『隠れ里』への逃亡記録:短期決戦
程なくして地龍の指揮官個体を発見した。
既に近くにまで迫っていたらしい。
あと少し動き出すのが遅れていたら遭遇していたことだろう。
仮にそうなっていたら?
奴はすぐさま大量の地龍を呼び寄せる。
タツたちはあっさりと殺害される。
そのような未来は回避しなければならない。
だからこちら側から先に仕掛ける。
今ならまだ地龍は各地に散らばっているだろう。
指揮官個体の守りは手薄になっているはずだ。
そこを狙う。
短期決戦。
奴は確実に殺す。
「ふぅ」
息を吐く。
タツは目を強くつむり、開いた。
「よし」
呟く。
対龍装備に魔力が通され、身体が軽くなり、五感が鋭くなったのを知覚する。
手には青白く光る魔力剣が握られていた。
そして――タツは一人で地龍の指揮官と思われる個体と対峙した。
〇
大型で、黒い岩のような鱗。尻尾は棘付きのハンマー型。
記憶と相違ない。
全長は三メートルほどだろうか。
奴はその金色の瞳を細めた。
タツに強い視線が注がれる。
突然現れた人間を訝しんでいるようだ。
こいつはなぜ自ら姿を現したのか?
そう考えているようにも見える。
周りには二体の地龍がいる。
これまで遭遇したようなオーソドックスな個体だ。
量産型とでも言えばいいのか。
同じような見た目をしている。
彼らのような地龍は上官らしき個体に忠実に従う。
「■■■■■……■、■■■■■■■■■■■■■■■…………」
地龍は独自の言語を話す。
タツには奴の言葉が分からない。
獣の唸り声のような音。
それを聞いた二体の地龍が指揮官個体の前に立った。
タツは舌打ちをする。
事前に予想されていた通りだ。
指揮官個体の周りには仲間がいた。
ゼクスの嫌味ったらしい言葉が脳裏を過る。
『まるでそいつが孤立してるみたいに言うけどな。指揮官なんだろ? なら、護衛みてぇな地龍だっているんじゃねぇか? その時はどうする? 囮なんて出来んのか? テメーなんか数の暴力で潰されるに決まってんだろ。もう少し考えて物言えや』
言っていることは正しい。
ただ言い方がムカつく。
『なに英雄気取ってんだ。自己犠牲なんざすんじゃねぇよ。くだらねぇ。ほんっと噂通りの野郎だな』
タツは脳内で残響するゼクスの声をかき消した。
一歩。
踏み出す。
その動作に反応して二体の地龍は身構える。
グルル。
なんて威嚇をしながら。
二歩。
三歩。
歩数が増えるごとに加速していく。
四歩。
タツは踏み出した右足に力を籠め、跳躍した。
と、同時に。
密かに二体の側面へ接近していたノア、ゼクスが、手に持つ剣で強襲を仕掛ける。
あまりの早業。
反応する間も無かっただろう。
タツの目の前で側近二体は斬殺された。
ここまでは作戦通り。
ここからは。
アドリブだ。
「合わせろや」
「分かっているよ」
ゼクスの呼びかけにタツが答える。
ノアもまたタツたちの動きに連動する。
ルルル……。
指揮官個体が低く唸った。
喉奥から響くような、重低音の咆哮。
タツはそれを合図のように感じた。
「来るぞ」
次の瞬間、巨体が爆ぜた。
重さを感じさせない速度で、黒い鱗の塊が飛び掛かってくる。
ノアがすかさず脇へ跳んだ。
ゼクスは後退し、魔力剣を構える。
タツだけが、真っ向から立ち向かう。
空気を切り裂く尾の一撃。
棘のついたハンマーのようなそれが、地面をえぐるように振るわれる。
タツはギリギリで踏み込み、間合いに潜る。
剣を突き出す。
しかし、黒い鱗がそれを弾いた。
(硬い……!)
手応えがない。
すかさず反撃が来る。
前脚の薙ぎ払い。
その軌道上から退きながら、タツは叫ぶ。
「ノア、背後から頼む!」
「もう動いてる!」
ノアの姿が、影のように指揮官個体の背中へと回り込む。
その手には特殊な魔導刃――裂刃が握られていた。
魔力を斬撃に変換する、連撃特化の軽装武器。
ノアの腕が閃いた。
複数の小さな斬撃が鱗の間に走る。
僅かだが、血がにじむ。
そのわずかな傷を、ゼクスが見逃さない。
「今だ、火力足すぞ!」
彼の魔導短剣から魔力弾が連続で放たれる。
着弾点は、ノアが開けた裂け目。
魔力弾が炸裂し、黒鱗の一部が吹き飛ぶ。
そこへ――
「貰った!」
タツの剣が唸る。
光が刀身を駆け、全魔力を刃に集中させる。
一閃。
指揮官個体の肩口から胸部へかけて、深々と切り裂かれた。
断末魔のような咆哮。
巨体が大地を揺らし、のたうつ。
血飛沫が舞い、三人の視界が一瞬だけ赤に染まる。
それでも、まだ生きている。
指揮官の金色の瞳が、憎悪と執念で爛々と輝く。
地面が揺れた。
「……仲間を、呼びやがったな」
ゼクスが苦々しく吐き捨てる。
「ちょっとマズイかも?」
ノアが不安げに呟く。
「早く決着をつけるとしようか」
タツは言った。
――遠くから、地響きが聞こえてくる。




