『隠れ里』への逃亡記録:龍狩りと復讐者
――死ぬ気はない。でも、ここは僕に任せてくれ。後で追いつくから。
そう格好をつけて、タツは立ち塞がった。
仲間を背に、獲物を構える。敵から視線を逸らす余裕はない。たとえ一瞬でも、命取りだ。
ぐがが、と低く嗤ったのは、目の前の“地龍”の兵士。黒い鱗に覆われた巨体。二メートルを超える筋肉の塊。
この五日間、何度も命を狙われた。追い詰められ、疲弊し、ようやくここまで来た。
だがこの因縁も、ここで終わる。
ここで――決着をつける。
周囲は原生林。天を突くような巨木。濃密な空気。濡れたような光。
かつて人類が暮らしていた土地は、今や地龍たちの“世界”だ。
虹色のキノコ、人の腕ほどのミミズ、毒々しく歪んだ生命。
ここは、龍の魔力に汚染された異形の楽園だった。
その奥深くにある一本の巨木――『隠れ里』。
そこにたどり着けば、生き残れる。
タツたちは希望を胸に逃げてきた。
だが、最後の最後で最悪の敵に行く手を塞がれた。
ここで誰かが食い止めなければ、追手に飲み込まれて全滅する。
だから、タツは決断した。
「ふざけないで、そんなの納得できるわけないでしょ!」
「たっくんがいなくなったら……意味ないよ……!」
「バカ言ってんじゃねぇ! 一人で勝てるわけねぇだろ!」
「た、タツさん……いっしょに戦いましょうよ……!」
仲間の声が飛ぶ。タツは、笑った。
あいつらには、何度も助けられた。
奮い立たせてくれた。支えてくれた。
だから今度は、自分の番だ。
「全員で戦えば、勝てるだろうね。けど時間がかかる。増援が来たら終わりだ」
「全滅――それが最悪だ。僕は、最悪だけは避けたいんだ」
「だから、行ってくれ。今すぐ」
迷いはない。
無駄口を叩いている暇もない。
仲間たちはしばし沈黙し――誰かが言った。
「……行くぞ」
一人、二人と走り出す。
龍はそれを見逃した。視線はずっと、タツだけに向いている。
そのときだった。
「――憎い」
敵が、言葉を発した。
タツの目が見開かれる。
(……喋った?)
「おまえが……憎い」
「だろうね。僕たちはきみの仲間を、大勢殺してきたから」
表面上は冷静に返す。だが、心の奥はざわついていた。
この龍には、“感情”がある。
「仲間なんてどうでもいい。俺が大切なのは、ごく一部。……それだけでよかった」
「奇遇だね。僕も同じだよ」
「想像しろ。おまえが今守ろうとしてる仲間を、俺が殺したとしたら? おまえは俺に、何を思う?」
「殺意。怒り。憎しみ。……そのすべてだ。存在を否定するほどに。生きてることが許せない。殺したい。……消えてほしい」
「だろう。俺は今、そんな気持ちだ。
――おまえが、俺の“大切”を殺したからだ」
「……ああ。よく分かったよ。君の気持ちが」
「分かってもらえたようで、何よりだ」
ぐがが、と龍が笑う。
タツは、笑わなかった。
ただ一歩、踏み出した。
「俺はおまえに復讐する」
その声には、怨嗟がにじんでいた。
「おまえを殺して、あいつの無念を晴らしてやる」
タツは、何も言わなかった。
ただ剣を握る手に、力を込める。
そして――地龍の兵士は、一歩前に踏み出した。
〇
そうして、龍狩りと復讐者の殺し合いが幕を開けた。
〇
物語は、五日前の朝へと遡る。




