インスピレーションッッッ!
「もうこんな時間ですね」
「そ、そうですね! つい熱中してしまいましたね」
現実時刻は午後9時を上回る。ゲームでは数回ほど昼夜を繰り返して麻痺しているが、現実ではそこまで日にちが経ってないんだよな。
なんというか不思議な感じだ。こちらの世界では何度か夜を経験したというのに。
「では、今日はこの辺にしておきましょう。本日はありがとうございました」
「い、いえこちらこそユメミとやれて嬉しかったです!」
「また誘ってくださいね」
そう言って私はログアウトしたのだった。
そして、そのまますぐに机に向かい、白いコピー用紙を取り出す。
ガリガリとGペンで今日得たネタを適当に描いていく。
「異世界ファンタジー……。少年ものにおいて大事なのは目を引くバトルですよね〜。やはり人対人の方がいいのでしょうか。どうしてもエネミーとなると……」
エネミー……魔物も登場させるべきではあるのだろう。だが、それだけではダメだと思う。
バトルものにおいて欠かせないのはライバル……もとい共に強くなっていく存在である。魅力的なキャラ設定、戦う理由諸々設定しておかないとつまらない。
「いいですね。ファンタジーに触れたおかげで着々とインスピレーションがっ……! とりあえず思いついた一話だけネームにでもしておきましょう」
思い立ったが吉日である。
適当にコマ割りを考え、ネームを描いていく。見せる場合はネームでいい。新作のネームが出来たら喜谷さんに見せるのだ。
……でも、一応は目標設定とかしておかなきゃならないし、まだ序盤程度しか考えついていないので見せるのは当分先or見せないということになるだろうが。
今はこのインスピレーションを発散することが大事である。
「もっと熱く! 出し切れ私っ! はぁああああああああ!」
暗い室内に電気スタンドの電気だけが灯る。
ネタを描きあげたら寝るつもりだったが、寝るのは後回しだ。どうせ3時間くらいしか眠らないから。
「うおっ! どりゃ!」
ピンポーン
インターホンの音が鳴り響く。
煩かっただろうか。つい白熱してしまい声を上げながら描いていたが、今は夜の9時。よく考えてみれば近所迷惑もいいところである。
反省……しつつ扉を開けると、伊藤さんが立っていた。
「失礼、こんな夜分に」
「い、いえ。それよりどうしたのですか?」
「昨日のお詫びの品をな。ありがとう」
と、クッキーの缶を渡してきた。
高価そうなクッキーだ。
「それと……俺は隣に越してきた。これからもよろしく」
「そうなんですか。夜たまに五月蝿くなりますが……」
「そうなんですか。隣人としてよろしくお願いします。たまに騒がしくするかもしれませんが……」
「何故です?」
「一人で描いていると時折感情が昂ってしまってつい叫んじゃうんです」
「そうなんですか。それなら大丈夫です。うちの曼荼羅にも見習ってもらいたい」
「はは……。苦労しますね」
「はい。どうせ次も締切守らねえので」
ため息をついていた。大変そうだ……。
「パパぁ」
小さい女の子が目を擦ってやってきた。
「娘さんですか?」
「えぇ。ほら、挨拶しなさい」
「いとう まちゅりです。5しゃい」
「芥屋 夢見です。よろしくね」
「うん」
「では、俺はまつりを寝かせるのでこれで」
「はい。バイバイ」
「ばいばい」
去っていくまつりちゃん。
将来あの子もジャッツに来てくれないだろうか。女性が少年漫画描くの珍しいから仲間が欲しいところだ。