3日目
陽華を思う存分堪能できた昨日とは打って変わって、今日の陽華はクラスメイトとの昼食で、放課後には部活動がある。陽華の所属している部活は日が暮れるまでやるので、一緒に帰るには少し面倒だ。
今の私を表す表現としては『青菜に塩』という表現がまさしく適当だ。
さて、こんな日には図書室で本を読んで、気分を紛らわせるに限る。
と、いうことで私は例の定位置で本を開く。今日読む本も一昨日と変わらず、『伊豆の踊子』だ。
昨日は陽華と話をしていたため、読んでいない。ので、数ページ前から読み返そうと思い、ページを繰っていると、
「あ、今日は来てる。日菜ちゃん一昨日ぶり。」
うわ、覚えられている。桐生綾瀬だ。
声をかけられたため、彼女のほうを見やる。
はて?彼女は、とても安心したような、うれしいような顔をしていた。
「一昨日ぶりですね、桐生先輩。なにか用でも?」
「つれないなぁ。前に『また明日』っていったじゃん。それなのに昨日、日菜ちゃん来なかったからちょっと心配したんだよ。あと、用は特にないよ。強いて言えば、かわいい後輩との会話を楽しみたいっていう用はあるけどね。」
『また明日』って方便じゃなかったのか。ちょっと悪いことをしたかもと思ったが、陽華に誘われてしまったのだからしょうがない。優先順位が違うのだ。
それでも、建前としての謝罪は人としての処世術だ。
「それは、申し訳ないです。先輩、昨日もココに来てたんですね。」
「そうだよぉー。まあ、『申し訳ない』と思ってくれたのなら寛大な心で許してしんぜよう。それはそうとして、お詫びとして予鈴に邪魔をされた質問でもしていこうかな。」
またあの日みたいに質問攻めをされるのか…。今回の場合、一応悪いのは私だから先輩に従うほかない。
そう思い私は本を閉じ、
「じゃあ、どうぞ。」
「よし。じゃあまず初めに。昨日はなんで来なかったの?それとも、来れなかったのかな?」
寛大な心で許した人はそんな言い方で質問を始めないと思う。
「昨日は友人が珍しくフリーだったので、一緒にご飯を食べてました。『また明日』というのは、桐生先輩の方便かなにかだと思ってました。まさか、本気だったとは…。」
陽華よ、あなたの名前は不良風の先輩に流出させなかったです。勝手にいつもの借りをちょっと返した気になっておきます。
「私より、その子のことを優先したんだ。私が先に予約してたのに。まあ、当たり前か、会ってすぐの女だもんね、私。」
この人、見た目とは裏腹に結構めんどくさい性格をしてる。メンヘラという奴だろうか。
「じゃあ、今回の勘違いのようなことが今後、ないようにするためにはどうしたらいいと思う?」
「きちんと情報を正しく相手に伝える伝え手の配慮では?」
「サンカクかな。出来れば、そうするための方法も行ってほしかったな。模範解答は、『情報の行き違いがないように、連絡先を交換する』だよ。はい、日菜ちゃん、スマホを出して。」
「私、今スマホ持ってないです。」
「残念。じゃあ、明日。スマホ持って図書室に来てね。これは方便じゃないよ。」
「あ、はい。わかりました。」
『教室まで行ってもってこい。』とか言われなくて助かった。
アカウントの名前が『酒々井凪沙』となっているため。偽名がばれるところだった。
今日の夜ぐらいに陽華に名前を変える旨を伝えたうえで、変更しよう。
「じゃあ、次の質問ね。何部に入ってる?」
「文芸部です。先輩は何かに所属してたりするんですか?」
我ながら、うまいことコミュニケーションをとれている。
陽華以外との会話では単語でしか出てこないが、先輩との会話は対陽華のようにとまでは行かないが、きちんと文で会話ができている。
「文芸部なんだ。私の友達と一緒だね。もしかしたらあいつらと接点があったりするのかも。あと、部活には入ってないよ。去年までは私も文芸部だったんだけどね。部活でも日菜ちゃんと会えるなら退部しなければよかったな。」
?
「部活って、絶対所属じゃないんですか?それとも退部した気の幽霊部員?
もしかしたらこのルール、一年間だけとかだったりします?」
今日、初めて先輩の顔に笑顔以外の、不思議そうな顔が浮かんだ。
「その話どこで聞いたの?この学校、別にそんなルールないよ。私が去年まで所属してのは、さっき言った友達とちょっと学校に残って駄弁りたいね、っていう話になったからだし。」
「この話は、さっき言った友人に聞きました。まさか、騙されてたとは…。」
陽華め、私を騙したのか。この件は夜に問い詰めよう。
「騙されちゃったか。そんな騙すような友達じゃなくて、これからは私を優先しない?」
『そんな』?
「お言葉ですが先輩。彼女、普段は私を騙したりしません。あの時は、出来心だったのでしょう。このことは、私から彼女になにかいうことはあっても、私以外の人間が何かを言う、さらに、『悪く言う』なんてことは言語道断。謝罪の言葉がなければ、許しません。」
はぁ、はぁ。
ーーー思わず、思ったことをある程度そのまま口に出してしまった。
これは、体育館裏コースか?
「そうだよね、よく知らない人のこと悪く言うのってよくないよね。ごめんね、日菜ちゃん。私が悪かったよ。」
…素直に謝られた。逆ギレ、良くて言い訳が来ると思っていた。
なので、思わず、呆気に取られているとーーー
予鈴が鳴った。まるで、水中にいるときのような聞こえ方しかしなかったが先輩の「じゃあ、日菜ちゃんがよければ明日も来てね?」という声で引き戻された。
意識を取り戻して、時計を見る。
既に五限まで残り三分にさしかかろうとしていた。
先生に咎められないギリギリの速さで走ったが、もちろん遅刻した。
〇〇〇
失敗した。それと同時に、なぜあんなことを行ってしまったのか不思議に思った。
綾瀬にとって、彼女は、ただ、図書室で知り合ったばかりのかわいい後輩という関係のはずで、それ以上でもそれ以下でもないはずなのだ。
それなのに、あんな日菜を独占するような、我がものにするような言葉が出てくるとは思ってもいなかった。
桐生綾瀬はそう、昼休みが終わる五分前、自身の教室に戻りながら思う。
まさか日菜にとってそれほど大切な人物だとは思わなかったのだ。数いる友人のうちの一人だろう、と思ったのだ。
次からは。いや、また日菜が明日図書室に来てくれる確証はないが、とにかく。次からは、日菜の友人のことを口にするときは気を付けよう。そう、決意した。
☆☆☆
そんな五限に遅刻した日の夜。
「ーーそんなわけで、今日から、アカウント名『日菜』に変えるから。よろしく。」
『振り回されてるねぇ。この話、クラスの子たちにはどう説明するの?』
「なんでここでクラスメイトの話が出てる来るの?」
『え、だってクラスラインのほうで名前変えたのバレちゃうじゃん。明日教室行ったらなんか聞かれない?』
くらす、らいん?
「…私、入ってませんが。ラインは家族と陽華と公式からしか連絡来ませんが。バレようがないんですけど。」
こんな言い方をしたが、実際のところ、まったく気にしていない。こんな些細なことを陽華に言われたぐらいで不機嫌になるほど、私の心は狭くない。
部活の件で陽華に騙された話につなげてやろう、と思っただけなのだ。
『その、なんか、ごめんね。あはは。』
あ、陽華ちょっと気にしてるかも。
これから話す内容を考えると少し申し訳なくなるが、私の口は止まらない。
「それはそれとして、陽華なんで私に『部活強制参加』なんて嘘吐いたの?」
『あー。それは。まさかホントに信じると思ってなくて。それに、凪沙が部活に入ってくれれば私と一緒に帰れることも増えるかと思って。』
『一緒に帰ることが増えるかも』と陽華はいった。これはつまり、陽華が私と一緒に帰りたい。そう思っていてくれていたということである。嘘を吐いてまで!
「なるほど、そんな理由があったとは…。」
『許してもらえる…かな?』
「もちろん!それに、どんな理由でも、理由がなくとも許す予定だったしね。陽華からもらえるなら、嘘でも大歓迎!最初からそんなに怒ってないし。」
『何それ。まあ、許してもらえてよかったよ。』
そっけない言い方をしているが、うれしさが言葉のいたるところからわかってしまう。それほどに、私に嫌われてしまうことを危惧していたのだろう。もちろんこれは自惚れだが。
そのあとも私たちは他愛のない話をどちらかが眠りに落ちるまで続けた。




