氷解1
目を覚ますと、見たこともないステンドグラスの下に寝かされていた。
「ここは……」
身を起こそうとするけれど、体が重たい。
引っ張られるような感じがして頭に手をやると、頭には大きな白百合の花がいくつも飾られている。髪は編み込まれ、腰より長く広がっている。
見たこともない真っ白なドレスを纏っていた。
体の線を上品に覆い隠す柔らかな木綿のもので、あちこちに白い糸で魔術の刺繍が施されている。
「魔術……」
だんだん意識がはっきりとしてくる。
寝かされている船のような台座は、よく見たら棺ではないだろうか。
花はみずみずしく匂い立っている。手首を嗅いでみる。石鹸の清潔な匂いが淡く漂っている。
傷一つ無い両手の爪は整えられ、ドレスをめくってつま先を見れば裸足の足も同様だった。
「何が起きているの……? 私は、一体どれくらい眠って……」
頭を押さえながら、考える。
確か、私は命じられるままに爆死しようとした。
けれどもたもたしているうちに、髪を切られて魔力が行き場を失って。
そこで氷漬けにされたのだ。
「……そうよ。あの時、私は……」
長く伸びた髪はかつらでもなければ付け毛でもない。正真正銘の地毛だった。
「まって……瑠璃色の髪……? 私の髪は黒髪だったのに……」
容姿が違うのに混乱する。
私は立ち上がろうとした。
まずは鏡が見たい。誰かに話を聞きたい。
どうなったのか。
ここは、どこなのか。
神殿のようでもあり、教会のようでもある。
魔術がかけられた空間なのは、なんとなく感じ取られた。
実家リンドベルク公爵家でないこともわかる。
その時、かつんかつんと廊下に響く足音が聞こえる。
見ると、白髪頭を綺麗に結い上げた侍女服姿の女性が、こちらを見て目を丸くしていた。
私が声をかける前にすぐかけていく。
「レ、レイナード殿下、レイナード殿下……っ!」
誰かの名を呼びながら去って行く。私は呆然と置いて行かれた。
「レイナード……どこかで、聞いたような……」
今の女性の侍女服は隣国ゼーディス王国の侍女服だった。
ということは、ここはゼーディス王国の神殿か何かだろうか?
待っていると先ほど女性が去った廊下から、女性と若い男性がこちらに歩いてきた。
額を出した金髪をした柔和な顔立ちの青年だった。空色の瞳は眼光凜々しく、早足でやってくるその手足はすらりと長い。近づいてくるにつれて、その白を基調にした礼装に包まれた体は鍛えられてよく引き締まった、隙の無い姿に見えた。
彼は、私を見た瞬間目を輝かせた。
「アスリア様!」
よく通る声で私の名を叫び、勢いよく駆け出し、私の台座の前にひざまずいた。
圧倒される私を軽々と抱き上げ、ひしと強く抱きしめる。
「アスリア様、ああ、アスリア様……! よかった、ご無事で……!」
声には涙すら混じっているように感じた。突然異性に抱擁され、私は頭が真っ白になる。
口をはくはくとさせていると、侍女の女性が男性に声をかけた。
「殿下、殿下。アスリア様が驚いていらっしゃいます」
「あっ……そ、そうか」
彼は私を急いで下ろす。
そして頬を赤くしたまま、私の前に膝をついた。
私の顔を見上げるように顔を上げ、彼は申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。
「ごめんなさい。僕はずっとあなたを見ていましたから、一方的に親しみを込めすぎた態度を取ってしまいました……アスリア様にとっては、馴れ馴れしすぎましたね」
「いえ、とんでもないです」
私は髪を整えて座り直す。彼は胸に手を当て、私に名乗った。
「僕はレイナード・ゼーディス。ゼーディス国王、ユアンの弟です」
「……王弟殿下であらせられるのですか?」
私は困惑した。
実家で詰め込まれた教育では、国王陛下は五十代だと聞いている。
爆死しようとした結婚式で晴れ姿を見せていた王太子殿下は確か三十歳ほどだったはず。
「あの……」
「突然言われてもピンとこないですよね」
彼は苦笑いする。
「今はとにかく、ゼーディス王家であなたを庇護させていただいているという事実だけ、ご理解ください」
――ゼーディス王家。
その言葉に私はすっと肝が冷える思いがして、台座から降りようとする。
見上げて貰うわけにはいかない。私は言い逃れのできない大罪を犯したのだから。
「あの、私は……申し訳ありません、なんて、ことを」
体が上手く動かずぐらりと揺れる。彼は慌てた顔になった。
「落ち着いてください。慌てて動くと危ないです」
「申し訳ございません、私は……私は……!」
体が震える。腕がガクンと揺れて、私は王弟殿下にしがみ付くかたちになった。
彼はしっかりと私を支え、床に座り込む。
「お離しください殿下、私はとてつもない罪を犯そうとしてしまいました」
「大丈夫です。もうあなたは誰の命令を聞く必要もないのです。落ち着いてください」
「あの、私は……っ!」
「落ち着いて」
彼は低く囁く。ぎゅっときつく私を腕の中に閉じ込めると、とんとん、と一定のリズムで背中を叩く。
「大丈夫。落ち着いて。……何も怖いことはありません。全ては終わりました。あなたの敵は、もうこの世界にはいません」




