『隠れ里』への逃亡記録:三つ巴
枯れ葉を踏む音が、風の切れる音に混じって聞こえた。
何かがおかしい。ライの足が止まったのを皮切りに、全員が立ち止まる。
「……来ます」
ライが短く告げた瞬間、森の奥から地響きが走った。
「また……地龍か」
ゼクスが即座に前に出て、戦闘体勢を取る。タツは剣の柄に手をかけた。
地面を揺らしながら、巨体が現れる。
斜面を割って姿を現したのは、複数の地龍だった。大小混じった群れ。その数は五、六体──いや、それ以上。
「群れ……!? 待って、これ……包囲されてる!」
ノアが木々の間を飛び上がって確認し、声を荒げる。
だが、タツの視線はその奥──群れの後ろで森を割って進む、巨大な影に吸い寄せられていた。
「……まさか」
現れたのは、かつて〈声を持つ地形〉で彼らを追い詰めた、あの“黒い地龍”だった。
鋭くとがった角。岩のように分厚い外殻。全身を黒い鉱石のような鱗が覆い、漆黒の瞳には何の感情も宿していない。
だが、その存在感だけで、タツの背中に冷たいものが走った。
「間違いない……あいつだ」
その瞬間、地龍たちが一斉に咆哮した。森が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
タツたちを包囲するように散開する群れ。その中心に、黒き指揮官が動かずに佇んでいる。
「やばいな……どうする?」
ゼクスが鋭く周囲を見渡す。
「逃げ道は……」
ノアが口にしかけたその時、ライが静かに言った。
「“それ”のために、自動戦闘人形がいるのです」
「……!」
「このまま森の奥、封鎖線へと突っ切りましょう。追ってくる地龍があの戦闘人形と接触すれば──共倒れの可能性もあります」
「共倒れ……って、あんな怪物が?」
「可能性はあります。……ただし、私たちはその隙に抜けなければなりません。あの黒い個体は、普通の地龍ではありません」
ライの声には、わずかに震えが混じっていた。
──恐れている。あの地龍の力を、本能で。
タツは剣を抜き放った。
「行くぞ、みんな──突破するしかない!」
「了解!」
「っしゃあ、来いよ、クソトカゲ共!」
「全員、死なないように!」
五人の影が、地龍の群れの隙間を突いて駆け出した。
黒い地龍が静かに首を上げた。咆哮一つ。
それに応じるように、地龍たちが動き出す──
そして、森の奥。
封鎖線の先で、何かが目覚める音がした。
〇
タツたちは、木々を縫うようにして全力で駆けた。
後ろから、地面を削るような足音と、咆哮の連続が追いかけてくる。振り返らなくても分かる。複数の地龍が距離を詰めてきている──いや、それ以上に、黒い地龍の存在がすぐ背後まで迫っている気配があった。
「もうすぐ……もうすぐです! あの先に、境界線が!」
ライの声が、息を切らしながら響いた。
木々の先、地面に奇妙な金属柱がいくつも突き立っているのが見えた。その中央、微かに空気が歪み、熱を帯びて揺れているように見える。どこか異質な“気配”──あれが《自動戦闘人形》の待機領域だ。
「ライ! 起動条件は!?」
「侵入です! 外敵が一定距離に入れば、自動で作動します!」
「だったら……追ってる奴らに任せる!」
五人はそのまま領域を突っ切るようにして走り抜けた。
風が変わった。重たく、鈍く、どこか“鉄の匂い”を帯びた風。
──瞬間。
ヴゥゥゥン……
音がした。
空気が震え、金属音が森の静寂を引き裂く。
巨大な金属の腕が、影のように森から姿を現した。
「っ……出た……!」
タツの目が戦慄に震える。
現れたのは、まるで巨大なカマキリと人型を融合させたような存在だった。
脚部にはスパイク付きの逆関節、腕部にはカマのような刃が三重に連なっている。頭部はのっぺりとした球体。だが、そこから何かを“見ている”ような無機質な威圧感を放っていた。
そして。
「──標的、確認。戦闘モード、起動」
金属の声が森に響いた。
次の瞬間、地龍の一体が領域内へと飛び込んできた。
《自動戦闘人形》が、瞬間的に反応する。
地面を一閃。
鋭い斬撃が、音を置き去りにして地龍の首を斬り裂いた。
「……!」
タツは目を見開いた。
地龍が、声もなく崩れ落ちた。動きは一瞬。判断も即座。もはや戦闘というより、“処理”だった。
だが、それでもなお次の地龍たちが突進してくる。
群れが領域に雪崩れ込み──森が戦場へと変貌した。
「いまだ……! 一気に抜けるぞ!」
タツたちはその隙を縫って、さらに奥へと走る。
背後で爆音。咆哮。金属音と肉の裂ける音。
ちらりと振り返ると、黒い地龍がついに姿を現していた。
だが、動かない。
いや、“観察している”。戦場を冷静に、じっと。
「……あいつ、待ってる」
ゼクスが低く呟いた。
そう──《自動戦闘人形》と地龍たちの戦いの結末を、黒き指揮官は“見極めている”のだ。
まるで知性を持つかのように。
タツたちは、息を切らしながら戦場を離れ、森の奥へと進んだ。
次なる目的地。
その先にあるのは、かつて人の手で築かれ、今や忘れ去られた“隠れ里”。




