『隠れ里』への逃亡記録:生き残った仲間たち
タツは少女の手を繋いで森の中を歩いていた。
掌に暖かい温もりが伝わってくる。
震えも、また伝わる。
「きみは僕が安全なところまで連れていくよ」
周囲を警戒しながらタツは言った。
「うん。僕の師匠はきっと『女の子は守りなさい』と言うだろう」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
──『案内役』の少女はライと名乗った。
ライはタツへ何度も感謝の言葉を伝えた。彼女は小さな身体を震えさせている。周りをせわしなく見回してもいた。
遠くにいる地龍の姿を目撃した時。
ライは固まり、目を見開いて、その場で立ち尽くして動かなくなる。
遠目で見ただけなのにこれだ。
近くで遭遇したらどうなってしまうのだろう。
(もし地龍と出くわしたら、さっさと片づけてしまおうか)
タツは密かに決意した。
「私、本当に怖くて。もう、駄目かと思いました」
「きみ。感謝をするなら僕の師匠にするんだ」
「……えっ」
「師匠が僕に戦い方を教えてくれなければ、きみは助けられることはなかっただろう。下手をすると死んでいたかもしれないな。今きみが生きているのは師匠のおかげだ。きみを助けたのは師匠なんだ。いいかい」
「あ、はい」
タツたちは今ある場所へと向かっていた。か
何かあった時に集まろう。
そう『龍葬団』で決められていた場所だ。
キャンプからは遠く離れた地点にある滝が目印だった。
そこへはあともう少しでたどり着ける。
道中。
何度か地龍に発見されて交戦した。
が――。
「ふっ」
心身共に研ぎ澄まされた、今のタツの敵ではなかった。
魔力剣を一振りするだけで地龍の息の根を止める。
まるで作業でもしているかのように敵を蹂躙していく。
タツたちが歩くたびに死体が増えていった。
その間。
息一つ、切らさない。
けれどライは違った。
目的地の滝まではあと少し。
「……あぁ」
タツは目撃した。
流麗な滝。
その周りにいる、同じ『龍葬団』の仲間たちを。
〇
「これ以上待っても意味はねぇだろ。時間の無駄だ。今頃みーんな、地龍どもに踏みつぶされた後だろうぜ」
「長いこと待っているけれど、誰もこないものね。そろそろ動くべきなのかも」
「あたしはもう少し待った方がいいと思うけどー? まだ生存者がいるかもだし。いたら戦力になる――ん? んん? ほら噂をすれば!」
赤茶のショートヘアーに細身な体格の少女がこちらに指をさす。
「あ?」
銀髪で、筋肉質な体格の男は眉を顰めながらタツを見た。
「あらあら」
艶やかな青髪の、お淑やかな女性が口元に手を当てて、目を見開く。
それぞれの反応を見たタツは一言。
「よかった。まだ生きている人がいたのか」
呟く。
ついで、長く、息を吐いた。
身体の力が抜け、ふらつく。
ライはタツを見上げた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「本当に? 疲れているんじゃないんですか? その、私を、守りながら進んでいたから……」
「人一人守るなんて簡単なことだよ。疲れたりはしない。だから心配はしなくていい」
「……分かりました」
タツはライの頭を軽く撫でた。
彼女は驚いたように目を丸くして、それから、ほっとしたように微笑んだ。
その表情を確認してから、タツは視線を滝の方へと向けた。
仲間たちのもとへ――歩み出す。
滝の前。水音が周囲の静けさを破って響いている。
三人の『龍葬団』の団員が、こちらをじっと見ていた。
最初に口を開いたのは、赤茶のショートヘアーの少女だ。腰に細身の双剣を下げ、軽い身のこなしでこちらへ近づいてくる。
タツの顔を覗き込むように、下から見上げてくる。
「ねえねえ、生で見たの初めてなんだけど。あんた、あれでしょ? 師匠狂いの」
「……それ、どこで聞いたんだ」
「どこって、龍葬団じゃ有名だよ。自分の師匠を信仰しているイカれ野郎だって」
「やめてくれ。否定しようがない」
「ふふ。おもしろーい」
少女は笑って、ぺこりと頭を下げた。
「ノア・レヴィーン。奇襲と索敵が得意なサブアタッカー。よろしく、変人くん」
次に、青髪の女性が優雅に歩み出てきた。
「ミレイ。ヒーラー兼サポートです。貴方の噂はずいぶん前から耳にしていたけれど……お会いするのは初めてね」
最後に、銀髪の男が腕を組んだまま、重たそうな声で呟いた。
「ゼクス・ハーグレイ。アタッカー。お前の噂は鬱陶しいほど耳にしてる。……とりあえず、生きてて何よりだ」
「……よろしく」
タツは簡単に頭を下げ、ライを自分の背に庇いながら言葉を続ける。
「彼女はライ。案内役だったが、部隊は壊滅した。今は、僕が保護している」
「おいおい。子供を連れて何ができるんだ?」
ゼクスが言う。
「足手まといじゃねぇか」
「この子は『案内役』だ。隠れ里までの道を知ってる」
ライを一瞥する。
彼女は不安げにタツを見上げている。
三人は目を見開き、ライを凝視した。
「つまり、僕たちにはまだ希望があるってことだ――生きる希望が」