第14話 夢から覚めたら悪夢
かくんと首が落ちる衝撃で私は目を覚ました。その後、時間差で首に痛みが走ったことで、一気に眠気が吹き飛び完全に覚醒した
「……首が痛い。こんな姿勢で寝たら、首の一つや二つそら痛めるわよね」
五分程度の小休止のつもりだったけど、どうやら本気で眠ってしまっていたらしい。ここからでは振り子時計も見えないため現時刻を知ることはできないけど、太陽の位置が正面から西に沈んでいる。
たぶん一、二時間ぐらいは眠っていたのかもしれない。それと隣に座っている見知らぬ人は誰だろうか……あの髪色と顔立ちはどこか見覚えがあるような気もするんだけど……思い出せない。
恍惚な表情で息を殺し、私が起きるまでずっと寝姿を眺めてる人物……こんな変質者はカサンドラ姉さん以外にいないと思っていた。
姉さんはまだ家族だからいいとして、こいつはマジで誰なんだ……もしかして私って、いま結構ピンチだったりする? いや、どう考えてもヤバい状況な気がする。叫んで助けを求めようにも、ここには誰もいないし来れない。
あえて私はそういう場所を選んで住処にした。その選択が今頃になって私自身を脅かすことになるとは予想外。
私たち魔女は寿命が長いだけで、他に人間とほとんど変わらない。うわさに尾びれがついているだけで、特に魔法が使えたりとかもしない、見た目通りのか弱い女性なのである。
さてと……どうしたものか、策を講じようにもなんも思いつかないぞ……よし、とりあえずお茶を飲んでリラックスしよう。そうすれば、なんか思いつくはずだ。あとのことはお茶の飲んで閃いた未来の私がきっと解決してくれるはずだ。
私がそう心の中で決意して水筒に手を伸ばしたが、その計画はすぐに破綻した。私よりも先に動き出したあの変質者に水筒を奪われてしまったからだ。
私の手が空を掴むその刹那でさえも、視線をずらさずにずっとこっちを見ていた。
身体を震えが止まらない……冗談抜きで、マジでヤバイ。この樹海の魔女たる私が心の底から怯えている……まばたきも、つばを飲み込むことも、声を出すことも、なにもできない。誰か助けて……誰か……お願い。
私はこの時なぜか姉さんたちじゃなくて、あの少年の顔が浮かんだ。震える身体を必死に抑えて、わずかに残った勇気を振り絞って、彼の名を呼んだ。
「ニール……」
「はい、なんですか。アリシャ?」
その変質者はさっきまでとは別人のように穏やかな表情で、私に向かってそう言った……。
恐怖のあまり聞き間違えたと思った私は、念のためもう一度「ニール?」と彼の名を呼んでみた。すると、変質者は「はい、なんですか。アリシャ?」とまた同じ言葉を繰り返してきた。
私は隣席で笑顔を向けてくる彼の顔をじーっと眺め、記憶の片隅にいるニールと眼前にいるニールが、本当に同一人物なのか頭の中で照らし合わせてみた。
髪色、目の色ともに同じ。声と体格は全然違う。ただ笑った時の顔は……あ~、なるほど。子供の頃と一緒で全く変わってないじゃない。
確かにあの利発な少年の面影がある。たった九年で人間はこれほどまでに成長するのか……目覚めた時に感じた第一印象は案外、的を得ていたってこと? いやいや、だとしてもさすがに育ちすぎじゃない。こんなの誰だって見間違えるわよ。
「えっ、あなた。ほんとにあのニールなの?」
「はい、あなたのニール・フェクシオンです。さっきの震える真似って、僕がアリシャとはじめて会話した時の再現ですか? よく似ていましたよ。とても可愛かったです」
ニールは嬉しそうに笑みを浮かべながらそう言うと、ついさっき私から奪い取った水筒を手渡した。
私は水筒を受け取りつつ彼に「なんで水筒を奪ったの?」と口を尖らせて詰め寄った。すると、ニールは眉をひそめ頬に手を当てしばらく考え込み、私の感情を逆なでするかのように「……困ったアリシャの顔が見たかった」と言い切った。
その言葉を聞いた私は先ほどよりも少し強めの口調で言い返そうと思ったが、彼の顔を見た途端……諦めて水筒を飲むことにした。
彼があどけない表情でこっちを見据えていたからだ。
気のせいかしら……あれ、もしかして……ニールあの頃よりも精神年齢低下してない? 寝ている私を起こそうとしなかったのはなぜ? いや、そもそもどうして彼がここにいるの? もうなにがなんだが意味が分からないわ。
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