第1話 結婚初夜
私は隣で背を向けて寝息を立てる彼に憤りを覚えていた。
今夜は私たち夫婦の結婚初夜になるはずだった……でも、私の夫であるニールはぐっすりお休み中。
あなたは安眠できるかもしれませんが、今夜は一睡もできそうにありません。
狸寝入りしたとはいえ、あなたは私を疑うことすらせずに眠りについた。
同じベッドで一緒に眠るということですら、私にとっては初めての経験なんですけど……。
私が一方的に感情をぶつけているのも自覚しているし、彼もそのことを汲んであえてそうしてくれているのも分かっている。だけど、今日は……今夜ぐらいは私の意思を反してでも行動してほしかったと、ついそう願ってしまう。でも、いざそうなると私はきっと頭が真っ白になることだろう。
そうなるのを見越しての行動なのは分かっているけど……けど、あ~もう。
そんな優しいところに惹かれてしまった私が言える立場じゃないけど……本当に、一週間以上も前からドキドキしていた私がバカじゃないの。
あなたがスヤスヤと眠ってくれているおかげといいますか、胸の高鳴りは今にも治まりそうですよ。
あなたに鼓動が聞こえないようにと頭まで上掛けに包まって、少女のように心配していたのがウソのように心拍は正常に戻ってますよ。
そんなぐちゃぐちゃな感情が次々と頭の中を駆け巡っていく。
そして最終的に私が行き着いた答えは、思考を完全に手放すことだった。
はい、そうです……あれこれ考えすぎてもうどうでもよくなりました。
好きなだけ隣で気持ちよく眠ればいいし、私も私で好きなようにやりますよってことです。そう心に決めたのはいいとして……だからといって、どこまでなら大丈夫なのだろうか。
一応、人間のルールに基づいて行動しないと、彼にも姉たちにも迷惑をかけてしまう。
そのあたりについてもう少し詳しく聞いておけばよかった。
初夜を一緒に寝ないというのはアウトな気はするけど、部屋の中で過ごすだけなら、ベッドから出るだけならセーフ? いや待てよ……万が一、それで彼が起きてしまったら、それはそれで面倒かもしれない。
私のことを心配して先に私が眠りにつかない限り、断固として起きつづけようとするはず、絶対に彼ならそうする……。
夫婦そろって寝不足で目が充血とか意味が分からない、まあ新婦だけ目が真っ赤というのも不自然かもしれないけど、両方よりかはまだマシ? どっちにしろ、私は当分眠れそうにもない。そうなるとこの間なにをして時間を潰そうかな……。
そこで私が思いついた妙案は、彼との出会いから結婚に至るまでを回想することだった。
この一年間はあっという間に過ぎ去ったから、今までのことを振り返る時間も余裕も私にはなかった。
えっと、確か最初に出会ったのは彼がまだ八歳だったかしら……私の住む森に迷い込んでしまった少年が、十年後には私の夫になっているなんてね。本当に人生というのはどうなるのか分からないものよね。本当に今でも信じられないわ……私を妃に迎えたいからって、国の法律を変える人間がこの世にいるなんて思わないもの……。
ほんと……どうしてこうなったんだっけ……。
私は両肘を枕にのせて頬杖をつきながら、一つまた一つと記憶のアルバムをめくっていった。
はじまりは二人が出会うことになる十年前に遡る――。
この世界には人間よりも遥かに長寿命の魔女と呼ばれ畏怖される存在がいた。
ある魔女は砂漠の地にて莫大な財を成した者――黄海の魔女。
ある魔女は死者が眠る地にて生死を自在に操る者――冥海の魔女。
ある魔女は生命溢れる海にて船乗りを魅了する者――滄海の魔女。
ある魔女は迷いの森にて生き血を啜る者――樹海の魔女。
彼女たちは血がつながっていなかったが、実の姉妹のように親しい関係だった。
これは魔女姉妹の末っ子、四女のアリシャが恋を知っていく物語――。
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