はなんとも思っていないのだな、と思い、少し残念な気持ちになる。
…陽華もちょっとは引きずっていてほしかった。
よし、私も陽華を見習っていつもの調子を取り戻そう。そのためにも会話が必要だ。
「この水族館は魚の解説がほんと丁寧に書いてあって感心しちゃうよね。」
ふと、陽華を見上げる。目が合う。
いつもの調子を取り戻そうと決意した瞬間これなので、さっきまでの決意はどこへやら。ちょっと前までの思いがぶり返してきた。
「よ、陽華?なんで私のこと見てるの?せっかくの水族館なんだから魚見ないと…」
「あー、気になっちゃう?そうだね、魚見ないとね。」
気になるに決まっている。ただでさえ人に見られることが少ないので目線には敏感なのだ。
☆☆☆
そんなこんなあり、水族館から出た帰り道。言うまでもないことだが、いまだ悶々としている。…相変わらず陽華はちょくちょく私のほう見てくるし。
気にしない、気にしない。
「いやー、楽しかったねー。最初の大水槽を見れただけでも入館料を払った甲斐があったよ。今日は連れてきてくれてありがとね。」
「こちらこそ、凪沙と来れて楽しかったよ。」
「そういえば、最近部活どんな感じ?テニス部だっけ?」
「まあ、楽しくやってるよ。幸いうちの部は強くないから楽しくテニス出来るしね。
凪沙はどんな感じなの?なんか面白いことないの?」
「ちょっと前に活動が一回あっただけだし。なんもないよ。それに、あったらとっくに話してるし。」
あ、ちょっと頬がゆるんだ気がする。ちょっとうれしい。
「じゃあ、凪沙今何読んでるの?面白かったら貸してよ。」
「カツアゲか?読みたいなら貸すけど。けど、今読んでるのそんな読み進めれてないからなんとも言えないなー。」
「そうなんだ、確か新しい本になってから一週間ぐらい経ってない?それなら終盤か、読み終わるぐらいだと思ってたんだけどな。」
「言ったか忘れたけど、最近図書室に先輩が来てて全く読めてないんだよ。
それでさ、聞いてよ。先輩、初めて会った日から毎日来ててさ、最近は陽華とご飯食べないとき以外は先輩の相手させられて…。困っちゃうよね。」
「じゃあ凪沙とご飯食べれるようにみんなになんか行っとこうかな…。」
「いやいや、そこまでしてもらわなくていいよ。陽華の友達にも悪いし。」
「毎日じゃなくて増やすだけだからそんな気にしなくていいよ。私も凪沙とご飯食べれたらうれしいし。」
「ならいいや。私もうれしいし。友達に確認取れたら教えてね。」
「もうとった、二つ返事だったよ。これからはもっと一緒にいられるね。」
仕事が早い。出来る女は違う。
「じゃあ私も先輩に報告しないとなぁ。」
「え?なんで?」
「いや私もよくわかんないんだけど、先輩に『来れない日は連絡しろ』とかなんとか言われちゃってさ…。だから報告しないとなんだよ。」
そんなこんな言いながら先輩に連絡する。
『あら、残念。でもちゃんと報告してくれてありがとね。
来れる日はしっかり来てねー』
もう来た。陽華の友達も早いが、先輩も負けないぐらい早いのではなかろうか。
「もう返信来たよ。暇人なのかな?」
「はやっ!送ったのついさっきでしょ?まあ、これで先輩の必要なのかわからない承認もとれたことだし、よかったよ。」
そういった次の瞬間。
陽華が私の目の前に立つ。さっきまであまり見れていなかった陽華の顔をここで久しぶりに直視する。
「凪沙、今日はあんまり私の方見て話してくれてないよね。」
「私は常に陽華の方見てるわけじゃないからね。それにーーんっ!!??」
陽華の顔が目の前にある。はたから見たらキスでもしているんじゃないのかと疑われるような距離だ。
いや、疑いではない。そうだとしたらこの唇の感触に説明がつかない。
「ふうー。どう?肩の荷は降りた?」
「ん??どうゆうこと??なんで急にキス?それに肩の荷ってどうゆうこと?」
本当に意味が分からない。いやではないが、急にキスをする意味がわからない。
それに陽華が『イイことをした』みたいな表情になっているのが余計に混乱を招く。
「え?だって、なんか気にしてる様子だったからさ、私なりにその理由を考えた結果、『金曜日のアレかな?』という結論に至ったから、ならいっそ本当にしてやれば解決するかなーって。」
図星だ。図星だが…
「そんな解決方法ってあり!?
私はそこまで抵抗ないからいいものの、友達にも同じようなこととしてないでしょうね!?」
「しないし、こんな状況になるのは凪沙だけだよ。長年の付き合いからくる自信的な?」
『凪沙だけ』なんて私が喜ぶようなことを言っても何も出ないというのに。
出るのはよだれだけだ。
それに、いろいろ吹っ切れていつものように振舞えている気がする。陽華すごい。
「まあ、いいでしょう。今までの陽華への感謝に免じて許しましょう。
それはそうと、なんで私が悶々としてるってきずいたの?」
「悶々としてたんだ。えっちだね、凪沙。続きもする?」
「しないよ!続きってなんだ続きって。そんなことよりなんでか理由を教えてよ。」
「理由って言ってもなー。ただの勘だからなんとも言えないよ。」
「勘キスしたの!?すごい行動力だね…。」
あの後はいつも通りに接することが出来た。Dr.日菜月のおかげだ。
…まあ、きっかけもDr.日菜月なんだけど…。これがマッチポンプか。
♡♡♡
やってしまった。
例の先輩に嫉妬していたとはいえ、まさかしてしまうとは…。自分の行動力が恐ろしい。
この行動力が普段から発揮できていれば…。
まあ、凪沙があまり気にしていない様子で助かった。
あそこでビンタでもされていたら私はどうなってしまったのだろうか。




