【第21話】濡れた服は冷たいらしい。
――読めない。
戻ってきた彼女たちの様子は、笑みと真顔の両方を備えていた。
何かあったかのような、何もなかったかのような、そんな風に見えて、迂闊に踏み入れば、奈落に落ちるのは俺だけではない。
紙子もだ。
御岳と笑い合う紙子に、俺は、紙子の何に怯えていたのだろうか。
金をせびり、俺を地獄に留めようとする彼女も地獄にいる。
紙子がテーブルに置いた、赤い液体から目を背けながら俺は、焼き終えた料理を片手に、紙子の脇に座った。
焦げて縮んでカスになった肉片が盛られた皿を眺めながら、胸に溜まった重いしこりが喉元に上がってくるのを感じていた。
「なんだよ、食べねえのかよ?」
正面で俺に顔を向ける御岳の口にはポテトチップスが大量に詰め込まれていく。
口を開く。
こんなところで、話すことではないけれど――
俺にとって御岳と八社宮さん、どちらかを差し置くことはできなかった。
「あのさ、こういう場所で話したくないし、話すべきではないと思うんだけどさ。二人に聞いてほしいことがあって」
「二人?」
御岳と八社宮さんが顔を見合わせる。
紙子が隣で息を吞んだ音が、聞こえた。
「俺は――人を刺したことがある」
周囲の喧騒が異様に沸き立って、降り注いでいく。
固まった御岳と八社宮さんを見てから、俺は首を下げた。
「……っえ、えっと、ん? え?」
御岳の喉から出る音に、罪悪感が募っていく。
「ごめん、今まで黙ってて」
ただ、音だけを聞いていた。御岳の動揺が伝わってくる。
なのに、八社宮さんの音は一つもせず、その場にいないのではないかと錯覚する。
「は? 雨宮何言ってんの? 熱、熱でもあんじゃないの」
思いがけず、紙子が俺に手を伸ばし額に触れてきた。
俺は、咄嗟にその腕を掴み握り締めていた。
紙子のグラスが倒れ、足元が濡れ、服が重量を増し、俺の熱をさらに奪っていく。
ハッと一瞥した紙子の瞳が揺れている。
それから、一瞬映った八社宮さんは口元に手をあて、呼吸を整えていた。
「雨宮、痛い」
紙子の腕を掴んだまま、俺は、御岳の顔、八社宮さんの顔を見た。
「刺したのは、紙子の親父さんだ」
「え?」
落ちていく。
地獄の底へ。
嫌われることの覚悟をしきれぬまま、俺は、やっぱりこうなるんだと半分自嘲しながら、
掌から紙子の冷めた体温を感じていた。
「聞いてほしい、あの日あの時のこと――」
音を奏でたこの指が、穢れている。
テーブルから滴る赤い液体が俺と紙子に垂れ落ちる。




