【第19話】どんな状況でも人は、腹が減るらしい。
夜になればイルミネーションがきれいだとクチコミされていたけれど、こんなところに夜までいたんじゃ俺の精神が持たない。
赤い肉に焦げ目が付いて行く。上がる熱で顔面まで焼けそうな気がしてくる。
グリル担当の立ち見席から、八社宮さんと紙子の姿を逐一監視している男がいる。
俺だ。
「そうそう、小学入学したころから? みんな家が近かったし」
「いいなぁ、幼少期からのお友だち。憧れます」
「先生、俺でよければ今からでもお友だちになりますよ?」
今のところは、仲良く軽食をつまむ八社宮さんと紙子だが、俺の背中にかいた汗はグリルの熱か、それとも冷や汗か。
「あ、けど雨宮とは、もうすんごいちっさいころからだよ。幼馴染的な?」
「幼馴染……」
八社宮さんはポテトを口にしながら、ふぅ~んといった表情で小さく頷いている。
忙しなく動く油分を含んだ唇と、透き通るような柔い肌。
思えば、八社宮さんが何かを食べている光景を目にするのは初めてだった。
バイト中、時たまバックルームに入ってきた八社宮さんが、ペットボトルの水を口にする姿をさりげなく眺めることはあった。
ふと視線を感じ、我に返ると紙子がこちらを見ていた。その口元が笑ったことに身震いする。
「わたしたち、親同士が仲良しだったからさ」
「——紙子!」
声を上げていた。
何事かと八社宮さんと御岳の視線が刺さり、串に刺さった肉を咄嗟に掲げた。
「か、紙子が予約した肉……焼けたぞ」
湯気を立てる厚肉の香りが、空腹の胃に棘を刺す。
刺す。
この手に握るものを見ても何も感じない。
なのに紙子に怯える自分が、浅はかで醜い。
「おお~、待ってました」
紙子が皿を抱え立ち上がる。寄ってくる紙子を漠然と見つめていた気がする。
楽しそうな笑みを被った紙子が憎らしく羨ましい。
俺の警戒心を掌で転がし、翻弄するこの時を楽しんでいる紙子が、恐ろしく逞しく見えるのだ。
「――雨宮、先生の分も頼むぞ」
視界を独占した紙子の背後から、御岳の声が飛んでくる。
御岳は八社宮さんの秘書にでもなろうというのか、俺を使い走りにしながら、八社宮さんの隣を離れようとしない。
紙子をどかし、見やった御岳の横顔の向こうで微笑む八社宮さんが、いつになく眩しく見える。
眼前で肉に食らいつく八重歯とは、正反対な存在なのだ。
「おいしい~」
それでも、紙子の猫なで声が、
純粋だった幼いころの記憶と重なり、彼女を受け入れてしまう自分もいる。
「良かったな」
そう言った自分はいま、どんな顔をしているだろうか。
「――太陽くん、私替わるので座って食べてください」
立ち上がろうとした八社宮さんが、御岳に制止される。
「先生、そこは男の俺たちに任せてください」
ひょこひょこと皿を片手に食料を確保しに来る御岳。
「でも」
ベンチで腰を若干浮かす八社宮さん。きっと、俺は気を遣われている。
楽しみにしてくれていた八社宮さんに、胸の中心で笛が鳴った。
「俺たちって、お前はさっきから何もしてないだろ! 俺のことはいいから、八社宮さんは座ってゆっくり食べてよ」
御岳には鋭い視線を、八社宮さんには笑みを送って見せる。
「ささ、食べましょ食べましょ」
御岳は、皿に肉と野菜、魚介類を盛りつけテーブルへ戻っていった。
下方から、紙子の視線を感じる。
「なんだよ」
「太陽ってさ、あの人にだけは、笑うんだね」
「は? 笑ってんだろいつも……」
「いやぁ?」
視線を合わせずとも何か言いたげな紙子が、そこにいる。
こいつは、これ以上、俺に何を求めているんだ。
互いに、向きを変え会話を終える。
「あ、ねぇ、漫画家さん! 女子だけ特典もらいに行こっ」
その声に俺はマシュマロをグリルに乗せる手を止め、振り返った。
跳ねるように、紙子が八社宮さんに寄って行く。
「はい!」
何の警戒心もなく立ち上がる八社宮さん。
眉間に強く力が込められたことを自覚した。
同時に、御岳が「俺も行く」立ち上がったが、
「は? 御岳は付いてくんな。男はドリンクもらえないの」
紙子のブロックに敗れ、しおしおとベンチに座り直した。
八社宮さんと紙子の後ろ姿が遠のいて行く。
想像していたより、穏やかな時が流れていることにそこでやっと気づいた。
俺が抱いていた紙子への警戒心は、ただの杞憂だったのかもしれない。
そんな考えが沸いた途端、腹が鳴った。
なかなか寝付けず寝坊して朝ごはんを抜いていたことを思い出した。
「太陽、替わるぜ」
今さら格好つけながら肩を組んできた御岳の口に、俺は白い砲弾を放り込む。
「おせぇよ」
「あちぃ――くない!?」
こいつにも、もう心配かけられないな。




