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【第20話】点数よりも大事なことがあるらしい。

 女子限定スペシャルドリンク特典のチケットを2枚引き換えて、気泡が浮かぶグラスを紙子さんが受け取る。


 赤と青。

 どちらもグラデーションが映える綺麗な色。

 

「どっちがいい?」

 明るい笑顔の紙子さんが、私にグラスを掲げる。

 優柔不断で迷う私と反対に紙子さんはハッキリしている。

 

「じゃ、わたし赤~」

 

 お店で、はじめて会った時と今の紙子さんはだいぶ違う。私にとっては、きっぱりした女の子。

 それでも、太陽くんは時々、紙子さんに怯えているように見える。


 そんなことを思いながら、紙子さんから受け取ったハワイブルーのグラスを眺めていると、


「――漫画家さん、この前は悪かったね」

 横に並んで歩く紙子さんは少し俯き気味にそう言った。


「いえ、私もでしゃばったことを言って……」


 青空から降り注ぐ位置の低いお日さまの光が私たちの行先で眩しく輝いている。

 

「——ねえ、漫画家さん」


 ベリーミックスのグラスを片手に抱え、


「少女漫画だったら、どう描く?」


 もう片方の手で日差しを遮る紙子さん。

 突然の問いに、私は彼女の方に顔を向けた。


 でも、紙子さんは正面を向いていて、まるで独り言かのように質問を続けた。

 

「主人公の少女にはなんの罪もないの。でもさ、家柄のせいでね、大好きな王子様に近づけないの。少女の家はね、王子様に背いた反逆者の家なんだ」


 通りがかった近くのグリルで、ぱち、と火の粉が跳ねた。同時に紙子さんの足が止まった。


「だから考えたの。――自分を悪役にしてでも、彼に近づきたいって」


 それから、顔を上げた紙子さんは、お芝居のスイッチでも入れたかのように、私の顔を見つめて、笑顔になった。


「ねえ、漫画家さん。この話の結末はハッピーエンド? それとも、バッドエンド……?」


 言葉に詰まり、


「それは……」


 すぐには答えられなかった。


 紙子さんが取り消すように首を振った。


「やっぱ、いいや」


 そう言って、紙子さんが再び歩き出す。

 背の高い私と比べたら紙子さんの歩幅は、少し小さくて、今の彼女の後ろ姿は、寂しそうで。


「悪役には、今しかないんだから」


 すれ違いざまに聞こえた紙子さんの独り言が、私の頭の中で繰り返された。


(今しか……)


 そう、人は今を生きることしかできない。


「――紙子さん!」


 自分でも驚くくらい、大きな声で紙子さんを呼んでいた。振り返った紙子さんも驚いていて、周りの人を気にしていた。


 私も一瞬、かっと身体が熱くなるのを感じた。

 でも、伝えなきゃって、口が勝手に動き出す。


「――私はプロの漫画家です」


 紙子さんの瞳がじっと私を見つめている。

 初めて会った時と、変わらない目。


「私は、その人がどう生きたかを描きます。その人が、誰を愛して、誰と向き合ったのか……その先の結末が、どんなものであっても」


 周囲の人のはしゃぎ声の狭間で、紙子さんの瞳が揺れている。


「……きっと、拍手をくれる人がいます」


 思い付きの回答だった。

 多分、時が違えば全く違う答えをしていたと思う。

 でも、紙子さんの後ろ姿を見て答えを探したくなった。


 紙子さんは、何も言わなかった。

 ただ、私を見つめて黙っていた。


「あ、あの紙子さん」


 視線に耐えきれず、顔を逸らしたのは私の方だった。


「ふっ……」


 紙子さんが笑うように鼻から息を吐いた。

 それから、ニッと笑うと舌を出された。


「え?」


 紙子さんが、私の答えに満足したのかは分からない。


 けれど、漫画家としての答えなんて間違っていてもいいのかもしれない。ただ、そうあってほしいと思ったから。


 再び太陽の方を向いて歩き出す紙子さん。

 

 大き目の砂利が靴底を突いてくる。

 抱えたグラスを零さぬよう慎重に歩く紙子さんの姿は、どこか私なんかよりもずっと、不器用な気がした。



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