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『隠れ里』への逃亡記録:触れ合う心

 茂みから物音が聞こえた。


「…………」


「…………」


 タツとミレイは沈黙して音が聞こえた方向に視線を向ける。


 焚き火の光に照らされた草むら。ほのかな光に照らされて影がゆらゆらと動いていた。


 一見何の異常もないように見えるが。果たして本当にそうなのだろうか? タツは無言で立ち上がって対龍装備に魔力を通した。


 ミレイもまた手元にあったメイスを強く握る。二人で身構える。視線をじっと『そこ』へと注ぐ。ごまかしは効かない。間違いなく音がしたのだ。


 ほどなくしてそいつは姿を見せた。


 緑色の毛皮を持つ豹だった。獰猛な風貌。黄色い眼。凍てつく眼光――。


 タツはミレイにハンドサインを送った。


 彼女はこくりと頷いて後ろに下がる。


(僕が前を張って、ミレイがサポート。この構図が一番いいだろう)


 『龍葬団』の団員はハンドサインやアイコンタクトなどの情報伝達手段を叩き込まれている。


 同じ組織に所属していると頻繁に使用されるものだ。言葉を用いずに指示を出さなければいけない場面だと重宝する。


(しかし、なんだこいつは。知らないな。ライなら知ってるのかな?)


 タツは敵の様子を観察していた。


 四足歩行の猛獣。しなやかな身体を持つ。動きは素早そうだ。前かがみになりながらジリジリと接近する。


(先手を取りたい)


 思考した。


 ハンドサインを送る。


 バチッ。後ろから雷光が放たれた。


 一瞬の出来事。


 その攻撃は敵に命中している。緑色の豹は硬直していた。身体からは紫色の電気が音を立てて出ていた。


 失神魔法。


 というらしい。


 命中すると対象を一時的にスタンさせることができるとか――。


「シッ!」


 鋭い呼気。タツは素早く距離を詰めた。跳ぶのに一歩。踏み込むのに一歩。剣は肩に担ぐように振り上げられている。


 気づけば剣に炎が纏っていた。これもミレイの支援魔法だ。効果は単純。殺傷力が上がる。ただそれだけ。今はとてもありがたい。


 一閃。


 迷いなく首を切り落とす。


 戦闘が終了した。


「ッ、はあっ」


 タツは荒い息を吐く。


 いきなり現れた地龍以外の脅威。


 妙な緊張感があった。

 

 何か未知の能力を持っているのではないか。そしてそれはタツたちを全滅させるような脅威を持つものだったのではないか。


 焦燥感。不安。


 そのすべてが解消される。


「タツくん」


 離れていたミレイが駆け寄ってきた。

 

 なぜか手を振り上げて――。


「ナイス」


「へ? あぁ」


 ハイタッチをした。


 手がジーンとする。


「前から思っていたの。タツくんの動きって格好いいって。アクション映画の俳優みたい」


「……アクション映画? そんなもの見るの?」


「ええ。『ドーム』の映画館で。休日に一人で行く」


「ものすごく意外だ。ミレイってそういうの、興味ないと思ってたよ」


「そう。タツって私のこと、何も知らないのね」


「僕ら昨日会ったばっかりだぜ。知らないよ。ミレイのことも、皆のことも」


「じゃあ、これから知っていきましょう」


「……全員生きて『ドーム』に帰れると思うかい」


「帰れる。なぜなら、タツがいるから」


「なんだそれ」


 タツとミレイは二人で笑った。


 久方ぶりの穏やかな時間。


 話しているとなぜか師匠を思い出す。


「……っと」


 疲れが溜まっていたのだろう。朝からこの時間まで気を張りっぱなし。安らげる時間などなかった。ゆえに。


「え」


 タツは咄嗟にミレイの肩をつかんでしまった。



 ――気づけば押し倒してしまっていた。


 普段は薄く閉じられている目が。


 今は見開かれていた。

 

 互いの額と額が触れ合っている。至近距離で目が合う。ミレイの美しい瞳が。蒼い瞳が。揺れ動いているのが分かる。

 

 唇が触れ合おうとしていた。あと少し前のめりになったら。触れ合う。呼吸音がする。はぁ。はぁ。なんて。


 タツは我に返った。


「…………」


 無言で離れる。程なくして彼女もまた何も言わずに立ち上がった。


「……その、なにもなかった、ということで」


 か細い声でミレイは言った。


 相変わらず髪をいじっている。心なしか普段よりも指を動かす速度が速いようにも見える。


「……ごめんなさい」


「いいの。いい、の。別に」


 心臓が激しく脈打っている。


 この感覚は。


 なんだか。


 駄目な。


 気が。


「き、今日はもう休むよ。見張りよろしく。何かあったら起こしてね」


「そっ、そう、ね? そうする。おやすみ、タツくん」


 最後。


 ミレイの顔を見た。

 

 焚き火に照らされているからだろう。


 頬がほんのりと赤くなっていたような――。     


 


 

 

 


 

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