03新たなスタート
青島はソファーに座るとゆっくり話し始めた。
「一森くんは誠に残念なことになった。あの笑顔、あの容姿、あの肉体、あの声が無くなってしまったかと思うと私も非常に残念だ」
教授は何を言っているんだ?肉体って……見たのか?
いぶかしがる田宮をよそに青島は話を続けた。
「でも田宮くん、心配することはない。彼女は存在する。意識・人格としての一森さや香は存在し続けている」
肉体は滅んだということか……?
まさかあの論文『生命の継承と意識の温存』を現実に、一森に実施したのか⁈
それは青島教授が長年取り組んでいるテーマでリジェクトされては出しまたリジェクトされては出しを繰り返していた論文だ。
それがアメリカの大学の目に留まり共同研究の話が持ち上がり一森は渡米した。
◇
研究室に通じるドアが開いて研究員が入ってきた。
「意識が回復しました。今追加データをセンターに転送中です」
「よし!見に行く」
田宮も青島に続いて研究室へ入った。
中央のひときわ明るい整理された机の上にそれはあった。
「一森さや香くんだ」
そこには透明の分厚い膜に覆われた銀色の球体が置かれていた。
「さや香くんの意識が保存されているインター03だ。事故の後保険員が出動して無事この中に収容で来た。意識はアメリカにあるセンターの意識と同期がとれており……」
「一森!一森なのか!」
田宮は泣き崩れるようにひざまずき銀色の球体に見入った。
しかし返答はなかった。
「現状この球体には音声を発する機能は無いんだ。次のバージョンでは会話ができるようになる。今はiPhoneと……お!視覚センサーが動作中だ。さや香君がこっちを見てるぞ!」
青島は嬉しそうに話すが田宮はそれを聞いてついに泣き崩れてしまった。
あのお茶目でちょっと生意気な、それでいて思慮深い一森はもういない……
「田宮くん、気を落とすのも最もだ。私も彼女と昔のように接することが出きなくなって本当に残念だ。だけどテクノロジーの進歩で即死同然だった彼女を、その意識をこうして保存できるようになった。日本では彼女が最初の事例になれたんだ。このチャンスを無駄にすること無くさや香くんを見守っていこう」
「見守るって、その先に今まで通り泣いたり笑ったり、一緒にご飯食べて、一緒に年を取ったりすることができるようになるんですか⁉」
「できる!将来、まだ時間はかかるができるようになる日は必ず来る。見たもの聞いたものは今でもこの球体に入力されてさや香くんの意識の糧になっている。そしてハードウェアの進歩とともに彼女も成長していくんだ。会話することはすぐにでもできる。一緒に歩けるようになるかもしれない。その成長を君と一緒に過ごすことがさや香くんの望みだ」
そう言ってスマホの写真を見せた。
そこにはアメリカの企業N社との契約書で生命維持保険のこと田宮創を保護人とすることが書かれてあった。
「保護人って……」
「このさや香くんと一緒に過ごす人さ。君しかいない。受けてくれるか?」
「何をすればいいんですか?私にできることがあるんですか?」
「ん~正直言ってあまりない。退屈しないように会話して、バッテリー切れしないように充電して、必要な時にこの研究室に持って来てくれればいい」
「それだけですか……わかりました、それでいいならやりましょう!」
二人は握手を交わした。
「明日また来てください。今日はまだ転送が終わっていないし、もろもろ準備があるので」
田宮は半泣きの笑顔で銀色の球体に手を振って帰っていった。