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激モテ地獄変─呪いの美少女、怨霊ちゃんが家に住み着いた件

作者: 骨丸

「バッババーン」

 部屋の隅に漆黒の闇が生まれ、おどろおどろしい怪異が現れた。


 恐怖キョウフに怯える僕の前で、怪異の自己紹介が始まった。自称「怨霊(オンリョウ)ちゃん」。怪異って無口なイメージだったけど、彼女は違った。「職業は呪いのプロフェッショナル」で、「趣味は他人の金でプリンを食べること」だとか。なんだそれ。


「人違いでは? 恨まれる覚えがないんですが」

「ん?。鬼札 八十八(オニフダ ヤオハチ)くんだよね?」

「そうです」

「ならノープロブレム」

「……」

「実は私、あなたのご先祖とのちょっとした因縁(インネン)でさ、鬼札一族に取り憑いてるのよ。『七代先まで祟ってやる!』って言っちゃったし」

「……律儀ですね」

「でしょでしょ?」

「……で今は何代目なんです?」

八十八(ヤオハチ)で ちょうど六代目」


 話していくうちに、漆黒の闇がただの演出だと判明した。しかも「消せる」とまで言い出す。そんな秘密バラしていいの? 試しに「じゃあ、消してみて」と頼むと――あっさりOK、漆黒の闇が消えると同時に、怨霊ちゃんも可愛い姿にフルチェンジした。


 いや、ギャップがすごい。


 ふわふわ浮かんでいるけど、よく見れば姫カットの髪はさらさらツヤツヤ、顔は清楚(セイソ)でアイドル級に可愛い。スタイルも抜群。こんな美少女が怨霊とか、もう終わりだよ日本。 ためしに「ぐるっと回って」と頼むと、素直にくるくる回る。しかも膝を抱えると縦回りだけでなく横回りまで始めた。サービス精神まで旺盛か。


「で、どうして僕のところへ?」

「生き残りは八十八(ヤオハチ)だけなのよ」

「ほええ」

「そして八十八(ヤオハチ)は非モテ!言ってる意味判る?危機感(キキカン)ないよ!」

「……」


 何故か怨霊に叱られた。解せぬ。


「さぁ、早く私に七代目を見せなさい! さもなくば……」

「さもなくば?」

「お前を激モテにしてやるぞ!」

 奇妙(キミョウ)なポーズをして僕を脅そうと(ココロ)みる怨霊(オンリョウ)ちゃん。でも闇をだすの忘れているので、間抜けなポーズにしか見えない。


 ……というかだ、さっきから脅し文句おかしくない?


 話を続けると、どうやら「きっちり七代目まで(タタ)らないと落ち着かない」という、妙な責任感が発動(ハツドウ)しているらしい。僕の事が心配で飛び出してきたとか。


「でもさ、怨霊ちゃん。七代祟るって……呪いとしては微妙じゃない?」

「ん?どうして?」

「だってさ、普通、呪いってさ。対象者に対して、血を噴き出させたり、臓物ゾウモツをずるずるっと引きずり出したり、頭をバーン!って破裂(ハレツ)したりするものじゃない?」


 そんな疑問を彼女へぶつけると、空中くるくる回転に飽きた彼女は、ベッドの上で飛び跳ねながら、こう言い放った。


「ふっ、ナンセンスで時代遅れだね八十八!今どきの呪いはね。撮れ高重視!だって考えて。面白くないじゃん。 鬼札天一坊オニフダテンイチボウ本人を呪い殺すより、一族を阿鼻叫喚アビキョウカンにさせる方が楽しい。それが私のジャスティス!」


 …ねぇ、怨霊ちゃん。ジャスティスって言葉の意味わかってる? それと鬼札天一坊って誰?


 ◆◆◆


 翌朝、目を覚ますと、怨霊(オンリョウ)ちゃんが僕の部屋に居座(イス)っていた。


 しかも、勝手に僕の「貧乳(ヒンニュウ)はステータス」と書いてある、ダボダボのダサTシャツを着て、僕のベッドの上であぐらをかき、僕が朝ごはん用にと、昨日コンビニで買ってきた納豆(ナットウ)巻きを頬張(ホオバ)りながら、録画していた『街を徘徊(ハイカイ)して一人で食事をするおじさんのドラマ』を食い入るように見ていた。


「おはよー八十八(ヤソハチ)。お目覚(メザ)はいかが?昨夜は子守唄代わりに『七代目まだ? 七代目まだ?七代目まだ?』って耳元で囁いてあげたから、いい夢見れたでしょ?ASMRよ、ASMR」

「悪夢しか見れなかったよ!」


 しかも、シーツに納豆をこぼしそうになってるんだけど…と指摘しようとした瞬間、怨霊ちゃんがにっこり笑って言い放った。

「さあお待ちかねの、激モテの呪いを発動させたわ! 来たわよ~八十八、急いで準備をして、戦闘開始(バトルステーション)よ!」


「ちょっと待て! 戦闘開始(セントウカエシ)って何なの!?」

「ふっふっふ。もうすぐ判るわ」


 直後、部屋がミシミシと揺れ始めた。窓がガタガタ鳴る。いったい何事かと思わず外をのぞくと――

 クラスの女子たちが、「ウォーキング・デッド」に出てくるゾンビのごとく大挙して押し寄せていた。


「なんじゃこりゃあ!!」


「八十八君! なんか今日、超カッコイイ! 一緒に夜明けのコーヒー飲も?」(ギャル系・クロエ)

「鬼札君、保健体育(ホケンタイイク)のノート貸してあげるから…お礼にホテル街デートして?」(委員長・幽香(ユウカ)

「ねえ、呪いの気配がする! 絶対何か楽しそうなモノ飼ってるでしょ? ちょっとだけ見せて!先っぽだけで良いから」(オカルトマニア・千尋(チヒロ)


 全員、目が怪しいピンク色に光りハート状態だ。間違いない…怨霊ちゃんの「激モテ呪い」が発動(ハツドウ)してしまったのだ。

 しかも皆、言ってる事が微妙におっさん臭い。まさかね……


「どうするんだよこれ、どうするんだよこれ」

「言うの忘れてた。私ね、激モテの呪いをかけることは出来るんだけど、実は……」

「ゴクリ……」

「解き方忘れちゃった。テヘペロ」

「やめてくれ! 僕の日常を返せ!」


 悲痛な叫びを上げる僕を横目(ヨコメ)に、怨霊ちゃんは勝手に冷蔵庫(レイゾウコ)を開けると中からプリンを発掘(ハックツ)し、スプーンをくるくる回しながら一言。


「うふふ、これは今どきのナウなヤングに最高のリアリティショーって奴だね、楽しいねぇ」


 ……こいつ悪魔(アクマ)か?いや怨霊だったわ。


 ◆◆◆

 学校では事態がさらに悪化していた。


 昼休み、教室は女子たちが持ち込んだ弁当でフードコートと化していた。

 クロエは「キミが好きな激辛チャーシューメンを作ってきたよ!」と、冷えて麺が伸び切ったラーメンを差し出し、幽香は「じゃあ私、手作りクッキーあげるね」と、毒々しい色のクッキーを無理やり口に押し込んできた。…いや、これ絶対何か入ってるだろ。


 授業終了後、追いかけてくる女子生徒を振り切り、校舎裏で一息。

 ふううう

 だが、次の瞬間、暗雲が立ち込めた。

 茶道部の『執行者(シッコウシャ)』——筋肉の塊と化した先輩男子生徒が、巨大な黒馬に乗って僕の前に立ちはだかったのだ。差し出されたのは「来てね」とだけ書かれた紙。

 茶道部からの呼び出しだ。これは宣戦布告(センセンフコク)だ。僕を抹殺(マッサツ)する気だ。


 招待主は、白鳥灯(シラトリアカリ)先輩——文化部の絶対君主かつ、その名を聞くだけで心拍数が跳ね上がる存在。そんな雲の上の人から指名が入ったのだ。そしてこれは二度目。


 前回その誘いを断った。

「抹茶が! 苦手なんです! 緑の毒液が僕の喉をキリキリ締め上げるんです!」

 そう……断ったはずだ。全力で、命懸けで、謝罪の意志を込めて。


「また断るようなら、月面に叩き込んでやる」

 世紀末覇者先輩が拳を握り締め、そう言い放つ。茶道部ってこんな物騒な組織だったのか?冗談じゃない。抹茶ごときで死にたくない。


 仕方ない。腹を括った僕は死地へと足を踏み入れた。

 そこは学校の裏山に建つ黄金の茶室——選ばれし者のみが招かれる禁断の領域。


 茶室前に看板が立っていた。

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

 怖い。


 意を決して中へ入ると、白鳥灯先輩がいた。

「来たのね。顔を上げなさい」

 その一言が、僕の魂を貫く。まるで氷を纏った刃だ。鋭利で、冷たく、逃れられない。


 そして、彼女の手から差し出されたのは——一杯の抹茶ラテ。

「えっ!」

 僕の叫びが茶室に響き渡った。

「抹茶ラテ!? 」

 彼女は微笑む。決意を込めた眼差し。

「鬼札くんの為なら、全てを捨てる覚悟を決めたわ。飲みなさいわ」

 愛が重い。これは命令だ。逆らえない。

 一口飲む。

 美味い。けれども僕は震えた。


「だ、大丈夫なの? これ…… 千利休が生き返って怒りの三段蹴りとかしてこない?」

 白鳥灯先輩はほんのり笑った。

「その時は責任とって貰うから」


 僕はがっくし膝をついた。完敗だ。

 抹茶ラテ一杯で、僕の人生は彼女に支配される寸前だ。


 這々の体で逃げ出した。


 と、そこへ新たな刺客が現れた。

 体育教師、山田歌子——42歳、独身、筋肉の化身。


 おい、鬼札! 最近、ムキムキじゃないか! 一緒に筋トレでもどうだ!?」

 プロテインシェイカーを手に、彼女は謎のマッスルポーズを繰り出す。

 その腕の筋肉がビクビクと蠢き、まるで生き物のように僕を威圧してくる。


 いやいや、待て待て待て!

「歌子先生!」

 僕の叫びが校庭に響き渡った。

「懺悔します! 僕、ムキムキじゃないんです!」

 彼女は訝しげに目を細め。

「何!? ムキムキじゃないだと? ならこの隆々たる体躯はどう説明する!」

 そう言って体をペシペシ叩き始めた。


 いやいやいや隆々たる体躯って何だよ!

「ち、違うんです! これはは筋肉じゃなく——そうデブデブの証なんです! タプタプの脂肪が僕を支配してるんです!」


 彼女は沈黙した。

 よし逃げられる。そう思った矢先


 彼女はシェイカーを掲げ、哄笑した。

「ハッハッハ! 素晴らしい。素晴らしいゾ!!」

「はっ?」

「デブデブ!? タプタプ!? 素晴らしい! それこそが鍛えるべき原石だ! 脂肪だろうが何だろうが、筋肉に変えてやる! 今すぐ筋トレだゾ!」

「何!?」

 悲鳴が空に吸い込まれる。

「いやです! 僕は怠惰な肉塊でいいんです! プロテインとか飲んだら爆発します!」


 彼女が一歩踏み出す。もはや眼光は猛獣そのもの。

「逃げられると思うなよ、鬼札。筋トレは宿命だ。抗えないゾ」

「抗います! 全力で抗います! デブデブタプタプの名にかけて」

「追い詰めるまで! 筋肉の神に誓って、お前をムキムキにしてやるゾ」

 ——終わった。


 白鳥灯先輩に魂を奪われ、歌子先生に肉体を奪われる。


「こ、これが怨霊ちゃんの言う地獄か……!」


 膝をついた僕の声が、虚空に虚しく響き渡る。

 全身が震え、魂が軋む。


 ようやく部屋に戻ると今度は、怨霊ちゃんが追い打ちをかけてきた。

「まだまだ序の口だよ、八十八」その声は甘く、まるで悪魔の囁き。


 そして彼女は——何!?

 ベットでふんぞり返り、コーラをラッパ飲みながら、コントローラー片手に『プロ森』をプレイしているだと!?


「怨霊ちゃん!」

 僕の叫びが部屋に轟く。「僕の島で勝手に温泉作るの、やめてくれない!?」


 彼女が振り返る。その目が僕を嘲笑うように光った。

「なんで? 温泉あったほうが住民もリラックスできるじゃん。ほら、このタヌキ、湯気の中でウットリしてる」

「ウットリしてるわけないだろ! 混乱してるよ!」

 画面の中で、愛すべき住民たちが温泉の周りでキョトンとした顔で立ち尽くしていた。

「混乱って!? 違うよ! これは癒しのオアシス」

「 僕の島はカオスと化したんだよ! 平和な島が地獄絵図に変わった!」


 怨霊ちゃんはコーラを一口飲み、プハッと息をつく。

「さーて次はお城でも建てちゃおうかな」

「やめてくれ! 僕の島が怨霊ちゃんに侵略される!」

「ひれ伏せしろ。この怨霊ちゃんの神がかったアイデアに」


 そして彼女はコントローラーを握りしめボタンを連打。

「八十八のモノは私のモノ。私のモノは私のモノ」

 ——絶望だ。

 怨霊ちゃんに支配された僕の部屋、僕の島、僕の精神。


 救いは……救いはないのか〜


 ◆◆◆


 怨霊ちゃんとの奇妙な同居生活(ドウキョセイカツ)は続いている。

 激モテの呪いで毎日が修羅場(シュラバ)だ。もはや唯一(ユイイツ)避難所(ヒナンショ)はこの自室だけ。


 今はベッドの上で、怨霊ちゃんと一緒に海底(カイテイ)のお宝を探すボードゲームをプレイ中。

 足元にはテレビのリモコンや食べかけのポテトの袋が散乱し、部屋はカオス状態。

 そろそろ掃除を覚えてくれよ、悪霊ちゃん…と思いつつ、ふと切り出した。


「なぁ、怨霊ちゃん。七代目ってさ、僕が誰かとくっつけば良いんだよね?」

「そ、そうだよ! はち」


「ならば、いっそ怨霊ちゃんが相手になってくれよ。呪いも終わるし、プリンも守れるし、七代目にも会える。一石三鳥じゃん?」


「……!? …………! …………!?」


 怨霊ちゃんの顔が一気に真っ赤になり、目は泳ぎ、口が震えだした。

 手当たり次第、掴めるものを僕に投げつける。弾薬が尽きると、こちらを睨んできた。


 次の展開を予測する間もなく――怨霊ちゃんが突然跳んだ。


「え、ちょっと待っ――」


 言い終わる前に、怨霊ちゃんの体が僕に激突。その衝撃でベッドから床へ落ちる。

 続いて怨霊ちゃんも落下。気づけば、悪霊ちゃんと抱き合っていた。…怨霊のくせに、熱くて、柔らかくて、良い匂いがするんだな。鼓動が僕の胸に伝わってくる。恥ずかしがっていたはずの怨霊ちゃんが、なぜか真っ直ぐ僕を見つめ――


 …目がピンク色に光り、ハートマーク!? え?

 なんで!!どうして!!


 思わず叫んじまった。

「怨霊ちゃんまで呪いにかかってどうするんだよ!!」

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