『隠れ里』への逃亡記録:敵を倒せ
休憩を終えた五人は、再び森の中を進んでいた。
枝葉の影が差し込む道なき道を踏みしめながら、それぞれの背に新たな疲労を感じ始めていた。だが先ほどの水分補給と短い会話が、わずかながら体に力を戻してくれていた。
そんな中、先頭を歩いていたライがぽつりと口を開いた。
「この辺り、そろそろ地龍王の勢力圏に近づいています」
その言葉に、後ろを歩いていたタツが眉をひそめる。
「地龍王……」
『龍葬団』の皆を殺戮した地龍の王。
「はい。地龍の中でも、とびきり強くて賢い存在です。地龍たちの中心に立つ存在。周囲には似たような力を持った龍が従っていて、その集団が“地龍王の勢力”って呼ばれています」
草をかき分けながら、ライは淡々と続ける。
「この勢力が今、『風龍の領域』に向けて侵略を始めようとしているんです。お父さんが言っていました。風龍の縄張りをじわじわ削って、勢力を拡大してるって」
後ろから、ミレイが小さく息を飲んだ。
「つまり、他の龍の領域にまで手を伸ばしてるってこと……?」
「そう。だから、地龍王が完全に動き出す前に止めなきゃいけないんです。じゃないと、この“地龍の領域”どころか、他の地域まで飲まれてしまう」
空気が一気に重くなる。足取りも、ほんのわずかに鈍ったように見えた。
そんな中、ライは口調を変えて、少しだけ前向きな声で言った。
「でも、私たち“隠れ里”の人間は、諦めていません。地龍王を倒して、人類の領域を取り戻そうって戦っています」
「“隠れ里”って……俺様たちの目的地か」
と、ゼクスがぼそりと呟く。
ライはうなずいた。
「はい。あそこは、“ドーム”に逃げ込むことができなかった人たちの最後の砦。地上に残って、地龍に抗いながら生き抜いてきた人たちの居場所。今でも地龍と戦って、土地を取り戻すために活動しています」
「……それが、お前たちの目的ってわけか」
タツが言う。
「そうです。私たちは、まだこの世界を諦めてない。地龍王を倒して、あの土地を、あの空を、取り戻す。それが、“隠れ里”の願いなんです」
その声は、小さいながらもはっきりとしていた。森の木々のざわめきの中に、まっすぐに響いていた。
しばらく沈黙が続いた。誰もがライの言葉を反芻していた。
森の奥で鳥の鳴き声がする。そのさえずりに紛れるように、ライがぽつりと続けた。
「……地龍王には、名前があります。“オルガ=ジオス”っていうの」
「名前……だと?」
ゼクスが眉をひそめた。
「ただの呼び名じゃないんです。オルガ=ジオスは、自分で名乗んです。人間の言葉で。あいつ、喋るんです」
一瞬、空気が張り詰めた。
龍が喋る――それは、ただの知性では済まされない。支配、戦略、指導。それらを意志のもとに行える存在という意味だ。
「オルガ=ジオスは、他の地龍とは違うんです。重力を自在に操って、地形そのものを変える力を持っています。山を崩し、谷を埋め、空から降るものを地に叩きつける……」
「それ、化け物じゃん……」
ノアが小声で呟いた。
「はい。でも、それだけじゃありません。怖いのは“あいつの統率力”です。ほかの龍たちを従わせて、集団で狩りをさせる。戦略的に、効率的に、逃げ場を潰していく。まるで――人間みたいに」
タツが険しい目で前を見据えた。
「そいつを……“隠れ里”は倒そうとしてるのか?」
「そう。簡単な話じゃないですけどね。でも、私たちには“土”の情報と、土地勘がある。何十年もこの地で隠れて生き延びてきたから」
「その“隠れ里”って、どんな場所なの?」ミレイが興味深そうに問う。
ライはふっと微笑んだ。
「地下にあるんです。地上からじゃまず見つからない。もともとは地下鉱山だった場所を、人間たちが改造して作ったんです。巨大な鍾乳洞を利用して、居住区、農業区、武器庫、訓練場……いろんな設備が整っている。物資は地上の探索隊が回収して持ち帰っています」
「農業……地下で?」
ゼクスが訝しげに聞く。
「人工光と特殊な土壌で。狭いけど、必要な食糧は自給自足しています。水は鍾乳洞の湧水から。限られてるけど、みんな工夫して暮らしていますよ」
ノアが目を丸くした。
「……なんか、想像以上にちゃんとしてる」
「ふふ、意外でした?」
ライの口元がわずかに緩む。
その顔を見て、タツが静かに尋ねた。
「きみの家族も、そこにいるのか?」
その問いに、ライは少しだけ黙った。歩みを緩め、草を避けながら言葉を選ぶ。
「……はい。父はもういませんけど。探索に出てた父は、帰ってこなかった。私は、まだ子供だったけど、生き残った。里の人たちが助けてくれたんだ」
「……そっか」
ノアがぽつりと呟く。
「だから、私には恩がある。隠れ里の人たちに。今度は、私が誰かを守る番だと思ってる。あの場所を、失いたくない」
言葉に、気負いも悲壮もなかった。ただ静かな決意が込められていた。
ゼクスがふいに鼻を鳴らした。
「ま、らしくはねぇが……そういう奴が一人くらいいても、いいのかもな」
それには誰も返さなかったが、どこか空気が和らいだ気がした。
森の先、地平の彼方に、目指す“隠れ里”が確かに存在する。
五人の足取りは、少しだけ軽くなったようだった。




