1日目
退屈だ。
私はとってつけたように思いながらいつもの教室までの廊下を一人でのんびりと歩く。
大半の高校生は「退屈だ」と思っているのだろうと考え、私もこう思うようにしている。
というのも、私には私由来の感情というものはない。
だからといってそれを前面に出して、ヤバいやつアピールをしているわけではない。
私はただの高校生、つまり小市民になりたいのだ。
☆☆☆
高校一年生、春。高校生活が始まって二週間強、ほどほどに学校には慣れてきた。
「慣れてきた」といっても、新しい友人ができたわけではない。ただ、通うこと、過ごすことに慣れてきただけである。
さて、時流れ、四限終わりの休み時間がやってきた。
クラスメイト達は各々友人のところに弁当やパンを持っていたりしているわけだが、当の私は、自分の席で母に作ってもらった弁当を一人で食べている。というのも、今日は、唯一の友人である日菜月陽華は彼女のクラスメイトとの約束があるらしい。普段は決してボッチというわけではないことをわかってもらいたい。…陽華は、なんで私が友達やってるのかもわからないぐらいの人気者で、陽キャだから、こういうことのほうが多いけど…。
しかし、陽華と私は中一からの付き合いで、今年で四年目だからこの学校の中では私が陽華のことを一番知っているから決して嫉妬(?)なんかではない。
そんなことを考えているうちに食べ終わった。
するとほぼ同時に、私は自分の本をカバンから取り出し、席を立つ。図書室へ行くためである。
別に、教室で堂々と本を読んでもいいのだが、図書室の落ち着いた雰囲気の中で読むほうが捗るというものだ。これは決して逃げではない、断じてだ。
図書室にたどり着いた。
定位置に腰をおろし、本を開く。
我が校の図書室の隅の周りには壁があり、あまり見えない場所があるのだ。ある日私がそこに目をつけた。
その日から、陽華との約束がない日はそこが定位置となり、そこで本を読んでいる。
こういった場所には人がいるものだとばかり思っていた。人は隅を好む生き物だ。しかも、この学校はそこそこ在籍人数が多い。所謂マンモス校であった。
しかし、若者の本離れを甘く見ていた。今日、ぱっと見た感じでは、5人いるかいないかだ。
まあ、その分落ち着いて、特等席で読書ができるので良しとしよう。
ーーー「君。この隣、誰か来る予定とかある?」
急に声が聞こえてきた。しかも、ちょっと低めのすこし怖い系の声が。
「誰も来ないなら、隣イイ?」
「誰か来る予定はないのでイイですけど、なんでわざわざ人がいるココなんですか?
空いてる席ならいくらでもありますよ。」
「そうなんだけどさ、ココって人目がほぼないから、昼寝に最適なんだよね。」
昼寝?
少し気になって目を彼女の方へ向けてみる。
思わず「beautiful…」と言いたくなるような背の高い美人さんがそこにはいた。
☆☆☆
彼女は本を持っておらず、少し眠そうな顔をしている。「本?何それおいしいの?」といい出しそうな、図書室には縁のなさそうな見た目だ。
「君。名前は?学年クラスは?それなに読んでるの?」
どうしたのだ、この先輩(ネクタイが緑色だった。緑は2年生である)は藪から棒に。
それに、質問は一つずつしろと小学校で教わらなかったのか?
それはそれとして、質問には答えよう。親切心は大切なのだ。
「名前はしす…」
待てよ、この先輩は少しだが怖い見た目をしている。髪も染めているのか金色だし…
よし。
「名前は月極日菜、一年八組です。これは川端の伊豆の踊子です。」
嘘を吐いた。だが、学年クラス、読んでいる本に偽りはない。
名前だ。名前を偽ったのだ。
☆☆☆
我が校は、普通科と特進科を設けているのだが、普通科のほうは、すこし治安が悪いという風に陽華から聞いている。この先輩は明らかにそれに該当しているように見える。
本題の偽名を使った件についてだが、その理由は単純明快。そんな人に顔を知られてしまったことについては仕方がないにしても、名前まで覚えられるのは少々マズイか、と小市民なら思うはずだと思ったからだ。
その考えに従い、私は偽名を使った。
「おお!特進科!頭いいんだね。名前は月極日菜ちゃんか…。ちなみに私は桐生綾瀬、二年三組だよ。よろしくね。
…日菜ちゃん、日菜ちゃんか。かわいい子は名前までかわいいのかな…?」
名前を私のほうから聞いていないのに、自分からいったぞ、この人。それに後半なんて言ったんだ?なんらかの質問だったか?(先輩が私が特進科だと分かった理由は、七、八組が例年そうだからである。)
「よろしくお願いします?」
ーーー
まあ、いいか。会話も途切れたことだし、本に集中しよう。どこまで読んだかな…
「日菜ちゃん、学校はもう慣れた?」
途切れてなかった。
しかし、聞き取れなかった部分は質問ではなかったらしい。ヨシ!
「まぁ、それなりに…」
「そうか。それはいい。得意な教科とかってある?」
「物理が割と得意ですね。」
「ほお!つまり日菜ちゃんは理系なのか。じゃあ次の質問はー」
<キーンコーンカーンコーン>
予鈴が鳴った。
「なっちゃったね。じゃあ、またね明日ね。」
質問詰めの時間は終わったらしい。…結局あの人寝てないぞ。何しにここに来たんだ。
しかし、最初に見た眠そうな顔はどこへやら、先輩の顔は元気そうな笑顔が浮かんでいた。
ーーーまた明日?
☆☆☆
さて、放課後だ。今日は私も陽華も部活動がお休みなので、一緒に下校だ。
「昼は凪沙のとこ行けなくてゴメンねー。さみしくなかった?」
「別にさみしくなんてないよ。陽華知ってるでしょ、私には私由来の感情なんてないんだよ。」
「はいはい、そうだったね。」
む、まただ。いつも陽華は私の本質の話をすると信じていないような態度をとる。まったく、中二の時点で告白しているのにまだ信じていないのか。陽華は頑固だ。
「そうそう、昼といえば今日図書室に行ったんだけどさーー」
今日の昼にあったあの桐生綾瀬とかいう先輩のことを陽華に共有した。
「へぇ、そんなことがあったんだ。ふぅん。」
そういうと陽華は頬を今にも膨らましそうな言い方をした。
私が女の子の話をするといつからかこうなるようになった。この状態の陽華を見ると「かわいいな」といつも思う。人気者の陽華でもこんな風に嫉妬することがあるのだと、あの陽華が私に嫉妬してくれているのだと。
そう思うと一時の優越感のようなものを感じる。あの陽華が私に友情以外の特別な感情を抱いてくれているのだという風に勘違いすることができる。
「まあ、イイとして。偽名なんて使ったんだ。『ツキギメヒナ』ねぇ…。ツキギメなんて偽名っぽすぎじゃない?ばれたらその綾瀬とかいう先輩にシめられない?怖い系の見た目だったんでょ。」
「まあ、ばれないでしょ。それに、先輩は『また明日。』なんて言ったけど、ただの方便だろうし。すれ違うことぐらいはあるかもしれないけどもう関わることはないよ。仮にばれたとしても私には天下の日菜月陽華がいるんだから、そうなったら存分に助けてもらうよ」
「そうだったらいいけどね。凪沙は顔がイイんだから、その先輩お眼鏡にかなっちゃたんじゃないの?」
「ないない、だって私も先輩も女だよ?あと、顔がイイは陽華の勘違いだからね。うれしいから、いいけど」
「そっか」
?なんかより不機嫌になった気がするぞ。なんでだ?
♡♡♡
夜、私は親友の酒々井凪沙にメッセージを送った。
『凪沙が例の先輩に使った偽名の漢字とかって決めてるの?』
『ツキギメに関してはそのまま月極駐車場の字にする。ヒナは…日菜にする。かわいいでしょ( ¯﹀¯ )』
なるほど、月極日菜か…。
…。4分の3が私の名前の字を使っていることに気が付いた。
特に名前なんて「陽菜」でも「日奈」でもいいのにわざわざ予測変換ですぐに出てこない字にしている。
意識しすぎていることは理解している。これは自惚れだ。
だが、顔が赤くなっていくのを感じずにはいられなかった。




