死ぬために育てられた娘1
完結保証の中編です。よろしくお願いします。
「死んでこいアスリア。お前はもう用済みだ」
「かしこまりました、お父様」
敵国の晴れがましい場で爆発を起こし、人を巻き込んで死ね。
執務室で書類仕事ついでに命じられた宣告に、さすがの私も声が震えた。
ハイゼン王国は、元は魔術師が隠遁した事に始まる小国。
魔術は男子だけが学ぶ技術だった。
私は実家リンドベルク公爵家の末娘として生まれたが、規格外の魔力を持っていた。
家を継ぐ父や兄をも凌ぐ魔力は、母の産褥死も相まって、家を滅亡させる不吉な末娘と扱われた。
別邸に閉じ込められ、社交界にも出ることなく、父と兄の出世の為に魔道具を作り続ける人生だった。
――18歳の誕生日を半月後に控えた冬の日、父は私に死を命じた。
隣の大国ゼーディーレで行われる王太子殿下の結婚式。
そこで兄夫婦の侍女として潜入し、王侯貴族を爆殺してこいという命令だった。
私の存在はリンドベルク公爵家の恥だ。
父にいずれ殺されるということは分かっていた。
けれど死ぬまでこき使いたいだろうから、しばらくは生きられると思い込んでいた。
最後が爆死になるとは、さすがの私も想像していなかった。
◆
半月しか時間がないからと、私は急ピッチで暗殺のために必要な最低限の知識をたたき込まれた。
礼儀作法だけは問題なかった。
父と兄に失礼があってはならないから、幼児の頃から足が腫れるまで叩かれて、カーテシーから微笑み方まで仕込まれていたから。
世間知らずだった私は、その時初めて母国が隣国と休戦状態なのだと知った。
父は出世のため、私という生きた爆弾を、隣国の晴れがましい場に投入したいのだ。
まるで自分の事ではないように支度をさせられ、気付けば私は隣国行きの馬車に乗っていた。
◆
隣国の空は広かった。
義姉の侍女として向かった私は、馬車から降りて空の広さに驚いた。
――きれい。なんて平和なのだろう。
――こんな国で、私は……
私は数日後、爆死する。
この美しい国を、王太子殿下の結婚に湧く人々の笑顔を、血で染めるのだ。
清潔な白い石畳に散る血を想像し、足が震えた。
それから物思いにふける間もなく、結婚式に向けた準備に奔走し、あっという間に数日が経過。ついに結婚式当日になった。
よく晴れた青空の元、白い教会を外で見守る。
中では王太子夫妻が誓いの言葉を交わしているらしい。
これから誓いを済ませた二人が教会から現れ、来賓が待つ庭で披露宴が行われる流れだ。
庭の花に負けないくらい着飾った来賓の王侯貴族たちが、今か今かと二人の登場を待ち望んでいる。
私はリンドベルク公爵家代表として列席する兄夫婦と離れた場所で、侍女の姿で侍っている。
服はこの国の侍女服を用意された。
私の顔を知る貴族なんて一人もいない。
披露宴会場に入る時に厳しい身体検査を受けたけれど、私は危険物を一切身につけていない。
肉体には目で見えない秘術の刻印が刻まれている。
魔力を発動させれば瞬く間に爆発する仕組みだ。
粉塵爆発のようなものだと、父と兄は裸の私に印を刻みながら冷酷に告げた。
リンドベルク公爵家門外不出の秘術なので、事前には誰も気づけないし、私が死んでしまえば証拠も消える。
傍にいる侍女たちが小さな声で囁き合う。
「本当に嬉しいわね。やっと、お二人が幸せになれるのね」
「休戦協定が結ばれて良かったわ。お妃様ももう二十歳を超えていらっしゃるもの。ずっと一途に待ち続けて……憧れる夫婦だわ」
どうやら王太子殿下は皆に愛された殿下らしい。
リンドベルク公爵家で詰め込まれた情報では、腰抜けで弱気の若すぎる男と言われていた。見る人によって随分と意見が違うようだ。
そこまで思って、情けなくなる。
私はどうしてこんなに祝福された場で、幸せな場で、血なまぐさいことを考えているのか。
現実感がない。けれど、抵抗の仕方など知らない。
命令には従う。父や兄に逆らう感情を抱いたならば、それは私が間違っている。
世間知らずで、無力な、ただの魔力しか取り柄のない役立たずの末娘。
最後に与えられた価値ある行動が、この爆死なのだから。
「大丈夫? あなた、顔色が悪いわよ」
侍女の一人が私を案じてくれる。びくっと肩が震えた。
「……大丈夫……です。緊張してしまって」
「見ない顔ね、新人?」
「ええ、まあ……」
「わかるわ。どきどきするわよね。王侯貴族様だらけの場所だもの、でも緊張すると失敗しちゃうわ。ほら、深呼吸深呼吸」
「……ありがとう、ございます」
なんて優しい人なのだろう。私の知る侍女という職業の人たちは、こんなに明るく優しい人ではなかった。爆発させてしまえば、この人も殺してしまう。こんな優しい人を。
その時大きな拍手が鳴り響く。
ついに式場から王太子殿下と妃殿下が姿を現したのだ。
眩い真っ白な婚礼衣装を纏った二人は、仲睦まじそうに寄り添いながら毛氈を歩く。
侍女たちがさっと花かごを持ち、毛氈の傍にひざまずいて掲げる。
そこから貴族たちが花を掴みとり、二人に祝福の花を投げた。
私も体が自動的に、花かごを持って毛氈の傍まで出ていた。
私のちかくまで、二人が歩いてくる。
歓声で賑わっているはずなのに、何も音が聞こえなかった。
――今だ。
父のしわがれた声と、兄の冷たい声が両耳で聞こえた気がした。