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10日目①

≪ぴーんーぽーん≫

 チャイムが鳴った

日菜月(ひなつき)です。凪沙(なぎさ)いますか?」

 こんな時間にどうしたのだろうか。

「はーい」

 ドアを開けると、そこには紙袋を持った陽華(ようか)が立っていた。

陽華は部屋着のような格好で、ゆるふわな雰囲気をまとっている。部屋着姿の陽華を見るのは初めてだ。陽華メモリーに保存しておかなくては。

「こんな時間にごめんね。服、持ってきたよ」

「連絡くれたらそこまで行ったのに。服ありがと。

よければ家でお茶でも飲んでく?」

「遠慮しとく。こんな格好だし。明日、楽しんできてね」

「うん楽しんでくるよ。あらためて服ありがと。月曜日ぐらいに洗濯して返すね」

「洗濯はしなくても……、いや、何でもない」

「ん?洗濯しとかなくていいの?」

「いや、洗濯しといて、うん」

「そっか、了解。じゃあ、また月曜日」

「また」

 そういい、陽華は私の家から自転車に乗って遠ざかっていく。そんな陽華をはっきりと照らすほど月は輝いておらず、『ちゃんと仕事しろよ』という視線を月に向ける。しかし月が何か私に反論するはずもなく、私にその体の大部分が欠けた、三日月の姿を見せる。

 

   ☆☆☆


 今日先輩と遊ぶ某ショッピングモールの入口前に集合の15分前についた。先輩の姿はまだ見えない。

 つまり、『今来たとこ』チャンスだ。陽華と遊ぶときは大抵陽華が先に集合場所についているのでこのセリフをいう機会がない。

 陽華に包まれながら待つこと10分、先輩が来た。

「早いねー、待った?」

 ここだ!

「いえ、今来たとこです」

 よし!言えた!密かに憧れているセリフシリーズの1つを言うことが出来た。感謝だ。

「早速行こっか。日菜ちゃん、なんかうれしそうだね」

「先輩のおかげです。どこから回りましょう」

「わ、私のおかげ?そっか、ふーん」

「先輩、顔赤いですよ。今日暑いですもんね」

「そうかな…、そうかも。…ほんと暑いよねー」

 先輩が手で顔を仰いでいる。

 にしても本当に今日は暑い。さすが7月。

 なのに一度洗濯せずに服を返してもいいと言いかけた陽華はどうかしている。モール内は冷房が効いていてそれほど汗をかかないとは思うが、外出する以上は太陽の下で移動することになるのでどうしても汗をかいてしまう。

 そんな状態で数日服を放置していたら臭くなるのは必然。洗濯しなくていいと言われていたら、預かっている間私は異臭に耐えながら過ごさないといけなくなってしまうところだった。

「暑いし、早く入ろ。それでアイスでも買って食べよっか」

「そうですね。

先輩、好きなアイスの味とかあります?」

「そうだなー、チョコミントかなー。日菜ちゃんは?」

 うげ、チョコミント。食べたことはないが歯磨き粉で有名なあの?まさか先輩が好きだとは…。

「あ、その顔、歯磨き粉とか思ってるでしょ」

「そんな、思ってませんよ。ただ、世間的にはチョコミント=歯磨き粉のイメージがあるなーと思っただけで」

「ははは、思ってるじゃん」

「ふふ、ですね」

 この前は検証のため心拍に意識にしかあまり意識がいかなくてわからなかったが、好きな人と話すのは思いのほか楽しい。

 ただ、楽しいと思うほど偽名を使っていることへの罪悪感が膨らんでいく。


 適当な店でアイスを食べたのち、私たちは先輩たっての要望で洋服店に向かっている。どうも私に服を選び、私に服を選んでもらいたいらしい。この展開にデジャビュを感じるが、気にしないことにする。

「日菜ちゃんかわいいから今から何着せるか楽しみだよ」

「かわいいだなんて…。ありがとうございます。私は今から気に入ってもらえる服を選べるか不安ですよ」

「そーなの?てっきり服選ぶの得意なのかと」

 なぜに?

 ああ、陽華に選んでもらった服のおかげか。自分で選んだという手もあるが、今、過去に吐いた嘘が及ぼす影響を身をもって実感しているため、ここは素直に事実を言おう。

「服選びめっちゃ苦手ですよ」

「でも今日の服すごい日菜ちゃんに似合ってるよ?」

「これは今日のために友人……いや、友人の陽華に選んでもらったんです」

 これからはなるべく隠し事はなしだ。まず手始めに陽華の名前を明かそう。

 元はと言えば不良っぽい先輩の魔の手が陽華にまで及ばないように名前を隠していたが、今となっては先輩が不良だとは微塵も思っていない。あの時は私が緊張していたのと、先輩の眠そうな顔を不機嫌なのだと心のどこかで誤解してしまっていたことが原因だろう。

「お、やっと日菜ちゃんの友達の名前教えてくれたね。ちょっとは信頼してもらえたってことかな」

「初対面の時と比べたらそりゃあ、もう」

「それはうれしいなぁ──とうちゃーく。じゃあ、いったん別れてお互い服を探しに行こうか。それで決まったらそこの試着室の前集合ね」

「わかりました」


 さて、先輩に似合う服か…。

 ぱっと出てくるのはパーカーだが、それは普段私が着ているからだろうか。パーカーでも似合うのだろうが、せっかくならもう少し選択肢を出してみたい。

 ここは私が先輩が何を着ていたらうれしいかで決めてみよう。

 それだと……学校で着ているようなシャツにズボンだろうか。両方サイズが少し大きければなおうれしい。

 いや、ワンピースも捨てがたいな。先輩は身長が高いから似合うと思う。

 何を着てほしいかを考え出したらあれもこれもと波のように溢れ出す。うーむ、悩むな。


 ──結局純白のワンピースになった。お値段は見ないことにする。先輩がこれを買うわけではないため、そこは選考基準から外した。が、やはり高い。

 これを持って集合場所へ行くと既に先輩が待っていた。

「お待たせしました」

「長かったね。こんなに真剣に選んでもらえるとは思わなかったな」

「先輩に下手な服を着てほしくないので…」

 あれ、先輩が選んでくれた服が見当たらない。

「先輩が選んだ服はどこですか?」

「そこの試着室の中だよ、入ってからのお楽しみ。で、日菜ちゃんは持ってきた服を試着室の中に置いといてね」

「わかりました。じゃあ、ちょっと待っててください」

 そして私は目の前の試着室に入る。

 そこには襟物がセーラー服のような白い服と、藍色のロングスカートが置いてあった。

 細いリボンをつけるのに少し苦戦しつつ、着替えを済ませ、鏡で先輩の選んだ服を着ている自分を見る。

 スカートだけだと制服のようだが、服は襟元がセーラー服のようだがそこ以外は普通の服のように感じられるため、全体としてそれほど制服感はない。

 一通り確認したので、カーテンを開いて先輩にお披露目だ。少し緊張する。

「どう…ですか?」

「うん、いいじゃん!よく似合ってるよ」

「ありがとうございます。じゃあ、着替えますね」

 カーテンを閉めようとしたところを先輩に腕を掴まれて止められた。指が細い…!

「ちょっと待って。写真撮りたい」

「え、何でですか」

「こんなにかわいいんだから残しとかないと損だと思ったからだよ」

 『かわいい』と言われると弱い。うれしさが忌避感に勝る。

「しょうがないですね…。はい、いつでもどうぞ」

「やったー!じゃあ、撮るよー」

 フラッシュが来ると思い、目を見開いていた私の努力は徒労に終わった。

「うん、いいね。やっぱりかわいいなぁ」

「今度こそ着替えてきますね」

「はいはーい」


 着替え終わり、今は先輩が服を着替えている最中だ。中からごそごそ聞こえてきて、妄想をしてしまうのは仕方がないことだろう。

 好きな人が目の前で一枚布の裏で着替えていたら誰だってそーする、わたしもそーする。

「じゃーん。どう?どう!?」

 よほど自信があるのか、すごく食い気味に感想を求めてくる。

 言うだけあって、すごく似合っている。私がこの服を選んだのだと思うと鼻が高いが、先輩の素材の良さがあってのことだろう。

「いいですね。すごい似合ってますよ」

「ありがと。日菜ちゃんにそういってもらえるとすごいうれしいよ。

それで、あとは?何か言うことない?したいこととかない?」

 したいこと?何か私に要求されたいのか?

 不思議そうにしていると先輩はやれやれと肩をすくめて諭すように言ってきた。

「さっき私が日菜ちゃんの写真撮ったじゃん?だから日菜ちゃんも私の写真撮ってもいいんだよ」

 なるほど、そういうことか。やられたらやり返してもいいと先輩は言っているのだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 先輩の姿を持っておけるというのは素直にうれしい。こういう時にスマホのカメラが少ないのが悔やまれる。


 私が写真を撮り、先輩が元の服に着替えた後私たちはご飯を食べた。

 ちなみに私はラーメンを、先輩はペッパーライスを食べた。目の前からのジュージューという肉の焼ける音を私が意識しているのを察知してか先輩が一口食べさせてくれたことは忘れまい。

 そして今私たちは私の希望で本屋に来ている。

 この前家族で来た時に財布の都合で購入することができなかった本を買うのだ。

「本屋とか来るのいつぶりだろ」

「先輩も読んだらどうですか?よければおすすめしますよ」

「うーん、せっかく最近図書室行ってるし、日菜ちゃんのおすすめなら読んでみよっな」

「勧めるにあたって、どんなジャンルが好きとかあります?」

 好きなジャンルが分からなければ何を勧めたらいいのか見当もつかない。

「ジャンルかー。そうだなー、恋愛ものがいいな。できれば同性間のやつ」

 先輩は腐女子だったのか。

「同性間ですか。男同士は私の専門外です。すみません」

「謝ることじゃないしよ。それに私が気になってるのは女同士のやつ」

 ほー、そっちなら最近わかるようになってきている。

 なぜなら私自身が先輩という同性を好きになり、最近は百合ものを開拓していっているのだから。実際、今手にもっている本も女性間恋愛の話だ。

「奇遇ですね。私最近そういうの読んでるんですよ。それなら、今から私が買う本を一緒に買いませんか?これ、先輩が求めてるジャンルの本なんですよ」

「すごい偶然だね。じゃあ、それ買っちゃおっかなー」

 こんな偶然があるものなんだな。もしや先輩も女の子を好きになったのだろうか。なーんて。

 そうだとしたら偽名を打ち明けるハードルが上がる…。が、だとしてもうれしい。


  ☆☆☆


 先輩との会話の最中、ふとアクセサリーショップを見る。

「あそこ入る?」

 先輩が気を使ってくれるが、

「いえ、大丈夫です。ちょっと目に入っただけなので」

「そう?それでこの前さ───」

 先輩とお揃いで何か買いたいと思ったが私の一方通行な思いに先輩を巻き込むまい。

 それにそんなことをすれば偽名の罪悪感がより大きくなり、やがて私を押しつぶすだろう。

 でも、いつかちゃんと先輩に本名を明かして、付き合うことが叶った暁にはお揃い、いやペアルックで、なにか買いたいな…。


 ショッピングモールの駐輪場の前に到着した。

「じゃあ、今日はここで解散だね」

 結局この会で偽名を明かすことは私の勇気が出ず、叶わなかったが嘘を吐き続けることのデメリットをいやというほど体感できた。

 今度、先輩と図書室で会うときにでも告白しよう。そしてそれから改めて関係を築き直そう。

「はい、じゃあまた今度」

 ──いや、それでいいのか酒々井凪沙(しすいなぎさ)。後回し後回しにして先輩のことを裏切る期間を引き延ばしにしてもいいのか。

 決して良くない。良くないのだが、先輩の幻滅した表情をを想像すると足がすくむ。

 そうこうしているうちに先輩はもう自転車に跨って今にも駆け出してしまいそうだ。どうしよう、どうしよう、どうしよう………。

「日菜ちゃんどうしたの?顔色悪いよ?」

 先輩が私を心配して私のもとへ来てくれる。今はこんな優しさもつらい。

 名前を明かさないということはその人への不信感の表れだと思う。

 私が先輩のことを信頼していない訳がないが、先輩にそのことはわからない。なので先輩からしてみれば今この瞬間にも私が先輩の優しさを裏切っているようなものなのだ。

 こんな時に陽華から『がんばれ』の一言をもらえれば──

 『まだ偽名なんて使ってるの?』あれ?『仲のいい後輩に偽名を使われてるなんて知ったら、先輩どう思うかなぁ』ん?

 イマジナリー陽華からは激励ではなく、咎められてしまった。この前、実際に陽華に言われた言葉だ。

 いかん、このままでは本当に罪悪感によってぺしゃんこにされてしまう。

「先輩、すこし話があるんので、この後の時間もらいますね」

「有無を言わせぬはっきりとした言い方だね。いいよ、なに?」

「ここだと何なので、すぐそこにある喫茶店で話しましょう」

 結局、私の背中を押したのは罪悪感から逃れたいという後ろ向きな気持ちからだったが、告白する機会を得られたことに変わりはない。

 それにその罪悪感を荷重してくれたのはほかでもない、陽華なのだ。陽華にはこの先足を向けて寝られないな。

 よし、行こう。


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