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【第6話】好きなものは好きだし、一度触れれば止まらなくなるらしい。

 煌びやかなシャンデリアが垂れ下がるホテルの会場。

 今年は50人程度だろうか。

 

  一年に一度顔を合わせる親戚の集まりに今年は母さんと晴日と俺の3人で出席した。

 父さんは仕事のため欠席だが、単にこの場に居づらいのだ。

 何せ、料理人の父さんはこの場では異色だ。

 今でこそ、俺が出向くことで父さんの顔が立つようになったのだが。


「あらー、太陽! 見ないうちにまた背が伸びたんじゃないの?」


 そう声を上げたのは、母方の祖母だ。

 祖母の少し後ろには祖父の姿もある。

 こうしてみると夫婦と言うよりもボスと使用人のようだ。


 うちの家系は女性優勢。

 女性が圧倒的な権力を握っている。


 『雨宮』の姓も母方のものだ。

 父さんも婿養子ではないにしろ母さんの姓を名乗っている。


 祖母はフルート奏者で、祖父はトランペット奏者。

 祖父が俺の横に並び背比べをはじめる。


「何センチになったんだ」

「176……」

「あらー、じゃあまだ伸びるわね」

「負けちゃったなあ」


 父との確執があるとは言え、祖父母は嫌いじゃない。

 だが、その孫の成長を喜ぶ微笑みがやけに胸に刺さる。


「ピアノは? もうそろそろ再開してもいい頃じゃないの?」

「いや、まだ……」


 言葉に詰まると遮るように向こうから、俺を呼ぶ声がした。


「あ、いたいた! 太陽くん!」


 マリアおばさんだ。

 おばさんは手を掲げ俺に力強く手を振った。


 おばさんはビオラ奏者で、妹の晴日はおばさんに憧れて5歳の時にバイオリンを始めて、今年で10歳になった。


 真っ赤なドレスがおばさんの嫌味のない明るさを放出する。


「今年も楽しみにしてるわよ」


 母方の親戚は皆、音楽一家で国内では著名だ。

 まあ、音楽家の著名性なんて、よほどの音楽好きでなければ一般人と変わらない。


 そんな音楽一家の中でも天才と評されたのが、俺だった。


「幾つになったの?」

「――17歳」


 横から母さんが割って入ってくる。


「あれ、晴日は?」


 母さんと共にいたはずの晴日の姿がなかった。


「つまらないからロビーでゲームしてるって」


 小声で返答する母さん。


「大丈夫なのかよ」

「ユリアちゃんと一緒」


 ユリアというのは、俺たちの従姉妹でありマリアおばさんの娘だ。


「3歳からだっけ、太陽がピアノ始めたの?」

「そう、5歳でプロデビュー」


 おばさんと母さんの会話。

 決まり文句のように毎年毎年同じ話が繰り返される。


 世界的に注目を浴びはじめたのは、今の晴日と同じ10歳頃。だが、それと時を同じくして俺は表舞台から姿を消した。

 表向き、勉学を理由に休業という形になっている。

 だが、俺が表舞台から消えた本当の理由は、親戚も知らない。


 そんな秘密を俺たち家族は抱えている。


「今日はそうね、ルミエールなんてどう?」


 マリアおばさんに手を引かれ、ピアノの前に座らされる。


 ルミエール。

 正式には、メロディ・ド・ラ・リュミエール。


 日本語で光の旋律。


 俺が5歳の時に気まぐれに作った曲だ。

 もちろん、タイトルは母さん命名。


 ピアノはしばらく弾いていない。

 いや弾いたのは去年のパーティか?

 そんな俺に、耳の肥えた音楽家たちの前で弾けというのだから、おばさんも意地悪だ。


 晴日が席を外している今、弾けとなれば弾く。


 俺は耳を澄ませ、鍵盤に指先を置いた。


 ――F……


 歪みなく調律されたその音色に思わず頬が緩んだ。

 耳に残るピアノの音に手を掴まれたかのように、無機質な白線に触れた。


 騒々しかった周囲の音が静まり返っていく。

 空気を吸い込む。

 それから、溜まっていた奏欲を吐き出した。


 鍵盤に指を打ち鳴らす。


 止まらない。

 指先が止まらない。

 

 音が溢れ出す。

 溶け出すかのように、旋律が止まない。


 このまま、いつまでも鳴り続ければいい。


 また、だ。


 こいつと離れたことに未練などない。

 

 なのに、触れるとつい、思ってしまう。


 弾きたい。


 *


 フィーネ(おわり)を求めないその音色に、親戚のみならずホテルのエントランスを歩く人々までもが振り返った。

 その中で長いポニーテールがつやりと揺れ動いた。

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― 新着の感想 ―
ピアノを弾きたいという感情はあるんですね。 それでも弾かないということは自分で禁じているということでしょうか。 妹と7歳差でバイオリン奏者になっていることとも関わってきそうな感じですね。 まだまだ謎の…
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