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『隠れ里』への逃亡記録:――自動戦闘人形

 森の奥から、何かが裂けるような音が響いた。


 枝が砕け、木々が揺れ、鳥のようなものが一斉に飛び立っていく。


「……来る」

 

 ライが小さく呟いた。


 タツたちは茂みに身を潜めた。息を殺し、音を立てぬように身を伏せる。


 しばらくして、視界の先に――現れた。


 銀色の機械の塊が、森を切り裂きながら姿を現す。


 カマキリに似たその巨体は、背丈で言えば地龍と互角。だが金属の外殻は陽光を鋭く反射し、その動きは異様なほど静かで滑らかだった。


 目の前にいたのは、地龍。


 黒い鱗に覆われた巨獣が、喉を鳴らしながら威嚇の咆哮を上げる。


 ガギィン! 金属が弾ける音。


 戦闘人形が疾風のごとく動いた。前脚が一閃。カマのような刃が空を裂き、地龍の肩を深くえぐる。


 血が噴き出す。地龍は咆哮し、鋭い尾で反撃した。


 だが、自動戦闘人形は素早く跳躍し、その尾を紙のようにかわす。


「……速い」


 タツは思わず息を呑んだ。


 重厚な巨体からは想像もできない速さ。


 まるで生きているかのように地形を読み、動きを予測し、隙を突いてくる。


 地龍は地を這いながら、吠えた。口を開けて黒炎を吐き出す。


 炎が戦闘人形を包む――が、次の瞬間、煙の中から銀の影が飛び出した。


 まったく無傷だった。表面には熱による焼けもない。


「……熱も効かねえのかよ」


 ゼクスが悪態をつく。


 銀の刃が交差する。


 地龍が再び吠え、踏み込んだ瞬間――戦闘人形の刃が、その首元を貫いた。


 ズバッ。乾いた音と共に、地龍の巨体が崩れ落ちる。


 身体が痙攣し、呼吸が止まる。


 勝敗は、数十秒のうちに決していた。


 戦闘人形は動きを止め、まるで命令を待つかのようにその場に静止した。


 カマのような腕には血が滴っている。


 タツは、背筋に氷を這わせるような恐怖を感じていた。


 こんなものが、これから自分たちの前に立ち塞がる――そう思うだけで、喉が乾く。


「……ライ、これを……突破するって、本気で……?」


 彼の声は震えていた。


 だがその隣で、ライは静かに頷いた。


「ええ。覚悟を、お願いします」


 戦闘が終わった後も、自動戦闘人形はじっと動かないままだった。まるで「停止」の命令が出るのを待っているかのように、無言でそこに立ち尽くしていた。


 その巨体には、濃く乾いた赤黒い血がこびりついていた。新しいものだけではない。すでに乾き、こびりついた地龍の血と肉片が金属の隙間に詰まっている。まるで、それが元から装甲の一部であるかのような錯覚を覚えるほどだった。


 ――異様だった。


 恐ろしいという感情よりも先に、言葉を失わせる現実の重みがそこにはあった。


 周囲に目をやると、さらにぞっとする光景が広がっていた。


 地面には、複数の地龍の残骸が散らばっている。


 首だけになったもの。脚をもがれたもの。身体を真っ二つにされたもの。


 それらは既に腐敗の兆しを見せており、周囲には死臭が漂い、無数の虫が群がっていた。


 ノアが思わず口元を押さえる。


「……最悪」


 ゼクスが眉をひそめる。


「何体……いや、何十体やったってんだ、こいつは」


「信じられない……」


 ミレイが呟いた。目を逸らし、震えた指で聖印を結ぶ。


 ライだけが、無言でその場を見つめていた。


 タツも、言葉が出なかった。これが、自分たちが相対する相手――あの地龍すら物のように切り刻む存在。


(こいつを……抜けるっていうのか)


 背中を冷たい汗が伝う。


 あの時、たまたま自分たちを敵と認識しなかっただけ。もし一歩でも出ていたら、自分たちもあの肉塊の一部になっていたかもしれない。


 ライが小さく口を開いた。


「……これが、『隠れ里』の護りです。地龍をも屠る、守護の刃……ですが」


 その目は冷たく、どこか遠い。


「人も、見境ありません」


 森の空気が、一層重く沈んだ。


 しばらく誰も口を開かなかった。腐臭と乾いた血の匂いの中で、森の静寂だけがやけに耳に痛い。


 やがて、ライが周囲を警戒しながら小声で切り出した。


「……あれは、音と熱を感知して反応するように設計されています。呼吸音ひとつ、体温ひとつでも、敵と認識されれば――」


「さっきみたいになるっつーわけか」


 ゼクスが言いながら、傷痕だらけの地龍の亡骸に目をやった。


 ライは頷きながら、腰のポーチから古びた地図を取り出す。そこには森の中に描かれた複雑な導線が、細い線で刻まれていた。


「このあたりに、感知範囲の外側をかすめる細い獣道があります。公式のルートじゃありませんが、かつて里の斥候たちが使っていた抜け道です。そこを使えば、正面から交戦することなく通過できる可能性があります」


「可能性……ってのが怖いなー」


 ノアが眉をひそめる。


「確実じゃないの?」


「ええ。あの兵器は状況によって感知範囲が拡大することがあります。たとえば――獲物を失った直後や、一定時間反応がなかったときなど。感知モードが“探索型”に変わることがあるんです」


 ミレイが息を呑む。


「つまり、今は……?」


「ちょうどその“探索モード”の可能性が高い時間帯です。だから、抜け道に頼るにも、足音・体温・匂いの管理を徹底する必要があります」


 ライの視線が五人を見渡す。


 その目は、これまでにないほど真剣だった。


「言いますが、これは命がけの突破になります。しゃべらない。走らない。無駄に呼吸もしない。できるだけ、地面と木の根の間を這うようにして移動してください」


「這う、って……あの距離を……?」


 ノアが目を丸くする。


「できます。私が先導します。ですが、途中で一人でも音を立てれば終わりです。あの戦闘人形は“個別の命令”には従いません。動き出したら止まりません」


 タツは口を引き結び、周囲の空気を噛みしめるように深呼吸した。


 この森で出会ったどの地龍よりも、異質で、理解できず、容赦がない。


(理屈が通じない敵……"人の形をした災厄"か)


「……やるしかねぇよな」


 タツが前を見据えて言うと、ゼクスが頷き、ミレイがそっと祈りの仕草を重ねた。


 ライは一つ頷いて、地図を畳む。


「では、十五分後に移動を開始します。それまでに水分と体温の調整を。装備の音鳴りがないかも確認してください」


 張り詰めた静寂が、五人を包み込んだ。


 森の奥では、自動戦闘人形の金属音が、まだどこかで微かに響いていた。

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