9日目②
陽華は罰ゲームが終わるなりトイレへ行ってしまった。
しかし本当に持ち上げたことに気が付かなかったのだろうか。
確かに一瞬ではあったが、持ち上げられた側は多少の浮遊感があるものだと思うのだが…。
──それにしても、いいにおいがした。
この部屋に入ってから常に私の鼻に入ってきているこのにおいは、私が陽華を持ち上げるため、陽華の体に全身を密着させたそのとき一気に濃くなった。
それはこの部屋が本当に陽華の部屋なのだと実感させてくれ、私に確かな興奮をもたらしてくれた。
…ふう、平常心平常心。陽華に悟られてはだめだ。
「ただいまー」
「おかえり。結構長かったね。大?」
「デリカシー」
今の発言は確かにデリカシーがなかった。
話を切り出すにはこのタイミングでいいだろうか。
陽華は上機嫌に見えるし、頼みごとをしても了承してくれるような気がする。
世間話とか挟んだほうがいいかな?
…ええい!ままよ!
「ちょっと陽華にお願いがあるんだけど、いいかな?」
「凪沙、勝負に負けたって覚えてる?」
「それはさっきので方がついたでしょ。…陽華しか私にはいないんだよ。だから、ね?」
「いいけど、内容によるよ。何でもは負けた凪沙にはないからね」
へっ、ちょろいもんだぜ。
陽華も私に負けず劣らずちょろい。
「ありがと、陽華!大好き!」
「はいはい、ありがと。それで、お願いの内容は?」
あれ?こう言えばいつもの陽華なら、
『ありがと。私も、その…すきだよ?』
みたいな返事が返ってくると思ったのだが…。まあ、些細なことだ、気にしない。
「そのー、今度先輩と遊びに行くことになってさ、それで、陽華に服を見繕ってもらいたいなぁ、って。
ほら、私って服のセンス微妙でしょ?」
「それぐらいなら別にいいけど。
その先輩って例の?結構仲良くなってるじゃん」
「ありがと、助かる。まあ、成り行きでいろいろあって結構仲良くなってる」
「ふーん。なのにまだ偽名なんて使ってるの?」
「うっ」
「仲のいい後輩に偽名を使われてるなんて知ったら、先輩どう思うかなぁ」
「それは、その…。言い出すタイミングがないから言ってないだけだよ。
タイミングがあれば今にでもちゃんと告白するよ」
痛いところをついてくる。
確かに、好きな人に対して、というか誰に対しても偽名を使っているのはとても失礼なことだろう。
実際、好きになったからにはそのうち告白をしようとは考えているが、そのタイミングで、『私の名前、実は日菜じゃなくて凪沙なんです!』
なんて言えば、愛の告白なんて雰囲気は霧散し、きつい詰問が待っていることだろう。過去にいければ、偽名を使うなと過去の私に言ってやりたい。
なので、告白をするにしても、本名を明かした後でなければならない。
陽華に言われる前からわかっていても、行動に移していなかったのは確かにタイミングの問題もあった。
しかしそれはラインで『話がある』とでも連絡すれば解決する程度の問題だ。
行動に移せていないのはやはり、覚悟の問題が一番だ。
偽名を使い、今まで接してきた相手と前と同じように接してくれるだろうか。
例えば、陽華という名前が偽名で、実は別に名前があるなんて知った日にはショックで数日寝込むかもしれない。
つまり、関係悪化は免れない。
それこそが私が足踏みをしている要因だ。
いっそ先輩がどこかで私の本名を知って、先輩のほうから私を問い詰めてくれれば楽なのだが…。
「その話はいったん置いといて、いつが先輩と遊ぶ日なの?」
「今週の土曜日」
「え!?3日後じゃん!?」
「ごめん」
「いいけどさっ!どうするの?凪沙の持ってる服なんて把握してないよ!」
結構焦ってるな。予定ではもっと喜んでくれるはずだったんだけど。
「今日家でクローゼットのなか写真で送る?」
「実際に着てみないとわからないこともあるでしょ!」
そういうものなのか?
「──よし、今から私の服の中から選んでもらうことにした!異論は認めない!」
「はい」
私は陽華の勢いに気圧されるままに返事をするしかなかった。
☆☆☆
「異論はないけどさ、陽華は私に服貸してくれちゃっていいの?」
「いいの、いいの。減るもんじゃないし。なんなら増えるかも」
そういうものなのか。
「じゃあ、早速数着服見繕うから、ちょっと待ってて」
そういうと陽華はクローゼットから服を取り出し、私の前に置いていく。
どれも雑誌に載っていそうなほどおしゃれな服たちだった。
「とりあえず、このあたりかな。どう?気に入ったやつとかある?」
「服のことはよくわかんないからなぁ。
その辺のから着てみるから、陽華あっち向いてて」
「えー、別に女同士なんだしいいじゃん。それに最後に見たときから凪沙がどれぐらい成長してるか確認しないと」
「確認しなくていいの。それに私にだって羞恥心はあるんだからね」
制服を脱ぎ、近くの服に手を伸ばす。陽華はご丁寧に上下セットで置いておいてくれているため、大変助かる。きっと私のセンスを考慮してのことだろう。
服を着ると、陽華に抱擁されているような気分になる。きっと服のにおいのせいだろう。
「きたよー」
「うん、かわいいね。感想とかある?」
「そこに置いてあるの含め、私が着ないタイプの服しかないね。これの感想は率直に言うと違和感がある」
「素直な感想どーも。たぶん全部凪沙には違和感あるんじゃないかな。だから慣れて。おしゃれは我慢だよ」
「おしゃれしたいって言ったのは私だから我慢はするよ。
次の着るからまたあっち向いてて」
「ちょっと待って、最後に見返せるように写真撮るから」
私たちは今のを5回ほど繰り返した。
「はい、これが実際に凪沙が私の服を着てる写真たちだけど、凪沙はどれがいい?」
「んー…」
見た目で決めようにも全部おしゃれで決められない。
「陽華が決めて。私には決められない」
「素材がいいからなんでも似合っちゃてるんだよなぁ…。──そうだ、先輩に送ってみるのはどう?」
「いやいやいや、それだけはない」
「なんでさ」
「何でもなにも──…とにかくそれはない!」
好きな人に自分がファッションショーをしている写真を送るだなんて、一体どんな羞恥プレイだ。
というのが案の却下理由なのだが、陽華にはきちんと説明しない。
まだ陽華には私が先輩のことが好きなのは内緒だ。報告するときは付き合えた後か、何かがあって、陽華に相談するときだ。
「じゃあ、ルーレットとか」
「せっかく服貸してあげて着てく服を決めようとしてるのに最後は運で決めちゃうの?なんかもったいなく感じちゃうなー」
「それならどうやって決めろっていうのさ」
「ん~~、一回持ち帰らせて。決まったら凪沙の家に持ってくよ」
「悪いよ。私が取り行く」
「久しぶりに凪沙の家にも行きたいからいいのいいの。気にしないで」
「そこまでいうなら…。てか、家来たいならいつでも来たらいいのに。大体暇してるから私いるよ?」
「そうなの?じゃあ、今度行っちゃおっかな」
「今週の土曜はいないからね」
「わかってるよ」
窓から外を見ると、空は真っ赤に燃えていた。
「いい時間だし、私は帰るね」
「そこまで見送るよ」
帰り道の曲がり角まで私と陽華は特に話をするでもなく、静かに歩いた。




