【第3話】俺の親友は創造神に会いたいらしい。
「――雨宮くん?」
八社宮さんの澄んだ声に現実に引き戻される。
「あ、なに?」
「だから、あの、お詫びを兼ねて何かお礼をさせてほしいんです」
彼女の真っ直ぐな誠実さを感じるものの、その瞳が言い淀むように揺れていた。
いや、どこか照れ臭そうに見える。
「いや、いいよ、そんなん」
左手首に乗せた氷が溶け出しテーブルの上に水溜りを作り始めている。
「それじゃ、私の気持ちが……収まらないです」
彼女の指先がスカートの裾を握り締めていた。
八社宮さんが顔に落ちてきた横髪を耳に掛けながら、微かに頬を赤らめる。
「――何か、私にできること、して欲しいことはありませんか」
これには流石に俺も唾を呑み込んだ。
「そんなん言われてもな」
どうやら、俺は彼女に何かを頼まねばならないらしい。照れながらも上目遣いでこちらを見つめるその眼差しにプレッシャーを感じながら、俺は今の不健全な思考では健全な思考にたどり着けないことを悟る。
「……んじゃ、考えとく」
そう言った俺に八社宮さんは申し訳なさそうでありながら、「はい」と嬉しそうにポニーテールを弾ませた。
*
「――それ、面白いか?」
翌日、学校の昼休み。
前の席で無我夢中に漫画を捲る御岳 拓人に俺は問い掛ける。
「あ? 漫画に興味のないお前にはこの面白さが分からんだろうが、一言で答えてやるよ。超っ絶、面白い」
二言だ。
ちょうど読み終わったらしく漫画を閉じ机に置くと、御岳は湿布の巻かれた俺の左手首を一瞥する。
「で、それどうしたんだよ。お前が手を怪我すんなんて珍しいじゃん」
「……バイトで転んだ」
「ダサッ」
「うっせえな」
そこまでやり取りしてから、御岳がため息混じりに頭の後ろで腕を組んだ。
「親御さん、心配したんじゃねーの?」
幼稚舎からの幼馴染である御岳は俺のことはもちろん、俺の家族のこともよく知っている。
「まあ……帰ったら母さんは病院行くって聞かなくて、渋ったら医者がうちに来た」
「流石、太陽ママだな」
「――いい加減、諦めて欲しいわ。この手にも」
昨日の母さんを思い出すとゲンナリする。
俺の心配以上に、手の心配をしていた。
「お前の気持ちも分かるけど、俺は太陽ママの味方だな。優しいし、美人だし」
「優しいのも美人なのも関係ないだろ」
――ピコン
机に置いていた俺のスマホに通知が入った。
《ハサミ(@833_manga)さんからのメッセージ》
画面を見逃さなかった御岳がすかさずスマホを強奪する。
「あっ」
「は!?」
御岳は瞬時にメッセージを連打し、俺にスマホを向けて顔認証をパスする。
「いやいやいや、お前、これはなんだこれは!」
「勝手に人のスマホとメッセージを開けるな」
御岳はそのメッセージの送り主に明らかに興奮している。俺の声が聞こえないらしい。
「これは……この超絶面白い漫画の創造神だぞ!」
顔を真っ赤にした御岳は、俺のスマホと漫画を行ったり来たりしながら叫んだ。
八社宮さんには悪いが、それから俺は昨日あったことを御岳に包み隠さず話した。彼女のハンデのことは伏せて。
「会わせろ」
言うと思った。
「――いや、彼女が承諾するか……」
俺は、半ば御岳に言われるがまま八社宮さんへ連絡を取った。
『漫画の職場を見学させてもらえませんか。友人と』
どうせ断られるだろうと思って、数分後――
『はい! いつでもどうぞ』
すんなり、承諾されてしまった。




