第2話 森に住みし魔女
ある日の朝、私は家から少し離れた野菜畑に向かう途中で、それはもう非常に珍しいものを見つけた。
「こんなところに子供が……見間違いじゃないわよね?」
私が住んでいる場所は王都から東に聳えるグラシャル霊峰の麓に広がる樹海。その最深部といってもいいくらいに深い、深いところに家を建てて、そこで一人暮らしをしている。
私はあまり人間が好きじゃない、それはきっと私の暗い過去に関係しているからだと思う。
人間に会いたくない、会わないためにも私はこんな辺鄙な誰も訪れない樹海奥地を住処に選んだ。
最初は不便だったけど、姉たちの協力もあって今ではもうここ以外の生活場所など考えられない、そう胸を張って言えるほどの快適な暮らしを実現している。
おっと……いけない、いけない。どうも一人暮らしが長いせいか、すぐに自分の世界に入ってしまう。
姉さんたちはどうやって、この問題を解決しているんだろう。また今度会った時にでも聞いてみよう。
それはさておき……なぜこんな奥地に子供がいるのだろうか、手ぶらでしかもたった一人で。
私がここで暮らすよりもずっと昔から、森の入口には『迷いの森に入るべからず』って書かれた大きな看板が立ってある。
それにもし、文字が薄れて見づらくなっていたとしても、彼らは言い伝えに従って森に入ろうとはしないし、そもそも近づこうともしない。
『神が住まいしたる霊峰に立ち入らんとせし者は、山を守護せし森にて永久に彷徨うことになるだろう』
この言い伝えはただの脅しじゃなくて、本当に入ったら生きて帰れないからやめておけよと、彼らの先人が杞憂して残してくれた警告文。
その警告を破ってまで森に入ってきた愚かな子を助けてあげる必要などあるのだろうか……そんな悪魔の囁きが私の誘惑してくる。
対して天使の言い分はというと、見つけてしまった以上助けないっていう選択肢はないか、しょうがないか……ほんの少しだけやる気のなさが垣間見えるものだった。
住み始めた頃はちょっと遠出しただけで遭難したり、家に戻れなくなった時はキャンプをして一人夜を過ごした。本当に死んじゃうんじゃないかと心細くて眠れない夜もあった。
あの時……カサンドラ姉さんが探しに来てくれなかったら、ほんとに死んでたかも……。
目の前で生き倒れている子供がいなかったら、そんな怖くもあり嬉しかった記憶が呼び起こされることもなかった。
「……はぁ~、ここで見捨てたら、私たちを蔑んだあいつらと一緒になっちゃうわね」
ほんと私の気まぐれに感謝なさいよ、人間の子よ。
こうして私は手に入れる予定だった新鮮野菜を諦めて、その子供をおんぶして家まで連れ帰ることにした。
天使の意見に耳を傾けたまではよかった……だけど、私は甘く見ていた。
野菜の入ったカゴを持って帰るのと、子供ひとりを背負って帰るのでは、労働のレベルが段違いだということを……。
子供を二階の寝室まで運びベッドに寝かせたところで、私の体力は尽きた……完っ全に尽きた、もう今すぐにでも横になりたい……何にもしたくない、もう甘いもの食べて寝たい。
だからといって、そういうわけにもいかないのが常である。一人暮らしという自由を手にした代償として、何でもかんでも自分で全部しないといけないのだ。
そう意気込んでドアを閉めて部屋を出たまではよかったんだけど、身体は正直といいますか……私は、糸の切れた操り人形のように、どっと力が抜けてしまいその場でへたり込んでしまった。
「まいった……立ち上がれそうにないわ」
え~っと、前言撤回します。気力だけではどうしようもない時もある。いまがその時かもしれない。
やっぱりちょっとだけ、ほんのちょびっとだけ休ませてほしい、私は頑張りましたよ。だから、ちょっとだけいいじゃない。
誰に対して懇願しているのか、許可を得ようとしているのか、自分でもよく分かりませんが、とりあえず言えることはしんどかったんです……心身ともに、ほんと。
森で一人暮らししている私が体力的に問題があるとは思えない。薪割りとか畑作りとか、私一人で全部やっているんだから。つまり何が言いたいのかというとですね、きっと外的要因……あの人間の子が全ての元凶ってわけですね。いや、それだとあの子供だけが悪者扱いになるから、その言い方があまりいいもんじゃないわよね。
あと見た目がカッコいいからって、急勾配な螺旋階段にした過去の私……ちょっと反省しなさい、のちのちその安易な発想で本当にもう大変な目に遭うわよ。
「疲れた、ほんとに疲れた。えっ、人間の子ってこんなに重たいの? 修道女の子たちはこんなに重たくなかったわよ? マジ意味わかんないんですけど。ははは……私は何を話しているのやら。一旦休憩しよ、思考も言語もめちゃくちゃになってる……もう無理だ」
私は身体が求めるがままに重たいまぶたをそっと閉じた。
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