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Iが殺した幽霊  作者: 安城亜代
3章
22/23

21話 あの夏の思い出

 昼休み下敷きで風を起こしながら、ぼーっとしていると横から声を掛けられる。


 「まーた彼のこと見てるの」


 間延びした声。

 視線だけ向けると、空音がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

「な、なんのこと」


 理沙は顔を背けてそう言った。


「大森くんだっけ? 頭いいらしいし、けっこーイケメンだけど……一匹狼って感じでちょっと怖くない?」


 なんて誤解をしているんだ。

 思わず空音の方を見て抗議するように言う。


「そんなことないよ。守ってあげなきゃって感じ、するじゃん」


「幼馴染にしかわからないことがあるんだねぇ」


 空音の口角が、さっきよりも上がっているように見えた。


「ずっと同じ学校ってだけだし」


「ふーん」

 

 大森の方へ視線を向ける。

 とんでもなく分厚い参考書を開いている。

 数学の問題を解いているのかな。

 そんなことを考えていると、横から空音の顔が視界に入ってくる。


「やっぱり気になってるんじゃん」


 心臓が跳ねる。

 たしかに、気になってはいるかもしれない。

 顔が熱くなる。

 目を伏せながら、ためらいがちに言った。


「ま、まあ、少しだけ」


「こんな小さくてかわいい子に好かれるなんてずるい」


 そんなこと言って、抱きしめてくる。

 やわからかくて温かい体に安心感を感じる一方で、ちょっと、悔しい。

 自分の胸に手を当てながら理沙は呟く。


「ちいさい、ね」


 空音は理沙を離すと、指を立てて言う。


「もうすぐ夏休みだからね、アタックするなら今のうちだよー」


「アタックって……」


 デートに誘えばいいのかな。

 いや、それはいきなりすぎる気もする。

 それに大森は頭が良い。

 もしかして、勉強できないと眼中になかったり……。

 そう思ったら不安になってきた。

 空音の肩を掴んで、すがるように訊く。


「頭いい人って、勉強できない子嫌いかな」


「んーどうだろ。人それぞれだと思うけどねー」


「きっと、そうだよ。空音ちゃん勉強得意でしょ。勉強教えてよ!」


 空音の肩を掴んで、ぐらぐらと揺らす。

 顔を揺らしているのに、空音は笑顔を絶やしていない。


「えー理沙ちゃんが取られちゃうの嫌なんだけど」


「そんなことないから、ね?」


「もーしかたないな」

 

 空音が手を伸ばしてくるのを振り払って、彼のもとに駆け寄っていく。

 空音は学年順位が10位くらいだから、教えてもらえばクラスで3番目くらいになれるだろう。

 もし、大森くんよりも高い順位を取れれば……。

 そう思ったらにやけてしまった。


「大森くん!」


「え、どうしたいきなり」


 参考書から顔を上げてこちらを見てくる。

 目が合ってドキッとする。

 久しぶりの会話で、少し緊張する。

 誤魔化すようにあえて大きな態度で言う。


「今度の定期テスト、勝負ね!」


 それを聞くと、大森は更に困惑した表情になる。


「意味が分からない」


「負けるのが怖いのかなー」


 いたずらな笑みを浮かべながら挑発すると、大森はペンを机にたたきつけながら言った。


「負けるわけないだろ」


「じゃあ、勝負成立だね」


 スキップしながら空音の元へと戻る。


「これで、よし」


 やり切ったと言わんばかりに額の汗を拭く素振りをしてみる。

 そんな理沙とは裏腹に、空音は柄にもなく口を押えてあたふたしていた。


「なにやってるの」


「空音頭いいから、教えてもらえば楽勝でしょ?」


 首を傾げてそう言うと、空音はぶんぶんと横に首を振った。


「あの勉強モンスターに勝てるわけないって。いっつもぶっちぎりの一位なんだから。理沙ちゃんテストの順位とか、みてないんだね」


 いつもの間延びした声じゃなくて、まくし立てるように言ってくる。

 本当に焦っているようで、その顔には汗が伝っていた。


「だって……私がいるのもっと下だから、上の人たちとかあんまりわからないよ」


 さっきの威勢はどこに行ったのか、理沙の声は尻すぼみに小さくなっていく。


「ま、まあ、言っちゃったからには頑張るしかないんじゃない?」


 いつもの声音に戻って、空音は微笑んでくる。


「そ、そうだよね」


「ちなみに、理沙ちゃんって前回の順位とかって?」


「150位……」


「うーん。諦めちゃおっか」


「そらねー!」

 

 それから、勉強地獄が始まった。

 こんなに勉強したのは高校入試に向けて勉強したきりだった。

 受験勉強もほどほどにして、それなりの大学に行ければいいなって思ってたのに。

 定期テストまで毎日空音と教室に残って、学校が閉まるぎりぎりまで勉強。

 そして、家に帰ったら復習をする。

 

 学校で勉強している最中、疑問に思って空音に問いかけた。


「なんか、コツとかないの? 必殺技とか」


「そうだねー。幽霊さんに聞くとか?」


 まるで普通のことのように、そう言ってくる。

 

「それはずるじゃん。え? 空音それテストで使ってないよね? 冗談だよね?」


「どうだろうねー」


 彼女の笑顔が自然すぎて、それがどちらを表しているのかわからなかった。

 空音は笑顔から眉をひそめた真剣な表情になる。


「真面目な話をするとね、学年順位の出し方は、教科ごとにクラスで偏差値を出して、その平均で勝負って感じなの」


「なんでクラス?」


「2年、3年でみんな受ける授業違うからねー。理系、文系とか」


「なるほど」


 空音はきょろきょと周りを見た後、耳打ちしてくる。


「だから、言っちゃえば馬鹿なクラスの方が学年順位は高いのを目指せるの」


「え、でも大森くんは同じクラスだよ」


「そう。だから単純に点数勝たないとね」


「コツでも何でもないじゃん」


 理沙が大げさに肩を落として見せると、空音は大きく笑い声をあげた。


 ***

 

 テストの手ごたえはあった。

 いままでで一番解けている自信がある。

 特に一番得意な古典はひょっとしたら空音にすら勝っているかもしれない。

 大森に勝っている自信は……何とも言えない。


 テストが終わった翌週。

 放課後になって、テストの点数が張り出される。

 テスト返却よりも先に順位が発表されるため、廊下を歩く周りの生徒みな、緊張してる様子だった。


「緊張するよ……」


 空音の手を強く握る。


「ちょっと、痛いよー」


 空音はそんなことを言いながら、ニコニコとしていた。

 廊下はいつにもなく騒がしく、人の流れも多い。

 

 もう少し言ったところに順位が張り出されている。

 そこには人だかりができているのが見えた。


「行くよ、空音」


 決意を固めるために、確認した。

 しかし、空音は「あっ」っと声を上げる。


「どうしたの?」


 視線を空音に向けようとするが「いってらっしゃーい」という彼女の声が聞こえた直後、背中に衝撃が走って視界が揺れる。

 一瞬見えた空音の顔は、悪い笑みを浮かべていた気がする。


 「ちょっと!」


 バランスが取れなくて、倒れそうになる。

 すると、すごい力で体を支えられた。


「えっ」


 勢いよく顔を上げると、そこには裕翔がいた。


「大丈夫か」


 目を逸らしながらそう言ってくる。


「う、うん」


 急いで離れて、髪を整えながらそう言う。

 さっきまでとは別の原因で心臓が跳ねる。

 

「結果は見たのか」


「……まだだよ」


 裕翔の顔から気まずさが感じられた。

 どうしたんだろう。

 胸がざわつく。

 考えていても仕方がない。

 そう自分に言い聞かせて、順位へ視線を向ける。


 初めに目に入るのは1位。

 名前は……『大森裕翔』だった。

 やっぱりすごいんだ。

 感心する一方で、やっぱり悔しさが溢れてくる。


 自分の名前はどこだろう。

 視線をどんどん横にずらしていく。

 少しして、自分の名前を見つけることが出来た。


「35位……か」


 「勝負にもならなかったな」


 ぶっきらぼうに言ってくる。

 その声には勝利に対する喜びは一切なかった。

 ただ、淡々と事実を述べている。そんな印象だった。


「そう、だね」


 自分の声が思っていた以上に震えていて驚く。

 悔しさと、空音への申し訳なさで涙が溢れそうだった。


「そんなに悔しいか」


「……うん」


「……じゃあ、俺が教えようか」


「え?」


 体中が熱くなっていく。

 心臓が信じられないくらい脈打ってはじけそうだ。


「だから、勉強教えてやるよ。夏休みの間、学校でやってるから」


「本当に……いいの?」


 様子を伺うようにちらちらと視線を送る。

 裕翔はそれをみて、柄にもなく満面の笑みを浮かべて言った。


「教えるのが一番身になるって話もあるしな」


 試合には負けたが、勝負には勝った。

 心の中で空音に謝罪と感謝をしながら、答える。


「それじゃあ、お願いします。せんせい」


 微笑みかけると、裕翔は顔をそむけてしまう。

 その横顔は、少し赤いように見えた。

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